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私のランジェリーと引越し屋のカミカミ兄ちゃん

緊張からか、挨拶カミカミで入室してきた引越し屋のお兄さんは、初っ端から不思議な質問を連発する。

『(冷蔵庫と電子レンジ←しかもめちゃくちゃ新しい を指さしながら)これも持って行かれますか?』

「…はい」

『…(32型液晶テレビを指さしながら)こちらも、持って行かれますか?』

「…は、はい…」

個人的には生活必需品のメインを持って行くかどうか聞かれて少し困った。もしかしたらマニュアルにある事なのかもしれない。…でもだとしたら、大きな姿見とか、カフェテーブルとかスタンド照明とかこそ聞いて欲しい感はある、ましてや最初に、運んでくださいリスト、業者に細かく送付しているし。

その後の色々な説明もカミカミなお兄さん。
髪の毛は長くって、カラーコンタクトもバッチリ入っている。某YouTuber ◯ョーブログのような雰囲気で、バンドマンとも思えるビジュアル。

見た目とは裏腹に(?)、緊張しいのようだ。

正直、印象はあまり良くなかった。

いよいよ、荷物の搬出が始まる。

あれやこれやと運んでくれた。
重たいダンボール、一個でも大変そうだから一応側面には“重たいです”と書いてはおいたものの、彼はそれを三つくらい重ねてヒョイと持ち上げる。

だんだん、申し訳ないようなありがたいような気分になる。

私の家財で最も大きいのは、ベッドだ。離婚前に家を出る時、半分ヤケクソになって立派なベッドを購入した。セミダブルで床上90センチ程の高さがあって、収納も照明もバッチリなものを。

最後の最後、解体が始まる。

引越し屋さんはスゴいなぁと思う。
洗濯機も取り外せるし、複雑そうなベッドだって解体出来る。おまけに力持ちだし、埃にしかめ面することもなく淡々と運んでいく。

私には絶対、できない仕事だと思う。

カミカミのお兄さんの対して、だんだんと尊敬の念が湧いてきた。

あれやこれやと解体を終え、カミカミのお兄さんはどんどんベッドを下に運んでいった。

流石に埃が溜まっていたので掃除をしようと、雑巾を片手にすっからかんになったその場に近寄る。

そこには寄せ集められた私の靴下と、ラベンダー色した私のパンツが寄せてあった。

(あら、見つけてくれたのね)

と私は思った。
ベッドの下にはタオルやハンカチと一緒に下着や靴下も収納してあったし、当然出てくることは予想していた。

でも待てよ。

これを見つけた彼はどう思ったんだろう。

アラサーの私は、明らかに私よりも年下の彼の心情を想う。

洗濯してあったかしら、さすがにしてるわね。
オバンな柄じゃなくってよかった。

慌ててしまう素ぶり一つでもできたらよかったが、私はそれを良い機会だと思ってそのままゴミ袋へ放り込んだ。

その様子をカミカミのお兄さんは後ろから眺めていることに気がつく。

彼は仕事柄慣れていることだろうとも思ったが、やはり目の前で『この人がこのパンツを履いている』というような因果関係が彼の脳内で結ばれてしまうとしたら、さすがの私も恥ずかしい気持ちになった。

例えば、男性と暮らす経験もなくて、ましてや結婚の経験もないような女性ならどんな反応をするんだろう。

私は今更、異性の誰に何を見られようと、慌てふためくようなことも無ければ耳が赤くなるようなこともない。

これが、十年間誰か他人と暮らした女の末路か?

などと少し寂しくその期間に陶酔する。

その間も私は黙々と最後の雑巾がけをしていて、カミカミのお兄さんも最後の片付けをしている。

その後はなんとなく不思議な時間が流れることになる。

私はなんだか、目の前で割と気に入りのパンツを見られてしまったし、私の趣味なんかも知られてしまったわけで、それならもうこの人他人じゃない、なんて風に思うスイッチが入ってしまった。

引越し屋のお兄さんも、先程までと打って変わってあっけらかんと、口調すらかわり、一つも噛まずにあれやこれやと話し始めた。

やっぱり、航空関係のお仕事されてるんですか
お仕事、忙しいですか
家具の配置、もう決まっていますか

そんな事から始まり、世間話とか、私が前々から気になっていた引越し屋さん事情とか。

ランジェリー(急にそんな風に呼んでみる)の一件があってから、私(たち)は随分ラクになった。

会話も楽しくて、気兼ねなかった。

新しい家に向かってからもそれは続く。
あまり新居に行けていなかったために決めきれなかった家具の配置、家電の置き方、世間話。

何から何までなんとなく、だらだらと話した。

こういうことって、あんまりにも当事者になってしまうと気恥ずかしい。けれど、人生を大枠として捉えた思い出として捉えればなかなか面白い経験だと思う。

昨日読み終えた中島らもさんの本にもそんなようなことが書いてあったけれど、自分自身の中の自分と、自分自身を見てる自分がいると、いろんなことがおもしろい。

私だって女だから、そら当事者だけの自分であればそのラベンダー色したまだそんなに古くないそのパンツをサッと隠して耳を赤くして俯く(ことをして見せる)くらいは出来るだろうけど。

見られてしまったものは仕方ないし、どうせならそんなきっかけで互いに居心地よくならその方がいいだろうから。

今日もまた結末のない話を書いてはいるが、なんでもかんでも意識しすぎない生き方は結構たのしい。

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