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令嬢改心1-2:流石に反省して下さい、殿下。(2/3)

 私はソファで茶を飲む殿下をじっと眺めると、徐に声を上げた。
「それにしても、リュカ殿下。先程は随分と、若いご令嬢と騎士ごっこを楽しまれておられたようですが……」
「うっ」
 私の指摘に、殿下は気まずげな顔をしてその夏空のように明るい青の目を逸らす。
「殿下、繰り返しますが、どんなに気が進まない縁談であろうと、王命を覆す事など出来ません」
 そう言い切り、お茶で喉を潤しつつ殿下を見れば、殿下はぼそぼそと呟く。
「それは……無理な事は分かっている。だが、どうしてもあの性格だけは改善して貰わねばならない。あんな新人いじめを好む、浪費家の嫁と添い遂げるなんて、僕には無理だ」
 上質の革のソファの上でお茶を啜り、ふて腐れたように言う殿下に、私はあからさまな溜息を零す。
 全くこの、甘えたな末っ子王子は。
「殿下は本当にお健やかにお育ちのようで、何よりです」
「突然の嫌みだな。その生暖かい目線はよせ。さっきからお前は何なんだ」
 ムッとした顔の殿下を無視し、私は続ける。
「……ところで殿下、女性貴族にとってのドレスとはどんなものだと思いますか」
 私の言葉に、視線をこちらに寄越した殿下はあからさまに不機嫌そうな顔で答える。
「はあ? 何だ唐突に……ドレスなぁ。そりゃあ家の権力を誇るか、着飾るのが好きだからやってるんだろう。ようは金のかかる趣味だな」
 その答えに私は首を振る。
「いいえ、違います」
「ほう? 随分ときっぱり言うな。ならどう違うんだ?」
 殿下は興味深々の様子で私を促した。
「では、私見として。ドレスとは貴族女性にとって騎士の鎧であり、装飾品や化粧は剣のようなもの。社交界という戦場で生きる為に身につける装備です」
「随分と大仰な言い分だな? まあいい、続けろ」
 殿下は呆れたような顔をしている。まあ確かに、騎士を崇高なものとして憧れている殿下にとって、この例えは勘に触るものだろうが……。
 だが、この際だ。殿下には理解していただかねばならない。貴族女性の戦い方というものを。
「では、続けます。ドレスには流行り廃りがあります。それは流行という一種の情報戦を仕掛け、己の優位性を勝ち取るものです。また仕立てや宝飾品の質を見れば、おおよその身分や属性が分かるでしょう。それは私の身に着けているこの、お仕着せですらそう」
 そう言って、私は使用人と印象付ける、目立たぬ紺青色の燕尾服を撫でる。
「……これを身につけている事によって、殿下にも一目で私がどんな存在か分かる筈です。殿下もそう。王族しか纏えぬ貴色の意味を誰もが知るからこそに貴方が何者かを、皆が知るのです」
 駄目押しのように白の礼装に言及すれば、私の言葉が癇に障ったように殿下は声を荒げる。
「黙って聞いていれば……騎士を愚弄する気か? あれは、ヴィオレットはただ好きに着飾っているだけだ。だから僕はそれが許せなくて……!」
 ……ふざけるな、と思った。
「失礼なのは殿下の方です。あの方を愚弄しているのも貴方の方です。何も、何も分かっちゃいない……」
 そう呟けば、自然と拳に力が入る。
 あの、小さなお姫様が、引っ込み思案の少女が。
「貴方はあの方の努力を否定した……それは、許し難い事です」
 どんなに必死に、どれ程の覚悟で今……あの場所に立っているのかも知らずに、こうして簡単に言い捨てる。
「何だと?」
 私が殿下に引き摺られてどうする。ここは冷静になるべきだ。
 気色ばむ殿下に、私は一つ深呼吸して怒気を押し殺すと、わざとのように笑みを浮かべて言った。
「いえ。己が婿入りなさる公爵家の名誉を汚してまで、ご自身のお好きな騎士の真似事をなさるとは、流石は王家の方は剛胆なものだと、私、感嘆致しましたもので」
「お前っ……!」
 かっと頬を紅潮させた殿下は、ソファから立ち上がり私を睨み据える。
 それに笑顔を崩さず返す私も、なかなかいい根性をしているのだろうが。

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