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あなたの顔は思い出せないけれど

 大学1年の時、必修クラスで席が近かった彼。出身の広島県の「廿日市」を「はつかいち」と読むこと、大阪のお好み焼きとは違う広島焼きのことなど、いろんな話を聞かせてくれた。

 当時の私は、話の内容よりも彼の横顔の方が気になっていたけれど、友達以上の関係になることはないまま、同じ授業を受ける機会も減って疎遠になり、その後、彼を思い出すこともなかった。

 数年前、広島出張の折、少し自由な時間が取れた。「厳島神社の海に浮かぶ朱色の大鳥居、一生のうちいつかは見てよね」と彼に言われていたことを20年以上ぶりに思い出し、宮島を訪ねてみた。

 彼が言っていた、「悲しいわけじゃないけど、涙が出てきて、心が浄化フィルターにかけられた感じになるよ」。たしかに「美しい」だけでは表現できない、風景全体の絶妙な調和に、心が静められた。

 あんなに見とれていたあなたの横顔は全然思い出せないけれど、あなたの言葉は覚えていたよ。