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【ゴミ屋敷とトイプードルと私♥️】~嘘で嘘を塗り固めた虚飾のキラキラ女子の転落人生~

#マンガ感想文 #池田ユキオ #SNS依存症 #キラキラ女子 #イタい女

電子書籍マンガの女性向けジャンルの中では大ヒットした作品なので、特に女性では既読の方も多数おられると思う。作者の方は少女漫画出身ということもあり絵がキレイで、女性キャラの服やアクセサリーの細かな描写もイイ。33ページの中編ながらサクサク読めるし、主人公の明日香の清々しいまでの天性のクズっぷりとイタさと転落するまでの過程が、これまた痛快だ。

冒頭は、クマのぬいぐるみの取り合いという幼い姉妹のケンカから始まる。        ぬいぐるみは姉のものなのだが、妹はそれを無理やり奪い取ろうと躍起になっている。しかし仲裁に入った母親は完全に妹の肩を持ち、妹もまた、母に泣きつく。「お姉ちゃんでしょ」という定番の台詞で、姉は仕方なく妹にぬいぐるみを譲る。ぬいぐるみはその時点で既に薄汚れており、取り合いから頭の部分が裂け、中の綿が飛び出してしまったが、ゴネ得でぬいぐるみを手に入れた妹は、

「明日香の方が可愛いからだよ/かわいそーなおねーちゃん」

と、憎らしい言葉を無邪気に口にし、お人形さんのような可愛らしい顔に満面の笑顔を浮かべる。                              

実際、姉の今日子は一重の小さな眼の地味な顔立ち、髪もショートカットで無地の白Tシャツにショーパンという服装なのに対し、妹は長く濃い睫毛にふちどられたくっきり二重の大きな眼に、ゆるふわの長い髪を三つ編みのハーフアップにして、結び目を大きなリボン付きのヘアゴムで可愛く飾り、フリフリのミニスカートを履いている。

ーーそれから30年後。明日香はSNS(作中ではNICEBOOK)にハマりきっていた。ある日、

[ワタシの愛するダンナ様♥️]という題で思わせぶりな投稿をするが、ダンナ様とは新たにペットショップで購入した雄のトイプードル、ソラのことだった。耳にピアス、指にブランド物の新作である指輪をこれ見よがしに着け、すっぴんでごめんなさいという文章とともに、笑顔でソラと戯れる写真をアップして。

フォロワー達からのコメントはソラくん可愛い、明日香さんもステキ、すっぴんでもキレイ、リングはどこそこの新作?という賛辞が並ぶ。

スマホを見て、ひとり悦に入る明日香。しかし彼女が身を置いている自宅はゴミ屋敷同然の超絶汚部屋であり、服装はキャミソールにスエットという完全な部屋着。          そして背後にはSNS投稿のためにガムテープで二枚重ねのクッションに何重にも固定され、頭にウサギ耳のペット用衣装を頭に付けられ、恐怖からガタガタ身を震わせ、断続的にキャン、キャン、と鳴くソラの姿があった。

おもちゃでつりながら、スマホでソラの写真を撮る明日香だが、相手は動物だ。ブレまくる。キレた明日香が、

「動くなっつってんだろ/このバカ犬!!」

と怒鳴るや否や、ソラはビクッと肩をすくめ、おとなしくなる。                  この一枚の撮影のためにかけた金額は、トイプードル1匹30万円、ペット用衣装7千円、ブランドクッション2枚6万円で、合計43万円にもなる。

(犬なんか飼うんじゃなかった/エサやりは面倒だし臭くて最悪)

明日香は内心後悔するが、コメントはソラの写真効果絶大だった。平日にも関わらず、時間は既にAM4時であることに気づくと、明日香は水滴や化粧水で汚れに汚れた洗面台の鏡の前で化粧を始める。

頭にいくつもカーラーを巻きつけながらのメイクの最中、マスカラを塗りながら、素顔に出来たシワとシミを否応なしに目にせざるを得ない明日香。彼女のSNSはハワイでのサーフヨガ、高級ホテルでシャンパンを飲みながらのランチ、エステでのマッサージとキラキラした写真であふれ返っているが、それらの写真にはすべて加工がされている。

