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アンチテーゼ 本気で人を好きになってはいけない

誰かのことが好きで好きでしかたがなくて・・・

と、そんな心持のときというのは、果たして楽しいのかどうか
その思いを抱えて寝る夜は何かに満たされたような気分になるのか

うーん
”焦がれる”と言う言葉を、僕は好んで使うのだけれども、好きと言う気持ちがまったく疑いようのない心の赴きであるときに、その思いは身を焦がすような激しい物であるというか、つまりは苦しいのです

気になって、気になってしかたがないという状態

それのどこが楽しいのかと

ところがです
こいつを”恋愛”という言葉でくくってしまうと、なんともぼやけてしまって焦点の合わない虫眼鏡のように何も焦げないのです

”本気で人を好きになる”という言葉が、一時僕の中でパワーワードのようになっていた時期があって、もちろん悪い意味で使います

”あなたは、本気で人を好きになったことがないでしょう”

恋愛はそれこそ星の数ほどしたのかもしれないあなたは、本気で誰かを好きになったことがないから~

このあとに続く言葉は否定的な表現、たとえば”人の気持ちが解らない”とか”自分のことしか考えていない”とかそんなありふれた人格否定或いは人格攻撃と言ってもいいのかしら

或いは嫉妬のメカニズムを説いて、その仕組みが理解できたとしても、そうなってしまう誰かの気持ちはあなたには理解できないでしょう
”なぜなら、あなたは本気で人を好きになったことがないから”

自分のことは兎も角、人のことは良くわかる
その人がどんな目で誰かを見つめているか
話しかけるときに身体がどのくらい寄っているのか、どんな顔で笑うのか、どんな声で話すのか

だから僕は焦がれても、それをどうすることもできずに、ああ、この人の気持ちは今、違う方に向いているんだと切なさをいくつも殺してきたのだけれども

ときに無自覚に人は誰かを好きになり恋い焦がれて、その気持ちが理解できずに”あらぬ行動”をとることがある

潜在意識にあるそれは、アリに寄生した吸虫のように本来好きではない人に身を委ねては、本命の気を引こうとしたり、或いは本命への探りに周りの人間を巻き込んだりする

旗から見ていると良くわかるのだけれども、巻き込まれる時はもらい事故のようなもので、逃げ遅れたら最後であったりする

恋愛と言うのはきれいごとじゃすまない”心の暗部”も引きずっていることを、どうにかして人は忘れようとしているように見えるのだけれども、だからこそ、やはりパワーワードのように使ってしまうのである

”あなたは本気で人を好きになったことがないでしょう?”

でも少し考えればわかることなんですよね

だからこそ、本気で人を好きには、なれないのだということが

僕の中では究極の愛や恋愛感情と言うのは、相手を食べてしまうことだと思っています
だから本気で人を好きになんかならないほうがいいという、人を食ったような話でした

短編 苦い涙

「食べてしまいたいくらいだよ」
 彼は私の耳元でそうささやくと、耳たぶに優しく歯を立てた。

「あ……」
 思わず声を漏らしてしまう私。

 その瞬間に彼の中で何かが弾けようとしているのがわかった。
 激しい息遣い、上昇する体温、歯だと肌が直接触れ合う部分は少し汗ばんでいた。
 彼の汗なのか、私の汗なのか区別がつかない。

「く……」
 声を出さないようにと堪えた私の唇は彼の唇によってふさがれた。
 私の中に彼の舌が入り込んでくる。
 抵抗は無意味だった。
 どんなに私の舌を逃がそうとしても、彼の舌は激しく私を求めてくる。

 何も考えられず、ただ、自分の舌を動かす。

 恐る恐る目を開ける。
 そこには二つの目があり、瞬きをすることを忘れたかのように私を見つめている。
 私はそれに耐えきれずに再び目を閉じる。
 その瞬間、私の口はようやく呼吸できる状態になった。
  だらしなく唾液が糸を引くのがわかる。

「はぁ……」
 呼吸をするのを忘れていた。
 思いっきり酸素を肺に送り込む。
 もう一度目を開こうとしたとき、生暖かいものが瞼の上にあたり、思わず強く目を閉じた。
 全身に力が入り、再び呼吸をすることを忘れる私。

「う……」
 それはまるで生き物のように私の右の瞼を這いずりまわり、左の瞼へと移動する。
 彼の湿った生暖かい息が私の額に噴きかかる。
 彼の大きな鼻が時にいたいほどに私の顔に押し当てられる。

「もう、我慢できない」
「だめ、だめよ」
「でも、もう限界だ」
「お願い、我慢して」

 私にはわかる。
 彼は我慢する気など毛頭ないということ。そして、私にそれを拒むことなど到底できないということも。

 私はそれでも必死に抵抗をする。
 彼の太くがっちりした首に両手を絡ませ、強く抑え込みながらゆっくりと体を上に向かってずらし、彼のキスの嵐から逃れることに成功した。
 しかし、彼は激しく私を求め、首筋に跡が残るほどに強く吸いついた。

「いや……」
 私は彼の頭を抱え込み、指先が頭皮に触れるほどに強くまさぐった。
 いつもはサラサラの彼の髪の毛は、すっかり汗を吸収して私の指先に絡みついてくる。
 私の顔がすっぽりと隠れてしまう彼の大きな掌が私の小さな肩をがっちりと掴み、すっかり身動きが取れなくなる。

 私は覚悟を決めた。

「好きにして……いいわよ」
 彼の動きが止まる。彼の目から涙がこぼれている。

「優しい人……あなたになら、私……」
 私は彼の涙を指でなぞるようにふき取り、その指を彼の唇に当てる。
 彼は私の指に着いた彼の涙を口にする。
 そしてその涙を私に口移しする。
  彼の心が私の中に浸み込んでくる。
 彼の想いで私が満たされていくのがわかる。
 満たされて、そしてついにあふれ出す。
 私の流した涙を彼は舌でしっかりと受け止めてくれた。

 心の準備が整った。

 すーっと、彼はいなくなった。

 そこにいるのはさっきまで私を優しく愛撫してくれた彼ではない。
 彼の瞳には一瞬生気を失い、焦点が定まらない。
 右の瞳は右を、左の瞳は左を向き、次に上下に激しく動き出す。
 彼の体温が急激に下がるのがわかる。

「しゃぁぁぁあ……」
 彼の口が静かに開き、冷たい息が白く濁って見えた。

「がぁぁう!」
 彼は大きく後ろにのけぞり、そして恐ろしい勢いで私の首筋にかみついた。

「うっがぁ」
 私の呼吸は一瞬で止まる。彼は私の喉を深く、深く、何度も何度も、噛み千切り、噛み砕き、あふれ出る血を啜り、肉にむさぼりついた。

 私は彼の欲望に身を任せながら、彼の流した涙のことを考えていた。

 彼の涙は、苦かった。

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