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東京国立近代美術館 「重要文化財の秘密」

東博の「国宝展」が賑わったのも記憶に新しいところ、向こうを張るようなタイトルの展覧会。早速出かけてきましたよ。おすすめです!

よく展覧会に行くと「重要文化財は数が多くてありふれている」「重要文化財は国宝ではないからランクが落ちる」なんてささやき声が聞こえてきます。果たしてそうでしょうか? 

確かに私も美術館ミーハー、ど素人の単なるファン、なもので「国宝」と聞けばウキウキして、イソイソ出掛けては、「さすがは国の宝ね!」なんて有り難がって鑑賞して、こんなの見てきたの〜♪と記事にしています。とはいえ、「この作品は国宝だけど、何が良いのかさっぱりわからない」ものもたくさんありました。
見た目の良し悪しだけではなく、歴史上の何かを示すとても重要な証拠となるもの、という観点で指定されているものもありそうです。

一方で重要文化財は、「こんなにステキなのになぜ国宝ではないの!?」と思うものも見てきました。作品はいきなり突然国宝に選ばれるわけではなく、重要文化財になったものの中から特別に価値があると認められたものが国宝になるので、重要文化財はいわば国宝の次の候補と言って良いでしょう。

ではそもそも重要文化財に選ぶのは誰がどうやって判断するの?ということになり、この展覧会は価値基準が時代によって変わるんだということを教えてくれます。また解説文もとても丁寧で、作品の背景にあるエピソードが紹介されていて知識欲を満たしてくれます。

写真は撮影禁止以外のものは撮って良いことになっています。
特筆すべきは 横山大観の「生々流転」 残念ながら撮影禁止。
長さ約40m!最初から最後までじっくり見られます。
むしろ撮影禁止で良いです。じっと対峙するひとときを味わうべきです。
水の流れの表現・・・細い線やら、「へ」の字のような文様、琳派のようなぐるぐる渦巻き・・・そこかしこに現れる鳥や動物、人間。
この作品が発表された日に関東大震災が発生、当然展覧会は中止となり、日を改めて展覧会が開催されたそうです。余談ですが私の祖母は関東大震災を経験しており「1週間揺れていた」と話していました。子どものころ「そんなまさか」という思いで聞いていましたが、自分も東日本大震災を経験してからは「本当に余震で揺れ続けていたんだろうな」と実感がわきました。

生々流転を見終わると 「重要美術品に選ばれた順」の年表があります。
その中に「今回は展示されていないけど、近いうちによその美術館でいつから出ます」という記載があり、そんなこと言われたら見に行きたくなっちゃうじゃないですか・・・芋づる式の法則がまたもここで成り立ちました。
こうして見るとやはり 何となく見覚えのあるような、「どこかにいましたねアナタ」と声をかけたくなるような作品が多いように思います。

音無しカメラのアプリを使ったらちょっとピントが甘くなってしまいましたが、横山大観と同じ手法を模索し、さらに改良しようとしていた作品。実際には髪飾りとかもっとシャープに描かれています。この美女の物語、会場で読んでみてください。心の美しさが容姿にも表れるのだというのを感じ取りました。かくあるべし。

 菱田春草「王昭君」(部分)善寶寺(東京国立美術館寄託)

先週は熱海で梅の屏風を見ましたが、今回は桜の屏風、舞台は埼玉県秩父の長瀞だそうです。岩の感じがいかにもですね。ちょうど都内に早めの桜も咲き始めたタイミングで見に行ったので、この屏風を見られるのは嬉しいです。

「行く春」川合玉堂(右側)東京国立近代美術館
「行く春」川合玉堂(左側)東京国立近代美術館

さてこちらは源頼朝と義経の対面を描いているということですが。
私は単純に「兜や着物の模様がきれいに描けている」のを見るだけで満足。
ところが作品が発表されたのは日中戦争に突き進んでいた時代だったので、国難に立ち向かう日本人の覚悟に一致すると大絶賛だったのだとか。作者は心外だったかもしれません。この絵がそういう形で評価されたのかと思うと不思議な気がします。

安田靱彦「黄瀬川陣」(部分)東京国立近代美術館 
源頼朝が描かれてます


安田靱彦「黄瀬川陣」(部分)東京国立近代美術館 兜の模様がきれい!