そして出来上がった顔と上半身だけいい服を着た明日香はソラとのツーショットを撮ろうとするが、ソラは唸って明日香の腕に噛みついた。

「このやろう」

怒りに駆られた明日香は、ネイルを施した長めの爪を備えた右手でソラの頭をわしづかみにし、下半身は下着一枚の左足の裏が、その後頭部に襲いかかったーー。

翌日、明日香は何事もなかったかのように出社している。明日香の勤務先は大手広告会社【電報堂】。今日の服装はフリル衿つきのチェック柄のワンピースで、肩から8万3千円、カードリボ払いで購入したエディターズバッグをかけている。

「わ~かわいい~/新作じゃないですか~/いいな~」

そう誉めそやすのは、同じ総務課の後輩、沙耶。沙耶はまだ24歳でひとまわり年下だが、明日香をセンパイと読んで慕っており、明日香は身の程知らずにも、沙耶に対して10歳の年の差なんて感じないと思っている。バッグをうらやましがられたことに気をよくした明日香は、ニューオープンのホテルでのランチビュッフェに彼女を誘うが、今ファスティングダイエット(プチ断食)中なんで~と返される。    しかし明日香は、それなら明日、海外セレブも愛用の酵素ドリンクを持ってきてあげると、自分のおごりでの翌日のランチの約束を取り付けた、そのときだった。

「明日香チャン!」           「いや~今日も綺麗だね~/よっ電報堂総務課の華!」

声をかけて来たのは、クライアントの後藤こと、通称ハゲだぬき。

後藤のヨイショに、明日香は、やだ~ありがとうございます~と営業用スマイルで対応するが、明日香は内心では

(ずっと私を狙ってる/しつこいんだよエロ親父)  

と毒づくが、後藤は笑顔のしつこく明日香に絡み、肩に手をかけて飲みに行こうと誘い続ける。そんな後藤の肩に、誰かがぽん、と手を置いた。

「後藤さん/会議始まりますよ」

あくまでもスマートに、さりげなく明日香から後藤を引き離すと、『彼』は明日香に目配せして、会議室へと向かう。

彼の名は徳井。電報堂イチの売れっ子アートディレクターであり、女性社員人気ナンバーワンのイケメンでもある、若きエリートであった。

(今のって私のこと助けたよね)

この間、沙耶とともに社内のエレベーター内で一緒になった際、

『SNS見てますよ/犬可愛いですね/俺好きなんですよ』

と、声をかけられたことを思い出す。沙耶は明日香に、

「徳井さん/センパイのことイイって言ってるみたいですよ~/モテますよね~」

ーー年下男からの猛アピール。結婚相手としても悪くないし……。

「そんなことないよ~/こう見えて34だし~」

沙耶の言葉に有頂天になった明日香は、謙遜しつつも、一人うっとりとイタい自分語りを始める。

「同年代と比べるとやっぱちょっと浮くんだよねー/同窓会とか行くと(学生時代と全然)かわんねーって男子がざわつくから困っちゃうよねーー」                 「ほら私読モやってたじゃない?/意識高めでいたいんだよねーー……」

沙耶が密かにドン引きしていることなどまったく気づかず、              【あ~気持ちいい】と、完全に自分に酔いしれている。だが、             「キラキラするにはお金がかかる」のだ。

ネイルサロンで施術された明日香の新しいネイルは十指ともパーツ付きのきらびやかなデザインで、料金は1万8千円。それを明日香はカード払いする。ちなみにネイルサロンの平均価格は甘皮や爪の手入れ代込みで、ラインストーン付きの施術でも、高くて8千円ほど(店舗にもよる)。よほどお高い店に通っているか、ハンドケアなどの複数のオプションにも多額の金をかけていると思われる。           

20代前半までは、明日香は特定の彼氏はいないものの常に複数の男達に囲まれ、誕生日には彼らが全員プレゼントを持ちよっての盛大なパーティーが開かれ、彼らが何でも買ってくれ、行きたいところへも連れて行ってくれていた。けっこうな金額でも(買ってくれた品や食事代や交通費?)一晩寝ればチャラ、人生楽勝だったと明日香は回想する。しかし、

