カイエ【第三章】

必然性よ
必然性がわたくしの愛する存在であることを賛美する
あなたの敵である偶然性の前で
酔った振りして媚態を拵えたり
虚栄心を非虚栄心に取っ替えたり
ブランド物が大好きなんですアピールを隠して
清貧主義を偽ったり
腹黒さを無邪気さで装飾したり
おかしくもないのにわらってみたり

それらのことを忌避する愚直なまでに清廉な必然性よ
そのままでいてほしい
いてください
愛する必然性よ

必然性が大切にしていた傘
ちょっぴり目を離した隙に
サムシング・グレートに盗まれちゃったよ
あの存在論的な透明な傘
今頃たぶん
盗んだ神様的な存在とやらは
天国だか煉獄だか
まあ非在という意味合いにおいては同じことだが
ともかくその近くで捨てられちゃっただろう
必然性という名前がかわいく濃く書かれた
必然性にとってもわたくしにとっても大事な傘
傘一本盗むということが
必然性
あなただけでなくひとりの人間をも不幸な境涯へと落とし込むのだ

神様を信じ過ぎた罰で
傘置きに無頓着に傘を置いてしまったわたくしは
白痴なほどに
信じるという行為をやめねばならないのだ

わたくしは次の日
風邪を引いてしまったよ
必然性よ
傘を買う意欲も金もなかった昨日
コンビニから徒歩15分以上
雨に濡れまくりながらの帰宅を敢行したのだから

必然性よ
心配をかけてしまうことになるが
許せよ
そしてあの透明な
つまり世界の根源にちょっとだけ近い色の傘を
わたくしのミスと神様の悪意に満ちたいたずらで
かなしい気持ちにさせてしまった

許せ

その傘はおそらくは神様が目的地に辿り着いた途端
捨てられているはずだ
もう戻ってはこない
必然性の愛用の傘
その喪失は
わたくしをも苛むのだ



必然性よ
今はまだあなたにしか
わたくしの真理を伝えてはいないけれども
いつか必ず
様々なる存在に
真理のその奥を披露すべきと思ってみてもいいのだろうか
傲慢で無恥の上塗りだろうか
必然性よ
多くの存在と繋がるために
必然性よ
わたくしの真理の奥そのものが
しあわせそのものであればいいのだが
そうして偶然性の奴はやっかむかもしれないのだが
そこは内緒にしておこうか


寝るときは別々の部屋の必然性とわたくし
ほんの2、3メートルほどの距離だけど
疲れ切った必然性の睡眠の邪魔をしたくはないのだ
必然性は偶然性のことで頭が充満している
必然性とわたくしには生活のリズムがあって
つまり齟齬もあって
互いにごめんと謝ることもたまには必要なのだ

必然性には運命という実家があり
愛や可能性が待っているのだが
わたくしのもとへと帰ってくることも
必然性にとってはしあわせであろうか
すべての瞬間において
必然性は崇高なる
そして神秘的な無と同じくらい
ふたつの空間を行き来することが
義務となってしまっているのだ
わたくしの部屋
そして
実家
必然性は時空を超えてしあわせなのかもしれない
義務に鞭打たれている限りは
やるべきことは賞賛に値すると
言葉で定義できるからだ



崇高なる
また貴重なる≪無≫よ
死にたいか
死にたいか

あらゆる騒音のため
あらゆる嫌がらせのため
あなたは死にたいと願うか

≪無≫よあなたはほんとうの≪無≫ではないのか
さまざまなことがあなたを否定すると
あなたは不平をこぼす
罠が世界には満ち溢れていると
しかめっ面をして
その面に
涙を注ぐ

そうだろう≪無≫よ
わたくしもあなたと等しいほどに
死にたくないのだ
死がおそろしいのだ
弱者であり被搾取者であるわたくしは
あなたと同じ程度に死ぬことを否定したい
それは等価交換だ
≪無≫よ
だがしかし
あなたはわかっているだろう
死にたいと思い続けることは
実は生きたいという熱情そのものであると
そしてわたくしもわかっている
死にたくないと祈り続けることは
実は生きたくないという逃走への
憧れに過ぎないということを

≪無≫よ友人がほしいのか
わたくしには友人はいないのだが
友人がほしくないのは確かだ
≪無≫よ

あなたは救いがほしいのか
それに関してならば同調できる

≪無≫よ余計な感情を滅したいか
それもまたわたくしと同じことだ

朝早くに家を出て
死への通勤へと向かう人間
永遠ほどの片道の
その時間
地球のあちこちで
ゴミ捨てをしている≪悲哀たち≫
トラックで希望を運んでいる≪絶望たち≫
こんな怜悧なほどに暗く
こんな重たいほどに明るい
世界に
朝と夜はそっぽを向くことなく対峙して
日々オセロをすることだけに
いのちを匂わせている

わたくしの外で世界は平静に屹立する
まるで現実を
現実の中から見ているような

つまり存在者がいることも
非存在者がいないことも
現実にしてみれば同じこと

≪無≫はそんなことにも興味がないということをわたくしは気づいた

わたくしは必然性と共に歩いて
偶然性の奴に出会うたびに
世界はまぼろしから覚めたかのように
孤独に崩壊し始める
何もかもが個になってゆく
時間と空間が数えられるものとなってゆく

そのとき≪無≫は姿を隠してしまう

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