鏡なんて見ずに、化粧なんて直さずに

2:30に起床して出勤して、もう眠いのなんの。

目の下のクマを引き連れ、5:30出社。

休憩は12:30、スタバであたたかい飲み物買って、胃袋入れたらあっという間にコクンコクン。

這いつくばるような速さで御手洗いへ向かうと『あぁ思ったよりマシか』なんて、自分の顔をペチペチ叩いて現場に戻る。

仕事が終わる頃、私に訪れた“春”は、【お話がしたいので電話かお茶をしませんか】というメッセージを届けてくれた。

私は結局その人に、心を許しているみたい。

仕事が終わったあと、眠たいまま、疲れたまま、鏡に向かい直すこともせず、化粧も直さず、クマもごたごたと塗ったくることもせず、口紅だけサッと塗り直して、職場から片道40分、“春”の元へ向かってしまうのだから。

途中、電車でふいに涙腺が緩んだ。

初めてのデートだった。
初めての食事だった。

前の人とお別れをして、一年が経過する。
さよならをしてから初めての機会だった。

手元には、姉のような存在の人からこんなメッセージ。

【前に進も、もうじゅうぶん頑張ったよ
いいのよ、がんばらなくて
少しずつ、ちょっとずつゆっくり前向いて歩いてこ
ときどき立ち止まって、足元見ちゃったり、ときどきうしろ振り返りそうになりながらさ】

お気に入りの音楽と、電車の窓に久々に打ちつける雨と、どんよりとした優しい曇りもみんな一緒になって私に寄り添った。

このままでは、“春”を見た途端にきっと泣いてしまうだろうと思った。
降りた電車のホームでなんとか整える、整える。

待ち合わせ場所に向かう。

見つける。

私にはやさしすぎる、あたたかすぎる、眩しすぎる大きな二つの目が私を見下ろす。

私は精一杯見上げる。

その20センチがやたら遠く感じて、周りの音なんてもう聴こえなくなって、彼の覗き込むようにして私を貫いてゆく視線にもそろそろ慣れてきた。

ごめんね
お化粧も直さず

と私は両手で顔を隠してしまいそうになるが、全くもって、目を逸らすことなく、相変わらず、私を貫くような優しい眼差しで「とんでもない」と言う。

全てを話す。

嫌われると思っていた。

彼は、今日の朝〇〇食べたんだけどね、うん、と言うような自然な形でただ聞いて、ただ返事をした。

本当に聞いていたかな、とさえ思った。

彼は私が思うよりもずっと、大きなもので何かを遮り、大きなもので照らしてくれているらしかった。

私たちは全く、逆さの場所で暮らしているから、駅のホームがお別れの場所。

各々向かおうと言うと彼は言う。

『一分一秒が惜しいんです、もう少しだけ何気ない時間を楽しむ時間をください』

にこにこしながら、私のホームまで着いてくる。

あなたに出逢えてよかったなんて定型文過ぎますか。
でも、もしこの人が私を見つけてくれるために、この一年、あの大きな孤独の大波に耐えたのだとしたら、悪くなかったかな。

ほんの序章に過ぎないでしょうが、きっと、何かもうすでに始まっていて、何かを天が許した気がしている。

鏡なんて見ずに、化粧なんて直さずに。
それでもありのままの今の私で、この瞬間の私で素直に向き合える人と出逢えてしまったから。

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