(アラサーになると私が大人の女性になったからか、簡単に声をかけづらくなったみたいで……)

それでも行きたいレストランや服のランクは落とせず、気がつくと借金が400万円にも膨れ上がっていた。会社に取り立てが来る前に両親に泣きつき、300万円を肩代わりしてもらい、さらには心配だからと自宅の敷地内に離れを作ってもらうという、徹底した溺愛と甘やかされっぷりだ。

男達が全員明日香から離れて行ったのは、明日香が思っているように、彼女が「大人の女性」(本人いわく、キャリアウーマン)になったからではない。20代前半の明日香は若さと顔しか取り柄のない、男達にとってみれば街中を連れて歩くにはうってつけの、現役読モという最高の肩書き付きの高級アクセサリー的な存在に過ぎなかったからだ。                  読モでもなくなり、30代になった明日香は男達にとって自分の商品価値がなくなったことを自覚出来ず、自分に都合のいいようにしか解釈していないのだ。

一方で、姉は既に家庭を持ち、くりくりした大きな眼が可愛らしい男の子を授かり、堅実な生活を送る兼業主婦にして、一児の母になっている。

しかし、明日香は相変わらず姉を見下し続けていた。結婚式の時、明日香に対して勝ち誇ったような顔をしていた姉だが、実はその後姉の夫を誘惑して肉体関係に持ち込み、寝取っていたのだ。何も知らないと思い込んでいる姉に対し、幼い頃口にした姉への侮辱の言葉を心の中でつぶやく。

『かわいそーなおねーちゃん』と。

しかし、明日香の実生活は次第に暴かれつつあった。                 「犬の声が聞こえなくなった?」     「明日香ちゃんの部屋/掃除したいんだけど……なんだか怖くて……」           離れの掃除も洗濯も明日香から任せっきりにされている母が、お姉ちゃん、一緒に行ってくれない? と、姉に頼んだのだ。

離れに向かった母と今日子は、離れのドアを開けた途端、あっけにとられる。ブランド物を購入した際の紙バッグ、脱ぎ散らかされた衣類、大量のゴミ袋に埋め尽くされた汚部屋の極みを通り越し、内部だけ完全なゴミ屋敷と化している光景を目の当たりにしたからだ。    

「まったくもう/あの子ったら仕方ないんだから……」

ゴミ袋を持ち上げながら、足の踏み場もない離れの中に進む今日子の背中にくっつき、母も恐る恐る歩みを進める。           その瞬間『べちゃっ』という嫌な感触が、靴下を履いた今日子の足の裏に触れた。それも、悪臭をともなって。

「何か踏んだ……/うっ臭い!!」 

今日子はゾっとして、足を震わせつつもゴミの山を押しのけると、そこから飼育放棄され、大小の排泄物を垂れ流し、無数の蝿にたかられて息も絶え絶えのソラが現れ、今日子は絶叫したーー。

その数日後、何も知らない明日香は約束通り沙耶とホテルのランチビュッフェを堪能し、会計を済ませようと、いつものようにレジにカードを差し出した。しかしレジ担当のホテル従業員は、明日香に対し、思いがけない言葉を口にした。

「ーーお客様/こちらのカードは使用停止になっておりまして……/申し訳ございません」

明日香は焦っていくつもある他のカードを出すが、そのカードも同様だった。しかも財布の中にある現金は、千円札1枚きり。

「すみません、こちらのカードも……」                「使えないわけないでしょ!アンタのやり方がおかしいんじゃないの!?」

とキレた明日香に、沙耶はセンパイここは私が、と助け舟を出し、代金を立て替えてもらう。ホテルを出て沙耶に礼をいうなり、頭痛を訴えた明日香は沙耶に午後は欠勤すると部長に伝えてというなり、困惑する沙耶を残し、明日香は自宅に直行する。

自宅の郵便受けには案の定【警告】【重要】の大文字が印刷された督促状の封筒が、無数に突っ込まれていた。しかし、何故両親はそれを郵便受けから取り出そうともしないのか?

