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折り畳まれる工場都市の幻想: 藤嶋咲子個展 "Unstoppable Unfolding"

表参道 DiEGO という、小さな一室がギャラリーとなっている会場で今月末まで開催されている藤嶋咲子さんの個展、"Unstoppable Unfolding" に立ち寄りました(写真は許可をえて撮影しています)。

想像上の工場都市が無限に広がる藤嶋さんの作品はこれまでに何度か拝見しているのですが、今回は描いている素材も手法も異なり、作品にその場で見なければ感じられない奥行きが生まれていたことに驚きました。

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たとえばこちら、"Unstoppable Unfolding" という大作。

近づけば樹脂の下の層には3Dレンダリングされた工場の映像があり、大局的にはその映像をなぞるものの最終的なディテールはそれを上書きしてゆく別の工場群が上から連続的に変化する蛍光色で描き加えられています。

現実の都市は空間的に重なり合うことなく、基本的には重力への応答によって上下方向に維持される構造が水平に連続して広がります。均一性があるのです。

その点、工場は人間が住むわけではない分だけパイプ構造が多少は重力に抗することができるために、空間はより自由に使われ、意味を持った構造の充満度は上がります。とはいえ、物体は重なり合いませんので互いに無矛盾な構造体の集合という制限はそのままです。

藤嶋さんの工場には以前からこの制限を乗り越えようとする、現実にはありえないパースや空間の充填が作風の随所に見られたのですが、今回この樹脂を用いる手法によってついに同一の場所に重なり合う工場群という離れ業に到達しました。

そんな都市は、工場はありえないと理性は抗議しそうになるかもしれませんが、よく考えればいつだって私たちは身体と魂の二重性、場所の持つ機能と価値の二重性などといった概念と都合よく折り合いをつけて生きているわけで、いまさら空間に幾重に重なる都市が見えたといってなにを驚く必要があるでしょう。それでもやはり、慣れない目にはこの折り畳まれた構造は驚異に映ります。

"Unfolding" は直訳だと「折り畳まれていたものが展開する」という意味がありますが、むしろ英語では "this story is unfolding" といったように「いま眼前で起こりつつある」という意味合いをもっています。

この幻想の工場都市は、固定した姿なのではなく、未来へも、その機能においても「いままさに眼前で展開されつつある」と念じながらその動きを想像すると、また面白みが増します。

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それに、こうした作品だとコンピューターで描画しそうなところを手で描いているところがもう過剰すぎて、それでいてコンピューターが描くより線より頼りなさもあるので、妙な雰囲気が生まれます。

そういえば自分も白い紙にパターンデザインを端から端まで描く遊びをしていたものだと思い出します。始めるとやめられませんよねあれ...。

こちらの作品の題名は "Unraveling Logic" で、"Unravel" には先程の "Unfold" と同じで包まれたものが解けて解消するという意味があるとともに、"he is unraveling" というと「その人の取り繕っていた仮面が剥がれて解体されてゆく」という意味があります。最近だとトランプ大統領の暴走がとまらなくなると "The president is unraveling before our eyes" などと記事で書かれたりしますよね。

目的や機能が解きほぐされてゆく様を、本来人間が作り出すもっとも合目的的な構造である工場で描くというところに魅力を感じます。

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今回目をひくのが「工場人間」の4作。そのまま描写すると、溶けている四人のポートレートに、やはり溶けて流れ出しているような工場の構造が融合している描写になっています。

本来は人間の頭部という、最もその人の個性が、知性が宿っているはずの場所が曖昧になっていて、その上にさらに曖昧な工場が雲のように覆い隠している。しかもその雲は滴るように下に下にと侵食しています。

と、描写だけをするなら不安なイメージなのかと思われるかもしれませんが、意外に受ける印象は明るいのです。

この覆いかぶさるパイプと工場は、私の目には、この人物の一部というわけではなさそうに見えます。知性や論理が本人のなかから溢れ出したというよりは、「工場と人間とは一つである」というような、異なる視点からみたら当たり前のことを表現しているような安心感があります。

もうあと数日しかないタイミングでしか訪問できず、たいへん申し訳なかったのですが、あえてその場に行って目にしなければ「美味しい」部分が見えないように撮影させていただきましたので、この記事を読んで「なんだそりゃ」と思ったかたは、ぜひ立ち寄ってみてください。

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