安田靱彦「黄瀬川陣」(部分)東京国立近代美術館 
源義経が描かれてます 最初はこちらだけ発表された

「常設展にいましたねアナタ」のひとつがこちら。龍は実在しない動物のはずなのに、よくもここまで描けるものだなぁと初めて見た時に驚いた記憶があります。
プラスアルファの解説文によると、博覧会で発表当時は賛否両論だったが、その後作者が護国寺へ奉納すると、居合わせた画家さんが「お香の薫る薄暗いお堂の中では、博覧会で見るよりも厳かに見えた」のだそうです。きっとドラマティックだったことでしょう。

原田直次郎「騎龍観音」護国寺(東京国立近代美術館寄託)

展示の演出について解説文に書かれていたのがこちら。作者がこの絵を展示するときは暗い室内に行灯や蝋燭の明かりで明暗をつけていたのだとか。絵にはちゃんと鮭の影も 茶色の背景に描いているのに、さらに明暗で際立たせようというところがすごいですね。油絵として最初の重要文化財のひとつだそうです。メインビジュアルに選ばれているのも納得。

高橋由一「鮭」東京藝術大学 
額縁ステキすぎる

解説文を読んで切なくなってしまったのがこの作品。古事記の中の物語に基づくために綿密な時代考証をし、海底のイメージを掴もうと自ら海に潜ったりしながら、自信満々で展覧会に出品したのに不本意な成績。その後作者は故郷に帰り、病に倒れ早世します(計算したら29歳!)発表から62年後に重要文化財に指定されます。生きているうちから評価される人のほうが少ないのだろうとは思いますが、何とも悲しい。国民栄誉賞も本人が亡くなってから授与されることが多いことや基準が曖昧なことで議論があったことを思い出しました。この絵が重要文化財に選ばれたのは「明治浪漫主義の代表作」だそうで、確かにそれは後の時代にならないと「数ある作品の中で特徴をよく表している」とはわからないのかもしれません。

青木繁「わだつみのいろこの宮」石橋財団アーティゾン美術館
タイトルの英語訳が Paradise under the Sea となっていて意味が理解できました

では早くから認められたら重要文化財になるのも早いかといえばそうではないのがこちら。シカゴ万博に出品するために制作されて受賞、1968年の「明治100年記念」で重要文化財候補に最終まで残りながら保留となり、1999年に指定を受けています。保留して再評価されるのが30年後ってずいぶん息の長い話ですね。
素人の勝手な想像ですが「審査過程でお偉い重鎮の審査員が首を縦に振らず、その審査員が引退し、この世を去ってからようやく再議論をして選ばれた。」みたいなウラ事情でもあったのでしょうか。(またまた鑑賞妄想が炸裂しています)

高村光雲「老猿」東京国立博物館
握っているのは取り逃がした鷲の羽だとか。

老猿の視線の先に配置されているのが粋ですね。本当は2つまとめて一画面に収めた写真にしたかったのですが、それなりに他のお客様もいたので10羽までしか入りませんでした。この作品の緑とオレンジの紐、ひとつずつ結び方が違うのですよ。

左:鈴木長吉「鷲置物」東京国立博物館
右:鈴木長吉「十二の鷹」(部分)国立工芸館

最後は「国宝展にいましたねアナタ」 このスーパーリアルな蟹さんは国宝じゃないのに国宝展に平然と居座ってました。お茶席でこんなの出てきたらビックリです。中にお料理盛り付けて「蟹さんに食べられる前にお早く召し上がりください」とか言ってみたいものです。(得意の妄想ふたたび)

初代宮川香山「褐釉蟹貼付台付鉢」東京国立博物館

他にも鏑木清方の作品、撮影禁止ですが、鏑木清方展以来の再会に心の中で「また会えましたね」とご挨拶。重要文化財に指定されたてホヤホヤですね。
上村松園の「母子」は4/18からの展示だそうで、また出直したいと思います。

そしてコレクション展の方には上村松園の「雪」が展示されていました。
やっぱりすてき。私が持っている着物の色に似ている。お茶席では重ね襟しないけど、こんな合わせ方もいいなぁ♪ 耳たぶの先が赤くなっているのがかわいい。
帯の柄が蝶。蝶も雪もそして多分この女性も「舞う」という動詞が使われる・・・のは深読みしすぎでしょうか。何より見る人の心が舞うのは間違いありません。

上村松園「雪」東京国立近代美術館

結局のところ、国宝か重要文化財か何もついていないか、鑑賞する立場からはあまり区別することなく、心の赴くままに楽しめればいいのかなと。美術館の立場からすると重要文化財の指定を受けることで、保管や展示の仕方により一層注意を払う必要があったり、制限や恩恵もあるのかもしれません。

それにしても出品目録リストに「本展の出品作品は明治以降の絵画彫刻工芸で重要文化財に指定された全68件のうち51点です」と書かれているところに、「こんなに揃えたの、すごいでしょ」という誇らしげな気持ちや、「でもちょっと集めきれなかったんだ、無念」という一抹の悔しさも滲んでいるようで、ご苦労の跡がしのばれます。展示替えの頃にまた出掛けてみるつもりです。

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