「お母さん! 払っておいてよね/こういうのはーー」

殴り込むように明日香が自宅本宅の玄関に駆け込むと、そこには涙を流しながら怯え、卒倒した父を見つめる母の姿があった。

父は病院に救急搬送され、人工呼吸器を付けられてベッドで意識不明の状態に陥っていた。

「くも膜下だって。出血がひどかったみたい……それどころか歩くこともままならないだろうって、お父さん……」       

「え……じゃあもう働けないの?」

姉の言葉に、まるで見当違いな返答をする明日香。

「当たり前でしょ(意識が戻ったとしても)お母さんも介護に追われるでしょうし」

至極まっとうな姉の言葉に、明日香は激しく取り乱す。

「嘘でしょう!?/カードの支払いどうするの! 掃除や洗濯は誰がするの!?」

この期に及んでも自分のことしか考えられない妹に、今日子はあっさり返答する。

「自分でするのよ」           

「イヤ……イヤ……絶対イヤ!!」

激しくかぶりを振りながら病院を飛び出す明日香に、今日子は嘲笑混じりの半笑いでつぶやく。「本当にしょうのない子」と。

その後、カードの振り込みで頭がいっぱいの明日香は、カツカツとヒールを鳴らしながら、夜の繁華街を歩いていた。苛立ち、お金が欲しい、と呪詛のように強く願ったそのとき、例のハゲだぬきこと、酔った後藤が明日香の前に現れる。                「あれぇ?明日香チャンじゃないかぁ~/こんなところで会うなんて感激だなぁ!/俺達相性バッチリ~」             「ーー運命……かも知れませんね」

完全な作り笑いを浮かべた明日香はそのまま近くのラブホテルに入り、金目当てで後藤と肉体関係を持つ。これでカードの支払いが出来るだけの大金が手に入ると目論んでいた明日香だったが、後藤から渡された代金は、タクシー代としての、わずか3千円だけだった。

「ちょっと待ってよ/これだけ!?」

完全に当てが外れ、必死な明日香を、後藤は鼻で笑い、                「何?/援交のつもり?/カンペンしてよ若い子じゃないんだからさ~/気ィ使ってチャンづけしてあげてるの俺ぐらいなもんだよ~」

「またヤらせてよ/風俗行く金ないときに」

それだけ言って、タクシーで去って行く後藤。取り残された明日香は3千円を握り潰し、

「なかったことにしよ」

翌朝、SNSで

『おはようございます!今日は朝からお天気でHappyな気分♪/女の子の強い味方!ガルニのヒールでさぁ元気にお仕事お仕事!』

と、Happyどころではないはずの心中とは真逆の嘘の文章とともに、ヒールを履いた自撮り画像を投稿してから出社するが、明日香が会社に入るなり、社員達は一斉に好奇の目を向け、ヒソヒソ、クスクスと忍び笑う。

スマホを手に「マジかよ~」「ヤバいって~」と、口にする者達さえいる。

(何……なんなのよ!?)

自分を取り巻く明らかな異常事態を察知した明日香はトイレに駆け込み、SNSを見る。ちなみに今日の明日香の服装は、フェミニンなオフショルダーの花柄ワンピースに、フリルがいっぱいのショルダーバッグ。34歳の装いにしてはかなりの少女趣味だ。

SNS上には、昨晩後藤の腕に両腕をまわしてホテルから出てきた姿、さらには後藤との路チュー写真までもが拡散されていた。

それらの盗撮写真に対する電報堂社員のコメントは辛辣で、

[うわ~Aさんって誰でもいいんだ~]    [あのドエロジジイとむしろお似合い?]   [手当たり次第に女子社員に声かけてたもんな~/ひっかかるかよフツー]

(声かけられてた女の子は私だけじゃなかったの……?)

自分だけが後藤にターゲットにされているとばかり思い込んでいた明日香は愕然とし、青冷めてトイレの個室の床にへたり込んだ。そこへ、3人の若い女性社員達がやってくる。

「クソワロターー」           「やめてやめてお腹イタイ」       「も~笑かすわ~」

朝イチの明日香のSNSを見たらしい若い女性社員達がそれをネタに笑っていることなど明日香は思いもよらなかったが、洗面台を前に化粧直しを始めた1人の声に、それが沙耶であると気づいた。

「いつまで自分のこと女の子呼ばわりしてんだってカンジ~」

「目覚ませよババアー/そんなんだからハゲだぬきにつけこまれんじゃん/ダッサー」

(え  私のこと……?)

