高須クリニックCM論 —ドバイ編(60秒)から見る高須院長の世界観―

0. はじめに

 本稿は「意味が分からない」と巷で話題の高須クリニックのTVCMの真意を探る、おそらく本邦初の試論である。CM中に流れるBGMの歌詞分析ならびに、CMに映り込んでいる主題群に着目し、高須クリニック、そして高須院長の美意識、世界観を明らかにしてゆく。

1. 謎のBGM

 高須クリニックのCMを見ていて必ず印象に残るのが、BGMとして流れるあの洋楽である。それが人を虜にする魔力を持っていることは、お笑い芸人ロバート秋山がラジオ放送中に突然同曲を15分間に渡り熱唱し始めた事件に如実にあらわれている。秋山は歌詞を理解せずに歌っていたが、ここではまずその歌詞を示す(括弧内は邦訳)。

Let me see your smile             (笑顔を見せてくれ)

Don’t give me grumpy bitter face    (気難しい顔をしないでよ)

It’s so terrible! So terrible!          (ひどい、ひどいよ)

You are so selfish!               (君はわがままだ)

Let me see your smile            (笑顔を見せてくれ)

Don’t give me grumpy bitter face    (気難しい顔をしないでよ)

You must be kidding me!! Just kidding me!!  (ふざけてるんだろ)

You are so selfish!           (まったく君はわがままだ)

I don’t remember when I fell in love with your pretty, pretty smile anymore(君の微笑みから恋に落ちたことなんてもう忘れてしまったよ)

Let me see your smile            (笑顔を見せてくれ)

Don’t give me grumpy bitter face    (気難しい顔をしないでよ)

Please don’t scare me!! Don’t scare me!!(頼むから怖がらせないでくれ)

Try to make a smile            (笑顔をつくってくれ)

A beautiful day is coming        (美しい日がやってくる)

 平易な単語で記された以上の歌詞は、それだけに様々に解釈が可能なように思われる。率直に解釈すれば、これは恋仲にある男女を描いたもので、不機嫌な女性に対して男性が「笑顔を見せてくれ」と懇願しているシチュエーションとして理解できる。しかし、問題はこのCMが美容整形を取り扱う高須クリニックのものだということだ。この点を踏まえると、歌詞はある恐ろしく残酷な意味あいを帯びてくる。つまり、「機嫌が悪い」と思われていた女性が、もともと「そういう顔」だったという可能性が浮上するのだ。この女性の先天的な顔つきに対して男性は容赦なく迫る。「ふざけてるんだろ」、「頼むから怖がらせないでくれ」と(もちろん、途中に申し訳程度に挿入される「君の微笑みから恋に落ちたことなんてもう忘れてしまったよ」という歌詞は、女性がかつては魅力的な顔をしていた事実を示しているが、この歌詞はアラブ人男女の台詞とヘリコプターのロータ―音によってむなしくもかき消されてしまう。また、仮にかつては魅力的な顔をしていたにしても後天的に顔の造形に問題が生じた可能性は常に付きまとう)。これは確かに穿った見方かもしれない。だが、もし当初の整形を含意しない率直な解釈が正しいとしても、ここで生じるのもまた残酷な事態なのである。それは歌詞の文法構造を見れば明らかになる。歌詞中に頻繁に登場するのは命令形の構文、断定的、否定的な構文である。そこでは女性に発言の機会はおろか、思考する隙すら与えられない。つまり、この歌詞には女性の立場をまるで無視した、男性から女性への一方的な美的欲求が潜伏しているのである。さらに敷衍すれば、こうも言えるだろう。この歌詞は、現代社会が女性に要求する過度な美的要請を示しているのだと(われわれはここまで「笑顔」が記号として氾濫する社会をかつて想像できただろうか)。

2. 高須院長は神か?悪魔か?

