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スモールヌナとナップンドンセン


ソウルで以前からの知り合いと会った。その人とは一年ほど前に連絡を取り始め、今回私がソウルに旅行に行くので、じゃあ会いましょうということになった。その人は私の旅の予定と合わせて休暇を取ると言ってくれ、申し訳なさから断りかけたのだが、のちに運よく公休が重なったのでやっぱり会わないかと連絡がきてその誘いに乗った。当日、待ち合わせ場所の明洞駅地下に到着したことを伝えるとすぐに返事がきた。「あと10分以内に行きます」

10分の間に私はそのへんを果てしなくうろうろした。緊張していた。私は柱のそばに立っていたが、柱はほかに何本か立っていたので、そばに立つための柱を変えてみた。柱にはそれぞれ違う広告が入っており、化粧品の写真が大きく載っているものや、オンラインゲームの宣伝をしているものがあった。そうしてすべての柱を試し、一番初めの柱のそばに戻った。さらに駅から地上へ歩いて出てみたり、土産屋の前の行列をぼうっと眺めたり、ちょっと催してトイレに行ったりした。ちなみに言うと明洞駅地下トイレの個室にはトイレットペーパーがないので注意してほしい。後から気づいたが入口のところで紙を必要な分だけちぎり取るやり方らしかった。水に流せるティッシュを持っていなかったらどうなっていただろうと考えてぞっとしたが、とにかく最悪の事態は免れたのでよしとして、携帯を見たらまだその人からの連絡は来ていなかった。
マフィン屋の前にいますと返信して画面をオフにすると、にわかに緊張がぶり返してくる。どうしよう。本当に会ってもいいんだろうか。やってきた相手が変な人だったらどうしよう(失礼すぎる)。話が大して続かなかったら?    これまでチャットだけしてきて、互いの顔を知っているほかに情報のない人と会うなんてやっぱり軽率だっただろうか。かといって今から約束を反故にするのは相手に悪いし。ああ、もう、このままどこかへ消えてしまいたい……などと考えていたら、改札から出てきたその人と目が合った。「◯◯?」


本当に10分以内に来たその人と、弘大のキャラクターショップに行った。商品を散々かごに入れた後にアイマスクをそこに加えるか否かで私が心底悩んでいると、買ってあげましょうかとその人が言ってきた。申し訳ないと返すとさらに「借金でいいですよ。今借りて、100年後まで返さなくてもいい」とその人は言った。なんじゃそりゃと思った。借金なんてたとえ10円や20円でもごめんだと思っていたのに、この瞬間とつぜん借りるか借りないかの瀬戸際に立たされている。それに100年後といったら私は124歳、その人は123歳になっていて、“世紀の超高齢者”としてギネスブックに掲載されていてもおかしくない存在だ。そんな生きてるだけですごい人たちが借金返済のやり取りをするとなれば、「世界一高齢の日本人女性、同じく世界一高齢の韓国人男性に100年越しの借金を返す」などというニュースが世界中で流れ、人々に共有される可能性だってありうる。私たちが今日みたいにどこかで待ち合わせし(そうするようになにかの企画で仕組まれ)、私が懐からいそいそと取り出した1万ウォン札をその人が受け取り、その様子を複数台のカメラに撮られる。そこで待ち構えていたインタビュアーに「100年越しの借金を返して(返されて)気分はどうですか」などと下らない質問を受けるのだ。その問いに対して私とその人は一体なんと返すだろうか。「うーん、そうですねえ、ようやく返すことができてすがすがしい気持ちです」、「すみませんねえ、歳を取って耳が悪くなったもので、よく聞こえなくて」?

私は要らないことまで心底悩んでから、素直に甘えて借金することにした。会計を終えるとレジの店員にキャラクターの顔が描かれた風船を貰った。外は雨だったが、金を借りた側も貸した側もいい笑顔だった。私はその人に「お金は必ず返します。天国で待っていてください」と言った。そこまで行けば報道陣もむやみに追ってはこないだろう。安全策をとったつもりだ。


キャラクターショップを出て、私の希望でカレーを食べに行くことになった。繁華街から離れた場所でバスを降り、人気のない道を歩く。その人は「なんだか怖いですね」と笑った。店に入り、バターチキンカレーを頼んだその人に味を聞くと「so-so」と返ってきた。少しのあいだ黙って食べ進めていると、今度はその人が「言葉が容易に通じなくて会話が難しいです。ちゃんと楽しめているか不安です」と翻訳機を介して話してきた。私はすぐに、自分の行きたかったところに行けてすごく嬉しいし、今日とても楽しいですよ、と翻訳機を使って返した。携帯の画面に映し出される文章を見てその人は何度か頷いた。そして画面にまたなにか打って、こちらに見せてきた。そこには「今日何が楽しかったですか」とあった。私はキャラクターショップでアイマスクを買ってもらったことを言おうと思ったが言葉が見つからず、とりあえずそのショップの名前を口に出してみた。
「あの店で……」
「ああ、借金ですか?    借金が楽しかったの?」
「いや、違う、そういう意味じゃなくて、うーん、でもまあそういうことになるのかな」
「そうなの?    本当に?    借金が楽しいなんておもしろい人ですね」
「いや、だから違うんだって、なんで笑うの?    ほんとは分かってて言ってるでしょう!」

