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たまり場ダイナミックス

 僕は啓蒙しないし、啓蒙されない
 共感はするけれど、同情はしない
 慣れ合いはするしないではなく、その距離に近づかないことが肝要

 そしてたまり場とは、仲間が集まるのではない
 そこで仲間になり、その場を離れれば他人に戻れる関係であるべきだ
 しかし、重ねて言うが、これは啓蒙ではない

 だいたいが、酒が絡むわけで、酔っ払いのすることである
 そこには
 筋を通しても、一筋縄でいかなかったり
 無理が通れば道理引っ込んだり
 顔を立てるとか
 頭があがらないとか
 尻に敷かれるとか
 顎で使われるとか
 二の足を踏むとか
 肘鉄を食らわすとか
 泣いて馬肉を切るとか、サンコンの霊とか・・・いや、これは関係ないか(※1)

 今日通じたルールが明日は通じないというカオスな世界である
 啓蒙したところでどこの場所でも通用するというわけではないのだから、昨日お尻を触っても笑っていた女子が、今日は平手を食らわすということが、当たり前の世界なのである

 故に”高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に”対応することとなるとわかっているのだから啓蒙するだけ無駄と言うことになる

 つまりは行き当たりばったりなのが”たまり場”なのだから

 しかし、行き当たりばったりと言うのは話して悪いイメージに囚われがちであるが、サッカーを覚えたての人の行き当たりばったりプレイと、プロ選手の行き当たりばったりプレイでは、まるで次元が違うように、そのたまり場にすごい奴がそろうと、知り合い同士が集まるよりも破壊力抜群の集団が出来上がることがある

 僕はこれを”たまり場ダイナミクス”と呼ぶことに……今、決めてみました

 たとえばカラオケバーなどで、それぞれのテーブルの客は顔は知っているがあまり話したことがないという関係だったとする
 それそぞれが順番に思い思いの曲を歌っているうちに誰かが歌った曲をきっかけにとんでもない盛り上がりを見せることがある

 大概は”空気を読まない系”がその流れを断ち切るのだが、”たまり場ダイナミクス”が機能している状態では、それすらも”変化球”としてグルーブの中に組み込まれてしまうことがある

 たとえば”場の空気を読む系”ばかりが集まっても”たまり場ダイナミクス”は発動しない。ある程度の協調性と競争意識、自意識過剰と太鼓持ち、オレ流と姉御肌、女王様とお呼び系と下ネタ大王、ニヒルにナルシスト、腹芸に八方美人、多様性と多次元、多面体にポアンカレ予想、カオス理論に量子力学

 総じて言うなれば”スタンドアローンコンプレックス(※1)とシンクロニシティによるダイナミクス”であろうか

 意味のある強い言葉を重ねるとそれぞれが打ち消し合い、意味を消失していくが、偶発的に起きる、それら個々が放つ波動の共振により、強い意志を持つ一個の集合体として機能し始めるが、誰もそれをコントロールできないでいる状態

 或いはこんなケースもある
 行きつけのバーで一人で飲んでいる
 カウンターにはもう一人僕よりも少し若い男性客、今日初めて出会った人で特に共通の話題もなく、マスターを交えて、他愛もない世間話をしているとしよう

 そこにスポーツバイクを趣味と実益を兼ねている常連客が現れ、話の流れが自然自転車レースの話になり、実はヨーロッパでは自転車レースはすごくメジャーなスポーツであるという話で盛り上がる
 アニメ化もされた『弱虫ペダル』というマンガの話を持ち出し、それを見たことで僕も自転車レースがチームスポーツで、1人を勝たせるために、チームメートが様々な犠牲を払うということを知ったのだと話をする
 最終的にどうしても勝ちたければドーピングをするところまで行くと言うところから、スポーツの様々な影の部分の話で盛り上がる

 ここにまた客が現れ、一瞬話が途切れたあとにその客が恋愛について語り始めるとさっきまでの自転車やドーピングの話はまるでなかったかのように色恋沙汰や、昔は彼女に電話をするのでも家の電話だったからお父さんが出たりすると、もうそこで終了だったとか、そんな話で盛り上がる

 ここにさらに女性客が現れ、お決まりの自己紹介的な話の流れから、実は野球が好きで広島にゆかりがあるのだけれども横浜DeNAの方がイケメンが多いからカープ女子ではないという話から、野球の話で盛り上がる

 酒場で起きる”たまり場ダイナミックス”は、必ずしもこのように流転するとは限らず、僕がまったく自転車やスポーツに関心がなければ話は途切れるし、そこそこの恋愛経験がなければ共感も悪乗りもできないだろうし、ずっと最初の常連客が自転車の話だけしたい人だったらそればかりになってしまってスポーツバーになってしまうかもしれない

 或いはどんな話にでも首を突っ込み、話の主導権を握りたい人がそこにいたら会話も今一つ盛り上がらないということもある

 僕としては出来るだけ”たまり場ダイナミックス”を楽しみたいので、ここぞという時の合いの手、悪乗りや、少し難解な話をできるだけ身近なたとえ話や実はこんな有名人も自転車が好きでとか、シンクロニシティというのは、こっちが電話をしようと思ったら向こうからかかってきたみたいな話だよとか、ポアンカレ予想の中身はまるで理解できないけれど、世の中には100年以上かけても証明できない数学の問題があるんだよという話で、それがいかにすごいかだけを知ってもらえればいいわけで、故に佐野元春の『someday』という曲の歌詞の一節

”いつかは誰でも 愛の謎が解けてひとりきりじゃ いられなくなる”

 は、とても素敵なんだよという話ができれば、それで満足なわけで

 さて、今宵はどんな”たまり場ダイナミックス”が起きるのでしょうかね

※1
泣いて馬肉を切る(=泣いて馬謖を斬る)
三国志の逸話。軍師孔明が可愛がっていた馬謖が軍規を破り、退廃を喫した時、泣く泣く馬謖を処刑したというお話を揶揄。
⇒ひとり占めしたいほど好きな馬肉を人に切り分ける様

サンコンの霊(=三顧の礼)
三国志の逸話。軍師孔明を自陣に迎い入れるため、劉備は孔明を尋ねるが、孔明は2回居留守を使い、劉備の器量を試したというお話。
⇒サンコンの幽霊は黒くて見えないからという笑い話

※2
士郎正宗による漫画作品『攻殻機動隊』のアニメのサブタイトル『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』に登場する造語。
情報ネットワークにより、独立した個人が、結果的に集団的総意に基づく行動を見せる社会現象とされる。
劇中の『笑い男事件』における個別の模倣犯が同時に多数の出現した社会現象を言語化。

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