 前節で明らかになったのは、笑顔が過剰に要請される病的な現代社会の姿であったが、それでは高須クリニックはこの社会をどのように捉えているのだろうか。単純に考えれば、美容整形事業を展開する高須クリニックはこうした社会を歓迎するはずである。人工的に美しい顔を作り続けることは高須クリニックにとっての宿命であり、死活問題であるはずだからだ。となれば、高須院長は世界を創造するという意味で神になぞらえることもできるし、逆に醜い顔を欲求するという意味では悪魔的な性格をそこから引き出すこともできるかもしれない。

 しかし、高須クリニックと他の美容整形事業者を比べる時、そうした単純、素朴な神秘的解釈には違和感が残る。思い出してほしいのは、高須クリニックのCMが他の美容整形事業者のCMと比べて群を抜いて「意味が分からない」という、あの自然な感情である。単に「美しい顔になれる」というメッセージを発信するなら、CMはもっとシンプルな作りになりうるはずだし、高須院長の神秘的性格を強調するCMなどいくらでも作ることは出来るだろう。例えば、他の整形事業者が好んで採用する「誰が見ても美しい」一般的な美女を起用する手法など、方法は無限にある。しかし、高須クリニックはそうしない。これは一体なぜなのか。

 そこで重要な示唆を与えてくれるのがCM中に登場する日本人女性、西原理恵子である。反論を恐れずに言えば、西原理恵子は現代日本において誰もが美女と認める存在とは言えない。その容姿に限るなら、彼女は極めて平凡で平均的な日本人女性といって多くの賛同を得られるだろう。では、そんな女性がなぜCMに出演しているのか。答えは明快である。西原理恵子と高須院長が紛れもない交際関係にあるからだ。つまり、高須院長は一般的な美女ではなく、自分ひとりにとって美しいと思える「個人的な美女」をCMに出演させたのだ。ここにおいて、高須クリニックが考える現代の美のあり方が浮かび上がってくる。  

 この社会は過剰なまでに美を追い求める。それはどこにでも通用する均質な美、記号としての美であり、理想の美、イデアとしての美である。それは欲望としての美であり、どこにも実在しない美である。確かに、高須クリニックはこうした社会の欲求から莫大な利益を得ている。しかし、高須クリニックがそれ以前に重視するのは、個人の美なのだ。それは一般的な美とは必ずしも合致しない、誰かにとっての美である。それは理想的な美ではなく、現実的な美である。このような現実的な美、妥協的な美を求める高須院長は、神や悪魔と最も遠い存在に見える。高須院長は紛れも無い人間なのである。

 以上の論旨を補強するために、最後にロゴマークの謎に触れて本論を締めくくりたい。

3. 消えたアルファベット

 CMの最後に現れるロゴマークにここで注目しよう。印象的なサウンドロゴの場面である。画面上でアメーバ状の赤い物体が素早く分裂変形し、「COSMETIC SURGERY」の文字が「高須クリニック」に変わるというものだ。ここで不可思議な現象を指摘したのがYou Tuberのヤマザキヤスユキである。ヤマザキは高須クリニックのCMを一人で完全再現する際、ロゴマークにある違和感を覚えたと言う。ショットを細かく分析するうちに、ヤマザキはその違和感の正体を突き止める。なんと、「COSMETIC SURGERY」の文字列のうち、「T」が抜け落ちているというのである。ヤマザキはこの抜け落ちをCM制作上のささやかなミスとみなしているが、今のわれわれにはその真意が理解できる。そう、それは決して実在しない理想的な美を追い求めるのではなく、どこまでも現実的な個人の美を追い求める高須クリニックの世界への妥協、高須院長の西原理恵子への愛だったのである。

参考映像

『Yes高須クリニックドバイCM PART3 西原篇 60秒.avi』

https://www.youtube.com/watch?v=9RtYfnxw_ko

『メイキング・オブ・高須クリニックCM再現』

https://www.youtube.com/watch?v=Kk_Fh6w-HVU

『【放送事故】ロバートの秋山が高須クリニックのCMソングを15分に渡り熱唱』

https://www.youtube.com/watch?v=zRoEglfb_hI

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