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令嬢改心1-2:流石に反省して下さい、殿下。(3/3)

「物事には、時と場所というものがございます。内々の場であれば笑って流す事も出来ましょうが、何故、わざわざ公の場で、我が主に恥を掻かせるような事をなさいましたか? それは今後を見据え、お二人で話されればよい事ではなかったのですか?」
 わざとのように静かにゆっくりと。私の話が続くにつれ殿下の視線はきょろきょろと忙しなくうろつくようになり、最後には降参だというようにソファへ座り込み、両手を挙げた。
「……分かった、分かったよ。確かに僕が間違っていた! 物語の騎士の真似事を出来ると浮かれていた! 次期公爵家当主ヴィオレットの名を汚すような真似をする僕が馬鹿だったよ!!」
「お分かり頂けましたようで何よりです。長話でお茶が温くなってしまいましたね。お茶のお代わりをご用意しましょうか」
 平素の慇懃な表情に戻し私がそう言えば、殿下は挙げた両手を下ろし頭を抱えると、大きく息を吐いた。
「はあ、相変わらず僕の元同室者(ルームメイト)は怒ると怖い……」
「何年も前の事を引きずりますね、殿下」
 まったくこの殿下はと、私は内心に呆れを覚えた。
 ――殿下のこの性格形成の原因を語るとするならば、まずは産まれから話す事になるだろうか。
 この国の王家は強烈な男系であり、王子七人が産まれる間に、王女は二人ばかりしか恵まれなかった。
 あと一人、娘が欲しいと……国王陛下が最後の望みを賭けたのが末の子で、今私の目の前にいるリュカ第八王子殿下だ。
 残念ながら姫君には恵まれなかったものの、久方ぶりに産まれたお子は可愛いかったのだろう、陛下や上の兄君、姉上達ともども、末の子を猫かわいがり。
 つまるところ――何のしがらみもなく、何の苦労もせず育った箱入りの王子様。
 それが、この方の実態である。
「そんなに怒られるのが怖いと思うならば、私が怒るような事をしなければ良いのです」
「そうは言うが、お前の怒りどころなど僕には分からないしなぁ」
 頭を掻きつつ、情けないことを言い放つ殿下。
 王族など、それこそ貴族から常にその隙を狙われている筆頭だというのに、のんきな方である。
「殿下……いい加減になさいませ」
「そう睨まれてもなぁ、お前ほど機転も利かないし、愛想笑いとか苦手だし」
「余りそう情けない事を仰られないで下さい」
 全く、ほんのこれっぽちも腹芸の出来ないお方だとこちらの頭が痛くなる。
 このように、周囲が気づいた時には、全く腹芸の出来ない素直な王子様となってしまった殿下だ。
 その行く先を心配された国王陛下は、殿下が十四の頃、騎士の本場である公爵家に放り込み「王子と思わず、これを騎士として身を立てられる程に厳しく指導せよ」 とお達しなされた。
 ――その時に、公爵家側から身の守りとして密かに付けられたのが、公爵家筋の侍従筆頭家の余り物であった私である。
 未だ、その事は伏せているが……。
 殿下から見れば私は、騎士見習いの時の同期で、同室の昔なじみといった風に見られているのだろう。
 それゆえに、こうして気安く構えてしまう。
 その信頼は、嫌なものではないが、いや……。
 このままでは話にならない。仕切り直しだ。
 私は溜息を飲み込み、冷めかけたお茶を一口啜って気を取り直すと、話題を変えた。
「さて、認識を改められたようですので本筋に戻しますが、本当に今日はどうなされたのです? 今ここに来て唐突にあのような暴挙に出た訳は一体何故ですか」
「それは……」
 私の問いに、殿下は言い淀んだ。
「……う、ん。まあ、まずいかなとは思ったが、婚約式も間近になって、これからの人生、ずっとあの嫌がらせを見るのかと思ったら……つい」
 思い余って、と視線を逸らしてぼそぼそ呟く殿下に、私は思わず額を押さえる。
「つい、ではございませんよ。全く……ヴィオレット様が目を覚まされたら、お二人であれは夜会の余興であったと、ご来客の皆様にご説明頂きますからね。それからきちんとお二人で話し合って下さい」
 殿下はこくりと頷いた。
「ああ」
「婚約式はもう三ヶ月後。時間を捻出して遠くからいらっしゃるお客様がたの事もありますし、今更日延べなど出来ないのです」
「それも分かっているさ……上手くやる」
 案外に素直に了承するところを見ると、今夜の事は本当に衝動的なものであったようだ。
 私は顔には出さず内心に安堵の息を吐く。
「それは何よりです」
 私がホッと息を吐き、お茶のお代わりを作ろうかと腰を上げ掛けた時の事である。廊下に続く扉から、軽いノックの音が響いた。
 殿下に目配せするとすぐさま立ち上がり、扉を開く。
 そこには見慣れた顔があった。茶色の髪を引っ詰め落ち着いたドレスを纏う、少し甘い顔立ちの長身の彼女は、ヴィオレット様付きの侍女だ。
「リュシー殿か。それで、ご用件は?」
「ヴィオレット様より殿下に伝言がありまして、こちらに参りました」
 侍女のリュシー殿は、小さくも柔らかく通る声で言う。
「……続けて下さい」
 私の言葉に頷くと、彼女は告げた。
「ヴィオレット様がお目覚めになられました。この度は、迷惑を掛けて申し訳ございませんとのことです。それから、姫様は謝罪に参られるそうで、身繕いが済むまで応接室にてお待ち下さいと申されました」
「そうですか……では」
 使いの者の話を聞いた私は、殿下の座るソファの方へと顔を向ける。
「ヴィオレットが目覚めたのか!」
 すると殿下は気忙しく、こちらへと足を運んでいた。

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