アイスクリームを食べるということ

私にとって、アイスクリームや、ソフトクリームは、幸せの象徴みたいなものだ。
子供の頃、真面目ないい子だった私は、アイスクリームが食べたい、ソフトクリームが欲しいと、思っても言えなかった。

大人になってからも、自分にはあまり許してこなかった。

2人目の子供を産んで、40代にも入って、今年になってようやく、自分にこのささやかな幸せを積極的に許可しようという心境になった。

ハーゲンダッツによって、アイスを食べよう!
という思いつきを葬ることなく、実行することは、素晴らしく幸せなことだ。
私はアイスクリームを買う時、昔の自分とは違う選択ができる自分になれたことを誇らしく感じる。

そんな私は、昨日夫とソフトクリームのことで喧嘩をした。

週末に牧場に行った時、ソフトクリームを食べたくなった私は、2人の子供と分け合ってひとつのソフトクリームを食べた。

夫は、溶けたり汚れたりするようなものをわざわざ選ぶことを非難し、なぜソフトクリームを食べなければなかったのかと、私のことをバカよばわりした。

私は、ソフトクリームを食べたかったし、自分のしたいことを我慢せずにするということをこれから大事にしていきたいのだが、夫にはまったく理解の範疇外だし、そもそも武士は食わねど高楊枝が美学という人なのだ。
私の言ってることは、呆れを通り越して話にならないと天を仰いでいた。

自分もそうとうストイックだと思っていたが、自分よりさらにストイックな人と夫婦になってしまったよ。。。

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