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BUMP OF CHICKENと私

『かっこいいよね~!ほらっ、知らないの?これこれ!!』


中学3年生の当時、私の周りはBUMP OF CHICKENの虜になった女子や男子で溢れていた。あのバンプの代表曲ともいえる“天体観測”が大流行していたのだ。

私は『このなんか暗そうで、やたらと一生懸命で、“見えないものを見ようとしている”人達がみんなは好きなんだ。ふーん。』くらいにしか思っていなかったし、どうやら中2の時の文化祭で先輩たちが“ガラスのブルース”をコピーしていたらしいのだが、まったくもって覚えていなかった。はっきり言って興味がなかったし、みんながいいと言っているモノなんてますます好きになれなかった自分がいた。
しかしながら、そんな事などまったく関係ない友人は私になかば強制的にアルバム“jupiter”を貸してきた。

それはもうはっきりと覚えている。CDプレイヤーで『とりあえず』聴いたjupiterで完全にやられてしまった。一曲目の“Stage of the ground”で、今までガラスのブルースでも天体観測でもひっくーい声での始まり方でしか歌っていなかった、あの一見ネクラそうな青年が聴いたこともない高いトーンで歌い出したのだ。
完全に雷が落ちたような衝撃を覚えた瞬間だった。


『なんだこいつら、めちゃくちゃかっこいいじゃないか!!!』

そこからクラス中の誰よりもBUMP OF CHICKENにハマるのにはそう時間はかからなかった。
とりあえず、jupiterはカセットテープ(MDウォークマンがなかった故)に録音して、奴らがどんな奴らなのか知りたくて、聴きたくて、すぐさまインディーズ時代のファーストミニアルバム“FLAME VEIN”を買いに行ったり、ファーストシングルの“LAMP”を友達が誕生日プレゼントにくれたり、委員会では放送委員に入り、給食時間には毎日のようにBUMP OF CHICKENをかけ(おまけトラック含む)、とにかく夢中だった。
みったん=バンプというイメージが完全に作り上がってしまったのだ。

その後も、擦りきれるまでカセットテープを聴きまくり(何故かjupiterはすぐに買わなかった。しかもカセットウォークマンでイヤホンで聴くのが私スタイル)、少しずつ買っていった大切な大切なCD達は絶対にラジオなどで初オンエア!とかされても発売日までは聴かず、発売後はすぐさま自分の部屋に閉じ籠り狂ったように聴きまくっていた。(通称“バンプタイム”。聴いている途中で突然の家族の入室などにより曲の世界観が壊されるのを防ぐため『これからBUMP OF CHICKENを聴くので部屋に入らないでください』と言って防御策をとっていた)

他にも当時、バンプが出ていた音楽雑誌は表紙じゃなかろうが全部買っていたし、深夜3時からのレギュラーラジオ番組は毎週録音していたし、藤原基央の作った世界を極限まで理解したくてノートに分析やら勝手なレヴューやらに余念がなかった。

とまぁ、こんなようなBUMP OF CHICKENな生活ががなんだかんだ“ユグドラシル”くらいまで続いた。

その後は、軽音楽部に入部した事もあり色んな音楽を知るようになって、他の世界を知る楽しさを覚えてからは、段々と異常なバンプ生活から遠ざかっていった。

憧れだったフェスにも行くようになった。もっともっと色んな音楽に触れ、音楽以外にも(恋とかオシャレとか)興味を持ち始め、いつしかBUMP OF CHICKENを聴かなくなる時期さえあった。

でも嫌いになった事は一度も思ったなかった。

BUMP OF CHICKENという名の雷が落ちてから、17年経った今、私はようやくそれが雷じゃなくって隕石だったんだと気付く。

どうやらそれはいつまでも、ずっと心の中に埋まってて何やらとてつもない光を放っている。
それにずーっと、長い間気付かなかったんだ。
ずっと光っていたし、光り続けていたんだ。
それを知ってしまった今、BUMP OF CHICKENがとてつもなく愛しくて、申し訳なくて、嬉しすぎて、BUMP OF CHICKEN本人達や彼らの一曲一曲に『おまたせ。またせてごめんね。』って心の底から言いたい。

大丈夫。私の第二章BUMP OF CHICKENな生活はまだ始まったばかりだ。思いっきり可愛がってやるからな!