旅は続く


少し前に読んだ韓国のアーティスト、イ・ランさんの「悲しくてかっこいい人」というエッセイ集が凄く良かった。旅行中の少しの間も離れ離れになりたくなかったので本をスーツケースに入れた。ハードカバーだから嵩張ったけれども、一緒に旅をするのもいいと思った。いや、私の勝手でそうさせてほしいと思った。
この本が生まれるきっかけとなった土地は、この本を書いたイ・ランさんが生まれ育った土地でもある。この本を持って街をうろついたり、どこかのカフェのテラスでページをめくることでもしていれば、偶然そこを歩くイ・ランさんに会えるんじゃないかなんて思った。
当たり前にそんな出会いはなかった。多分私がカフェのテラスに座らなかったからだと思う。外はそれなりに寒かったので。

常にばたばたしている。
時間がないと心の中で叫びながら人の波をかき分けて走り、手元のナビゲーションマップで自分を表すピンが動くのをみながら道をさまよう。「ここはどこだよ。標識がないんだけど。マジでわかんない。謎」などと口から漏れている。間違って一つ前のバス停で降りてしまった。来たバスにもう一度乗り、駆け下りて、五差路を突っ切ってまた走る。だいたいいつもそんな風にばたばたしていて余裕がない。余裕をもったらもったで、時間の配分を間違い次のスケジュールに遅れそうになったりするから始末が悪い。二十数年間生きても時間と自分の関係をほとんど御しきれないのが情けない。今日も結局ばたばたしながら生きた。明日も多分それなりにばたばたすると思う。せめてもの努力として、最終的にすべて間に合うようにばたばたしたい。

日本に帰ってきた。
飛行機から空港へのシャトルバスの中でアナウンスを聞いた。「このバスはお客様を空港のロビーまでご案内いたします」という文言が女性の声で流れる。私はそれを聞き、聞こえてくる音の一つ一つを言葉として認識し、その意味を一つ一つ理解し、またその連なりを一つの文章として認識して、頭の中で反芻した。このバスはお客様を空港のロビーまでご案内いたします。このバスは。お客様を。空港のロビーまで。ご案内いたします。

2時間前まで居た場所で、私とその人は翻訳機を介して話した。またある人とは単語の連続で会話を成立させた。ジェスチャーのみでコミュニケーションを取った人もいた。今の私は敢えてそれらの事をする必要はない。私はこの国でよく使われる言葉を話せ、同じように相手の話す言葉も理解できる。私たちは互いに通じ合えるから、敢えてそれらの事をする必要はない。
言葉を操ることが急に不思議に思えた。自分の話す言葉を相手に理解してもらえることも。どうして私は英語と韓国語がほんの少ししか話せず、理解もそれしかできないのだろう?    日本語ではできるのに。なぜ別の国の言葉を凄く難しく感じるのだろうか?    カテゴリーでは同じなのに。不思議で不思議でしかたない。


旅先でクラブ街に迷い込んでしまった時の虚しさったらない。そこら中が煙草の匂いと謎の白いスモークで満ち、路上に若者が溢れ出している。そばを通ると品定めするように見られるので、目線は常に外して歩く。早くここから脱け出して安全なところへ行きたい。
そこは大邱の中央部にある街で、今年の2月に一度訪れたことがあった。その時は昼間で、もちろんこんな様相は呈していなかった事を煙草の吸殻を避けながら思い出していた。冬の終わりかけ、すぐそこまで春が来ているとわかるぽかぽか陽気の中、広い道をいい気分で歩く過去の自分。
「やっぱり」ではなく「もちろん」この街が好きだ。この街がもつ別の面を新たに知ることができて嬉しい。それは最初の旅ではわからなかったことだから。ここに旅の味わい深さがあると思う。だからこそ同じ土地を何度も訪れたくなるし、そのたびに新たな深みが自分の中のその街に足されていく。道中常にいい思いをするわけではないけど、クラブ街に迷い込んだって別に死ぬわけじゃない。受け止められるだけ受け止めて、それを元にまた自分の中のその街を練りあげ、形どっていく。その作業は楽しい。すごく。これからも続けたいだけ続けていこうと思う。




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