アハハ、キャハハハ、と、甲高い笑い声を上げながら、まさかすぐ側に明日香がいるとは夢にも思わない沙耶と同期の同僚達はさらに盛り上がる。

「聞いて/徳井さんが気があるって言ってみたら眼ギラつかせてんのあのババア!」   「んなワケねーだろ/こう君は私の彼氏だっつーの!/ふたりでババアのSNS見て笑ってたわ」

沙耶の口から、衝撃の事実が明かされる。沙耶と徳井は交際しており、徳井が明日香のSNSを見ていて『俺(あなたのSNSが)好きなんですよ』と言ったのは笑いのネタとして最高だという意味であり、さらに自分を慕っていると信じて疑わなかった沙耶が、裏では自分を嘲笑していることも。

「必死なんだもん/イタタターってカンジ!」

さらに、後藤とのツーショットを写メに撮り、拡散したのは沙耶であるという事実も。

「あの人さぁ/本当はお金ないと思う」

真顔になった沙耶は、同僚達へ明日香の恥態を暴露する。

「財布のぞいたら千円しか入ってないの/借金してバッグ買ってたりして/そうまでしてキラキラ女子になりたいかね」

「バ レ バ レ な の に」

すべては見抜かれていたのだ、すべてーー。

「何が『こう見えても34(歳)』だよ/年相応ですから!!」

そういい放ち、沙耶と同僚達はトイレを後にする。明日香は個室の中でネイルを施した長めの爪の先すべてが反り返り、血がにじむ寸前まで両ひざに深く爪を立て、無言で沙耶への怒りを露にする。

ドアをバン!と開けた明日香は、そのまま徳井の元へ向かう。オフショルダーの肩口をさらに下げて胸元をあらわにし、胸の谷間を強調させて、徳井の手を取る。

「知ってるのよあなたの気持ち/今夜ホテル行こ/みんなにはナイショ……」

選 ば れ る の は い つ も、私。

しかし徳井は、            

「キモいっすよ」

冷淡な顔とその一言で、明日香を一蹴する。

その一言に、明日香は狂乱する。

「ふ。ふざけんじゃねえええ!!/あんたがエロい目で見てきたんだろーが!/私とやりたいはずよ/本当はやりたいんでしょおおお!」

周囲には野次馬達が集まり、みなその光景を写メに収め、シャッター音がそこかしこに上がる。その場には沙耶と同僚達もいたが、彼女らはまさか騒動の原因が自分達が原因とも知らず、事の次第がわからずとまどうばかりだ。

「うそよおお!/うそつき!/私が好きなくせに!/好きだって言ってよおお!」

絶叫しながら徳井のスーツの肩口を握り締めて離そうとしない明日香は守衛ふたりに取り押さえられ、明日香はあっさりクビになった。

「お母さんお金ーー……/ねえお金を出してよ」「勘弁して」

明日香が勤務先をクビになってからどれくらい経ったのかはわからないが、父の意識はまだ戻っていない。

明日香はそれでも、病室で涙だけでなく鼻水とよだれまで流しながら夫の横たわるベッドのシーツにしがみつき、献身的に付き添いを続ける母に、金の無心に来ていた。 

つばの広い帽子をかぶり、レースとフリルをふんだんにあしらったフリフリのワンピースという、相変わらずの装いで。      

「明日香ちゃんに使えるお金は/もう一銭も残ってないのよ……」

母に対し、憎々しげな顔を向ける明日香は、舌打ちして病室を後にする。父親付き添いの看護士達の軽蔑の眼差しを受けながら。

帰宅途中、雨に降られてずぶ濡れになった明日香は離れに入ろうとするが、鍵が開かない。鍵はいつの間にか替えられていたのだ。

ふと目をやった母屋にあたる自宅のキッチンで、姉一家がホットプレートで焼き肉をしながら、食卓を囲んでいた。

甥にあたる姉の息子は、幼児用の高い椅子の上ですっかり元気を取り戻したソラを笑顔で抱き、姉の夫である義兄はグラスに注がれたビールを片手に焼き肉を堪能し、そして姉は笑顔で肉を焼いている。

