痛いことの恩恵

「痛みを感じられるってすごいことなのよ」
前後の文脈は忘れたが、母にそう言われたことがある。
「治安の悪い貧しい国では、足が腐って感覚のない人がいるの。それで釘や画鋲を踏んでも『痛い』って思えない。傷がわからないから手当てもしない。そこからバイ菌が入って──。だから痛いって思えることは、すごくいいことなの」

人の体は、自分を守るようにできている(当然だ)。そのため、どこかが出血すれば「ここで血が出ています、気づいてください」と知らせるのが痛みの役目だ。「痛み」と聞くと「辛くて避けたいもの」というイメージがあるが、実際には「危ないから早く気づいてください」という、自分を守るための危険信号なのだ。

人の精神にも同じことが言える。自分の身を守りたいからこそ「こんなのは自尊心が傷つくから嫌だ」「ここは向いてない環境で苦しい」という痛みを覚える。それは「付き合う人間を変えよう」「別の場所を探すべき」というメッセージを持っていることがある。精神的な痛みとて、ただ痛いだけの無意味なものではないだろう。

ここから先は

747字
この記事のみ ¥ 100

本を買ったり、勉強したりするのに使っています。最近、買ったのはフーコー『言葉と物』(仏語版)。