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あかるい未来の「特効薬」はない。エストニアで見たのは、しんどくて明るい現実。

海外出張の後半はエストニアを訪れた。

滞在期間は短かったけれど、一瞬で好きになった。本能が馴染むような感覚。エストニアで働いている方が「世界一周してた時に立ち寄ったんだけど、一瞬で住みたいと思った」と言っていたが、こういうことか、と腑に落ちた。

タリンは、歩いているだけで気持ちが整ってくる。爽快なグリーンとかわいいトラムがゆるやかに都市部を覆い、バルト海からの風は物語の匂いがする。ファンタジーで描かれる「うみべの街」って感じだなと思っていたら、本当に魔女の宅急便の舞台になっていた。

ただ歩いているだけでも来た甲斐があったなと思うのだけれど、エストニア来訪の目的は都市観察ではない。電子国家の実態を体験することである。

ご存知の方も多い思うが、エストニア在住者(Citizen and Resident)は自由に自分の個人情報にアクセスでき、99%の行政サービスをオンライン上で受けることができる。(ちなみにまだ未対応なのは、結婚・離婚・不動産売却の3つである。)電子署名が一般に普及し、銀行もオンラインで対応可能。まさしく「最先端の電子国家」と言っても過言ではない。

真の姿は、電子国家にあらず。

短い間ではあったが、幸運にもエストニアで生活する様々な人から話を聞くことができた。エストニアで起業している人、e-Estonia Breifing Centreのスタッフの方、飲み屋のおっちゃん。現在の生活はもちろん、これまでのエストニアの変遷なども伺った。

そこで思ったのは、エストニアは単なる電子国家ではないということ。彼らにとって、電子国家は新しい土俵で戦うためのひとつの手段に過ぎない。

仲間を集め、スピーディに仮説検証を繰り返しながら、無謀にも思えるような大胆な投資を行い、描いたビジョンを現実にしてきた。国の動き方が、アントレプレナーと同じなのだ。彼らは、アントレプレナー国家 (enterprising country)なのである。

エストニアが描く壮大なビジョンは、電子国家社会を主導すること。

具体的にエストニアはどんなビジョンを掲げ、何を目指しているのか。そして新しい土俵で戦うとは、どういうことなのか。

e-EstoniaのWebサイトのステートメントには、社会生活における基本的なサービスが完全に自動化され知覚する必要のない状態になることを目指しているし、他国も含めて電子社会の発展を主導していく強い意志が書かれている。(*1)

(原文) Successful countries need to be ready to experiment. Building e-Estonia as one of the most advanced e-societies in the world has involved continuous experimentation and learning from our mistakes. Estonia sees the natural next step in the evolution of the e-state as moving basic services into a fully digital mode. This means that things can be done for citizens automatically and in that sense invisibly.
In order to remain an innovative, effective and successful Northern country that leads by example, we need to continue executing our vision of becoming a safe e-state with automatic e-services available 24/7.

もちろん絵に描いた餅ではなく、ロードマップもしっかりと引かれている。大きな目標としては、industry 4.0を達成しようとしており、直近では2020年にAIで50の政府業務を代替し、7つのサービスを溶け込ませることを宣言している。(*2)

バーチャルレベルの陣取り合戦に、果敢に挑む。

世界では、バーチャルレベルで、領土の陣取り合戦が始まっているように思う。領土のキーとなるのは、ユーザーの行動データ。欧州が策定したGDPRは、GAFAに対し明確なラインを規定した。それは、自分たち主導で、土台をつくり発展を目指すというポジションをきったといえよう。社会主義によってすでにラインが引かれていた中国は、目覚ましい発展を遂げ、アリババグループをはじめとして、一大帝国を築いている。

エストニアは国家主導で、新しい土俵で戦おうとしているのではないか。

かつて先進国が、他国に鉄道を作り、国家間の連携を強化していったように、エストニアは電子国家システムの先導者として、基幹システム(x-road)をオープンソース化し、他国の導入を支援している。隣国のスウェーデンを始め、数カ国とすでに連携済みだそう。小国がゲームチェンジを起こすかもしれない。

いまを支えるのは、20年以上前の投資。

そんな未来あふれるエストニアは、魔法のように奇跡的に生まれたわけではない。淡々と投資と鍛錬を積み重ねた結果の戦略的誕生なのだ。

独立直後(90年代前半)から、国民のITリテラシーを高めるべく、彼らは長期的かつ大規模に教育へ投資してきた。独立直後で、経済的・社会的にも不安定な中、勇気ある決断の連続だったと思う。

特に大統領主導で実施したTiger Leap Projectの影響は大きかったようだ。公教育を中心に、ICT教育を重点的に実施することを決め、2年間で学校に最新型のマシンとインターネット環境を整えたのだ。(*3) 50人に1台だったものが、2年間で20人あたり1台まで普及した。当時の経済状況を鑑みるに、非常に大きな投資であったことは間違いない。

(ちなみに、このプロジェクトには、産業界も賛同し、Tiger Leap Foundationを設立する。この資金を元に、ProgeTiigerというICT教育プロジェクトが運営されている。プログラミングはもちろんCADソフトやロジカル思考など、技術に関する基礎知識を広く学ぶことができる。)

そして、お年寄り向けにも地道に普及活動を行ったそうだ。都市はもちろん、地方にも足を運び、PCの使い方からじっくりと教えていった。

ソ連占領時代にIT産業の拠点だったという下地があるにしても、不確かな未来を信じ、教育への投資なくしては、エストニアの目覚ましい発展はあり得ない。

時代に乗り遅れたわたしたちは、20年後にむけて、希望の種を蒔くしかない。

そして何より、暮らす人たちがエストニアの未来について希望を持っていた。国の未来の話をするときに、みな楽しそうに活き活きと話すのである。

純粋に羨ましいなあと思った。

正直なところ、日本の未来の話をするとき、私はあまり希望をもつことができない。少子高齢化で市場はシュリンクするし、年金や雇用の問題も大きいし。かといって、カルチャーもビジネスもなんかパッとしない。

現状を嘆くたびに、わたし達は一発逆転できる「魔法の薬」があって、それさえ見つけることができれば、すべてうまくいくと信じてしまっている。

でも、「そんなものはないのだ。諦めろ」と、エストニアはわたし達に現実を突きつけてきた。大切なのはわかるけれど、実際知覚すると、結構しんどい。一寸先は闇のいばらの道ってことが、はっきり想像できてしまうから。

でも、だからこそ、前を向く必要がある。

いまは20年ほど先を見据え、粛々と種を植える時期なのだ、と。アントレプレナーシップを持って、少し先の未来までやっていくしかないのだ。しばらくは結構大変なことが続くだろうけど、その先は明るい未来が待っている。

20年前のエストニアがそうであったように。

エストニアは、アントレプレナーであり、我々の希望でもある。

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エストニアが超楽しくて、書きたいことが多すぎて、沢山削ったので、エストニアのイケてるライフについては別のnoteで書きます。

特にエストニア国立博物館が革命的で、ICTの浸透ってのをまざまざと教えてくれました。インターネット系の人のみならず、クリエイションに関わる人間にとって良いメルクマールだと思います。

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(*1) e-Estonia — We have built a digital society and so can you
(*2) e-Estonia guide pdf
(*3) ESTONIAN EDUCATION SYSTEM 1990-2016 - Reforms and their impact, p8-9



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