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こういうのでいいんだよ

味の濃い家系ラーメンや、ソースがガチャガチャにかかったマックのテリヤキバーガーが好きだ。

ああいう「俺は味濃いぜ!どうだ?うめぇだろ〜?」と頭の悪い自己主張してる食べ物をキメたくなるときが度々ある。

カレーハンバーグみたいな「バカが考えた最強のご飯」なんて最高だ。

しかし、そんなバカみたいな食べ物が好きでも、人が作った味噌汁などを食べると「ああ、料理ってこういうのでいいんだよな」と考えが180度変わる。やはり母の味を思い出すのかもしれない。

この前行った居酒屋でまさにその「こういうのでいいんだよ」を感じた。

その店は月島にある昔ながらの小さな居酒屋で、コの字型のカウンターしかない狭い店だ。

席に座ると背中に壁の圧を感じるほど狭く、まさに地元の呑み屋といった感じだ。



メニューはおにぎりや味噌汁、ほうれん草のおひたしやハラス焼きなどシンプルなものが並ぶ。

味付けも実に素朴だった。ほうれん草のおひたしは出汁で調えているだけの味付けだ。最低限しか手を加えていない。

僕の好きな味の濃い料理とは程遠い存在だ。

しかし、このほうれん草のおひたしを食べたときに一緒に行った友人と顔を合わせてまったく同じ感想を言い合った。

「こういうのでいいんだよ、こういうのが食べたいんだよ」

そう、こういうのでいいのである。味にはパンチはないが野菜の味をしっかりと感じ、出汁のほんのりした風味が舌を優しく包む。

いくらでも食べられる。なんなら毎日食べたい。朝はこのおひたしとご飯と味噌汁で十分だ。

次にでてきたハラス焼きも絶妙だった。パリパリとした皮に、箸でつついただけでほぐれる柔らかな身、見た目にわかる脂のり……

口に入れなくても美味いとわかる。脂まみれのラーメンとは違った濃さがある。魚の本来持っている濃厚な味わいが口に広がる。

ああ、ここに一生いたい。

味だけでなく店の雰囲気にも飲まれている。テレビからは野球中継が流れ、常連客は女将さんと朗らかに笑いあい、一緒に来ている友人と内容のない会話をポツポツとする静かな時間が流れる。

初めて入った狭い店内に実家のような居心地の良さを感じる。ああ、そうなんだよ。こういうのでいいんだよ。

この感情を大切にして生きよう。世の中にはわかりやすい良いもので溢れているけれど、自分が大切にすべきは身近にあるものなのだ。

いつもより十五倍は美味い日本酒をクイッと一気に煽り、「ごちそうさんよ!美味かったよ!またくるな!」といつもは絶対に言わない寅さんみたいなセリフを口にして店を後にした。



次の日、目覚めると二日酔いで頭がガンガンした。思っていたよりも飲んでしまっていたらしい。

料理作るのとめんどくさいし、あんまり味が濃いものは食べたい気分じゃないな。

そう思ったときに棚に置いてあったコーンフレークが目に入った。朝はこれでいいや。

コーンフレークと牛乳を適当に皿に入れて一口食べたときに脳内に電撃が走った。そしてある感情が生まれた。

ああ、ああ、この感情は口にだしたくない。せっかく…昨日手に入れた宝物なのに…

しかしもうこの感情は捨てられない。僕の心はコーンフレークに奪われている。

「こういうのでいいんだよ」

やっぱコーンフレークって最強だわ。朝はほうれん草のおひたしよりもコーンフレークに決まりだわ。

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