カレー屋を出てバス停まで歩くあいだもずっと借金のことで笑い続けた。
「あなたをからかうのほんとに楽しいです。94年生まれなんですね。僕より一つ歳上だから、あなたはスモールヌナ!(私は身長が157センチしかない)」
「ああもう本当にひどい、どうしてそんなこと言うの、悪い弟だね。ナップンドンセン!」

私がナップンという単語を使うとその人はおお、と目を丸くした。私がこの言葉を知っているのが意外だったらしい。そのことはともかくとして、私はこのふたつの呼び名がいたく気に入り、頭の中で繰り返し唱えた。スモールヌナとナップンドンセン。ルドルフとイッパイアッテナみたいで素敵だと思った。ここは東京の江戸川でなく、ソウルの北方にある人気のない住宅街だったけれども。
私はその人の腕に軽くパンチし、その人は笑いながらそれを受けた。奇妙な名前をもつでこぼこコンビが国を越えて誕生した瞬間だった。「でこぼこ」なのは私たちに身長差があるからだ。


別れるまでにまだ時間があったので、益善洞のカフェに行くことになった。コーヒーを飲んで取り止めのない話を沢山した。先月した日本旅行のこと。森の中にある温泉の話。韓国の住宅事情。花火大会でおすすめの土地。好きな色のこと。話題は次から次へと移り変わった。
紫に塗られた私の爪を見て、ネイルは好きかとその人が尋ねてきた。爪の形が美しくないから昔は好きじゃなかったけど、最近はもういいやと思って塗っている、それなりに好きだと私が話すと綺麗ですよとその人が言うので、手をぶんぶん振って否定した。どうしてと聞かれても答えられなかった。何となくその類の言葉は自分にはふさわしくないと思っているから、としか言いようがなかったが、素直に口にしたくもなかった。そのうち話は顔のことにまで飛躍し、私はいつのまにか情けない表情で「本当に綺麗でもなんでもないです、本当に違います、嘘です」とロボットのように繰り返すだけの人になってしまった。自分で作り出したこの状況が悲しかった。
その人は何度も「充分」という言葉を使った。爪も顔も充分に綺麗なのに、これ以上なにを望むの?    なにが不満なの?    私が言い淀んでいると、最後にこう言った。「もっと自分に自信をもって」
ああ、と思った。ここでもまた出会ってしまった。耳慣れはしても腹にはちっとも落ちてこない、けれども心のどこかではやはり信じたいと思っているこの言葉に。自分で自分を封じてしまうようになったのはいつからだろう、とかつて独りごちたことを思い出す。その問いに誰かが答えをくれることは一生ない。

「自分に自信をもつ」
頑張ってみる、と私は返した。たとえ言葉が容易に通じなくても、率直な思いを伝えることはできる。目の前の相手に、思い立ったらすぐに。何をどう頑張ればいいのかはわからなかったけれど、気持ちは本物だった。常に正直であったその人に対して、私も同じようにありたかった。
「今日は楽しかったですか」とその人がふたたび尋ねてきた。私はうん、すごく、と笑顔で答えた。

カフェを出て、ホテルの前で手を振って別れた。部屋に入り、ベッドに腰掛け、その人がくれた手紙を開いた。
「・・・◯月×日にあなたにお会いすることになります。ただ通りで擦れ違う人ではない私の友達に会いに行きます。
大切なあなたの時間を退屈させないか心配です。・・・」

今日、私が会った人のことを思い返した。おどけたり、話す時に気を遣いすぎたりしない人だった。普通だと思ったものを普通と言い切る率直さがあった。笑うと目がなくなって可愛かった。私の気持ちを尊重してくれて、いつもまっすぐにこちらを見ていた。表情、しぐさ、背丈と格好、話す言葉、その一つ一つが脳裏に焼き付いている。

ナップンドンセンーーからかい好きで正直者な、韓国に住む私の友達。
スモールヌナは君に出会えて幸せです。
100年後までお互い健康に生きようね。
天国に着く前に「あと10分以内に行きます」って連絡してね。ちゃんと間に合うようにトイレから出るから。







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