離れに入れなくなった明日香は、

「うちで何やってんのよ!開けなさいよ!」

と、母屋のガラス戸を左右の拳で連打すると、姉は窓を開けて、

「この家は私たちがもらって住むことになったのよ」

と、穏やかなアルカイックスマイルで答える。

この件は恐らく、父の意識が回復したら母が介護に追われる生活となること、また、父が意識を取り戻さずに亡くなった場合を考え、さらに老後のことや相続のことも視野に入れ、母が同居を申し出たのだろうと思われる。

「はぁ!?/何いってんのよ/私の権利は……」

その瞬間雷が鳴り響き、真っ白な稲妻が姉の顔を照らした。姉の顔は、阿修羅と化していた。

「知ってるんだよ/あんたとダンナが何したのか/絶対に許さない/お金ももう渡さない!」

ーー仏の顔も三度までというが、幼い頃から今日子が明日香によって舐めさせられてきた辛酸は、もはや三度どころの話ではないだろう。

明日香の全身を濡らす大粒の雨が、物心ついたときから常に見下し続けてきた姉に対して初めて感じた恐怖と畏怖から噴出した、滝のような冷や汗に見える。今日子はさらに明日香に追い討ちをかけた。

「ーーいえ/あんたの分はあんた自身が食い尽くしたの/くだらない見栄と虚栄/意味不明の自分磨きとやらで/すべてね」

「本当に仕方のない子/救いようのない馬鹿な子」

ピシャンッ、と窓が閉まり、明日香は窓にへばりつきながら絶叫しただろうが、それは大きな雨音にかき消された。

姉は妻に、母に戻り、夫と息子との一家団欒の食卓に戻ったーー。

「行ってきまーす!」

姉は快晴の朝、一家の自宅となった実家から、笑顔で出勤する。シンプルなスーツと白いシャツに身を包み、母に抱っこされた息子に見送られて。

ママー、いってらっしゃーい、いい子ねー、という、平凡ながら幸せな孫と祖母である甥と母の声を聞きながら、明日香は寝たきりとなった父の介護用おむつを替えている。

「お父さん/おしめかえますよ」

父は長きに渡る意識不明の状態から回復したものの、その後遺症で完全に寝たきりになり、元から薄かった頭髪はすべて抜け落ち、顔も身体も実年齢以上に年老いてしまった。

明日香は介護をする交換条件として、離れに住むことを許された。会社員時代は美容室で欠かさず綺麗にカラーリングしていただろう髪は頭頂の部分だけ色落ちしていわゆるプリン頭になり、髪は伸び切って、あちこちボサボサにほつれた、無造作に後ろで束ねただけという有り様だ。

カードはすべて取り上げられ、着飾って出歩くことも絶え、その結果10キロも太った明日香は眼の下に隈も出来、唇の両端は、皺に落ち窪んでいる。そのうえ、脳障害となった父は、あれだけ溺愛していたにも関わらず、劣化した明日香が誰かわからない。

ーー私だってわからない          ーーこんなの私じゃない

大小の排泄物にまみれた父のおむつを手にしながら、明日香は心の中でつぶやく。

明日香は幼いあの日、姉から奪い取ったクマのぬいぐるみを抱きながら、上下スエットに裸足という姿で、SNS上に、ネット上で拾って来た画像に嘘の文章を付け足し、投稿を続けるが、もはやかつてのような賛辞のコメントはひとつも来ない。

「それでもかまわない/この小さな画面の中で/私は今もキラキラ輝いている」

クマのぬいぐるみは頭から綿がはみ出してしまっているだけでなく、ボタンの左眼は糸がほつれて、外に飛び出してしまっている。ズタボロのぬいぐるみのその姿は、まるで今の惨めな見てくれの明日香と、彼女の壊れかけの内面を象徴するかのように。

©️小学館/単行本あり/電子書籍全①巻


        






























 










    


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