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令嬢改心:1-1:突然ですが、事件です。(2/4)

 いささか冷めてしまった場を盛り上げるべく、楽団には小粋な音楽を演奏させ、メイド達に皆様にお代わりの飲み物を配るよう言いつけ、と。色々と手配を終えて私が場に戻ると、お二人はまだ、睨み合い――いや、ヴィオレット様は笑顔であるから一方的に第八王子殿下が睨み付けているだけなのだが――が続いていた。
 しかし、そろそろこの場の膠着に決着を付ける気になったのか、ヴィオレット様が朗らかと声を上げる。
 それがまさか更なる問題を呼ぶとも知らず、私はその場を静観していた。
「まあ、リュカ様。わたくしの何処が鼻持ちならないと? わたくし、殿下にはいつも尽くしておりますのに……それに王命を廃してまで、わたくしを退けられると仰いますの?」
 王命に、の言葉で流石に怯んだか、第八王子殿下は嫌そうな顔でヴィオレット様に返した。
「僕に尽くす? 何処がだ。君はいつも着飾る事と、夜会仲間と幼気(いたいけ)な乙女を詰る事ばかりを考えているだろうに!」
 ヴィオレット様は心外だとばかりに目を見張る。
「まあ、それは大きな誤解です。わたくしの開いた夜会に気持ちよく参加して頂けるよう、心配りをしているだけですわ」
「言葉を曲げても無駄だ! 君はただ、下位の令嬢を言葉で翻弄し楽しんでいるだけだろうに……! おいっ、エルンスト。君も己の主の事をきちんと躾けておけ!」
 突然に私に振られましても。
 お二人の横でどう介入すべきかと状況を眺めていた私は、殿下の言葉に困ったように眉を下げた。
「いえ、私に言われましても。夜会の主催であるヴィオレット様がどのように振る舞われるかは、私の管理外でございます」
 私は手袋に包んだ手を胸元に当て、至極真面目に返答する。実際、執事の私が出来る事は、夜会の式次第を作成したり、格式やご相性などを見て参加される貴族の方の会場へのご案内順を調整したり、夜会の食事の内容を吟味したりといった下準備と、いざ開催となればホール全体の見回りをする……といった総合司会的な立場であり、実際の夜会の演出は主催であるヴィオレット様がなさる事だ。
 そこに口を挟むなど、使用人としてあってはならない事である。
「し、しかしだな、こんな弱者を挫くような振る舞いを許してはならないだろう?」
「はて……ヴィオレット様が弱者、とされる方へ悪しき振る舞いを? そのような事をされているところは、私見た事がございませんので」
「……本当にか?」
「はい。今宵集いたる錚々たる紳士淑女のお方々に、弱者などと呼ばれる方がおられる訳がございません故に。私には全く想像もつきません」
 食い下がる第八王子殿下に慇懃な表情のまま答えるも、確かにヴィオレット様は相手の反応を楽しんでいる節がなくもないな、と内心に思う。

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