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フランケンシュタイン・サイエンス

 近現代の最大の特徴は科学・サイエンスの長足の進歩でしょう。
その進歩が行き過ぎて、ひょっとすると人類に取り返しのつかない
害悪となるのではないかという怖れを持たざるを得ない時代に
私たちは 生きているのかもしれません。    
 
 未来の絵図はバラ色ではなく深刻な数々の脅威があって、
今日、只今から改善の行動を起こさないと間に合わないと
背中を押されているようで戸惑うばかりです。    
こう書くと、シンギュラリティ・コンピュータサイエンス
のことかと思われるかも知れませんが、それよりも、
もっともっと怖ろしいのが、 ゲノム・テクノロジーでしょう。

「NHKシリーズ2030未来への分岐点 
神の領域への挑戦ゲノム・テクノロジーの光と影」という番組を観ていて、
本当に背筋が凍る恐ろしい時代になってきたと感じました。    
バイオテクノロジーは、生物の命そのものをやりくりする根幹の技術です。 技術がどんなに進歩しても手を付けてはならないのは、命の仕組みを
ビジネスに持ち込むことで、それには歯止めが掛かっているものと
勝手に思い込んでいました。    
 
 オーガニックという言葉の意味は直訳では「有機体の」となりますが、
そこには深遠な大自然への流儀が表わされています。
有機物とは、あらゆる命の元の炭素を含む化合物ということです。
一酸化炭素や二酸化炭素は炭素を含む化合物でも無機物です。
ここでいう有機はあくまでも生命体に係わるという意味での
オーガニック・有機物を表わしています。

オーガニックの観点からみると、
自然界では起きえない人工的な
遺伝子組み換え技術は
一切容認していません。

農産物の遺伝子組み換えは、大豆、なたね、トウモロコシそして綿花では
すでに、盛んに行われているのが現状です。
このような科学をあえて、ここではフランケンシュタイン・サイエンスと
呼ぶことにします。

 小説「フランケンシュタイン」は1831年に出版されました。
1831年といえば今から193年も前で、日本では天保の大飢饉、水野忠邦が
老中になって辣腕を奮っている頃で、明治維新から37年も前のことです。
 作者はイギリスの弱冠二十歳くらいの若い女性作家メアリー・シュリー。
物語はフランケンシュタインという科学者が人間を作りたいという
好奇心から死体を掻き集め、切り貼りして電気ショックを与えて
命を吹き込み、人造人間を成功させてしまいます。
ところがその怪物からも恨まれ、科学者は逆襲されて
不幸に落ちてゆく悲劇です。
 
 生命の創造は神の領域で、人間は決してその領域に
足を踏み入れてはならない、もしも踏み入れたら
酷い結果になるという教訓を伝えてくれています。
メアリーさんは、ギリシャ神話のプロメテウスの逸話から
着想したとありますが、現代の行き過ぎた
バイオ・サイエンスの結末を見通していたようです。
 
 さてNHKの番組では、今から6年後の2030年頃には、
ヒトの遺伝子情報のゲノム解析は隅々まで把握され、
切ったり貼ったりして目的の遺伝子をもった細胞を低コストで
簡単に作れるようになると予想しています。
実際に近年の中国では、この分野には特に力を入れていて、
ゲノム・テクノロジーの科学論文は世界最多で、
実験も量的質的にも先頭を走っています。
西欧先進各国の生物科学者が倫理的、宗教的な反発に
躊躇しているうちに、国の後押しもあって、
勢いづいて研究開発を進めています。
ネズミにヒトの遺伝子を組み換えて、治療薬やワクチンの
開発を行っているようで、新型コロナ・パンデミックの
対策でも功を奏したと胸を張っています。

 医療的な治療にゲノム・テクノロジーが使われて、
癌や糖尿病、心臓病といった致命的な病気に役立てたり、
遺伝が絡む難病の治療に活用されるというと、
無碍に反対していいのか迷います。
実際に中国の杭州にある癌の専門病院では、年間16万人もの
患者を治療しているとし、病院長の呉式琇医師は
これまでに20人以上の末期癌患者をゲノム・テクノロジーを
応用して成果を上げているそうです。
ところがどうも行き過ぎた方向に向かっている分野も
あるようで、生まれてくる子供に、整った顔、丈夫な身体、
賢く、ある能力の高さを持たせるためのゲノム編集を加えて
出産するというデザイナーベビーの実践です。
なんと、もう既に二人の美しい中国人の女の子、ルルとナナが
元気に産まれたと発表されています。
若いパパとママが、ニコニコしながらサンプル帖を見て、
どんな子供がいいかゲノム編集の担当者と打ち合わせするような
場面が実現するのかもしれません。
この不自然な優生学には、常に格差や差別の問題を孕んでいて、
ナチスの悲惨を思わせます。
 
 中国・雲南省にある世界最大級の霊長類研究所には、
動物実験用に4000頭のサルが飼育され、ゲノム編集を使った研究が
繰り返されています。
ヒトとサルの細胞が混じった「キメラ」を作り、
動物実験を行っています。
キメラは流石に、世界の多くの国で禁止されていますが、
この研究所では将来、必ず人類のためになる研究だと
言い切っています。
キメラを作る目的は、人間の臓器を作り出すことで、
慢性化している移植用の臓器不足を解消したいという
意図があり、富裕層の人々のための高収益をもたらす
ビッグビジネスが控えているようです。
 
 もう一つ最も怖れるべきゲノム・テクノロジーは、
ウイルス兵器が簡単に設計できてしまうことです。
事前に治療薬やワクチンを作り上げておいて、
ウイルスを拡散してパンデミックを起し、ワクチンを供給して
莫大な利益を上げることはそう難しいことではなくなります。
先の新型コロナ・パンデミックの地球規模の計り知れない
被害の顛末をみると、リアリティのある話です。
 
 破壊力で戦争する時代ではなく、攻撃ウイルスで
敵の生命そのものを静かに制圧する戦争に変わってゆく
というSF映画的なことが現実感をもって迫ってきます。
007の映画「ノータイム・トゥ・ダイ」は
正にバイオ・ハッカーに対してジェームス・ボンドが
命を賭して闘う物語になっていて、
制作者が時代の危機感を伝えようとしています。

 NHKの番組を観ていて、本当にびっくりしたのは、
バイオ・ハッカーを自認する人物が画面に登場して、
自宅のガレージでゲノム編集キットを世界中に
ネット販売しているということでした。
ゲノム編集技術は、麻薬の取り締まりと同じように
厳しく規制管理してゆかなくてはならないと強く思いました。
バイオテロなど遺伝子技術の悪用と比べたら、
核ミサイル兵器や音速爆撃機などが可愛く見えてきます。
本来、科学と倫理は同時平行で進めなければならないと、
やっと気が付き国際的な議論が始まっているようです。
生命の神域には、一切踏み込まないという「オーガニック精神」に
世界が立ち返ることは、もう遅きに失しているのでしょうか。

 
                       


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