VTuberとして生きることの喜びと苦しみ・御伽原江良の場合

僕はVTuberとは、将来多くの人がバーチャル世界で生きるようになるまでの過渡的存在と思っていますから、VTuberとして生きるとはどういうことなのか、ということに常に興味があります。

最近の御伽原江良ちゃんにまつわる出来事を見ていて、改めて考えさせられたので、今回はそれについて書いてみます。

御伽原江良について

御伽原江良(以下敬称略で失礼します)というVTuber(バーチャルライバー)をご存知でしょうか。にじさんじに所属し、シンデレラをモチーフにしたキャラクター設定です。2019年3月10日に配信デビューして、25日間でYoutubeチャンネルの登録者が5万人に到達しました。後発のVTuberとしては破格に速く、まだ勢いは衰えていないので、すぐに10万人に達するでしょう。

(元データは豆大福さんのところから)

また、生配信の同時視聴者数がしばしば1万人を超えていて、コラボや記念枠ではない通常配信がコンスタントに1万人超えるのはVTuber全体を見ても月ノ美兎くらいなので、どれだけ人気かわかります。

人気の理由ですが、よく言われるのは、いろんなVTuberの特徴を兼ね備えたキメラ体だからというものですね。これ面白い。

清楚な外見とキャラ設定でありながら、実は重度のオタクで変態というのは、にじさんじの「清楚」キャラによくある特徴です。コメントを拾ってリアクションするのが上手く、リスナーと煽り煽られするスタイルは月ノ美兎や名取さなにも似ています。

そんなトークスキルがありつつ、声や外見やゲームする様子などは可愛いので、多くの人に刺さるのでしょう。もはやVTuberは飽和しているので後発は不利ですが、後発の利点を生かして、成功しているVTuberをよく研究しているという印象を持ちました。VTuberオタクでもあり、実際すごく詳しいです。

そんな彼女ですが、4月10日から3日間配信を休み、4月13日深夜に突然「魔法の解けた御伽原江良」という配信をして、キャラを演じることを意識的にやめ、地声を晒しつつ、苦しい心境を語るという放送をしました。何があったのでしょうか。

何が起こったかを時系列で

まず4月8日に、にじさんじの公式番組である「にじさんじMIX UP!!」に出演しました。デビューして1か月なので抜擢だと言えます。東京のスタジオから配信されるオフコラボで、それも彼女には初めての経験でした。

翌4月9日、にじさんじの夢追翔と黒井しばによる企画、「もやしばラジオ」に出演しました。

翌4月10日、物述有栖童田明治と合流してお泊り会になり、深夜に「童話組コラボ」として、ほぼゲリラで配信されました。絵師さんが同じ「姉妹」ということで、この組み合わせでのコラボは待望のものでした。

翌4月11日、物述有栖のTwitterで「アーカイブはろりこちゃん(御伽原)が恥ずかしがってるから非公開にしました」とアナウンスがありました。実際、配信直後から非公開になっていました。

御伽原江良は3日間ほぼ動きが無く、4月13日の23時からの配信の冒頭で、童話組コラボについて謝罪し、そのあとは普通にゲーム配信をしました。

それが終わった後の深夜に、前述の「魔法の解けた御伽原江良」の配信が行われ、「今のままの江良ちゃんを楽しみたい方は速やかにブラウザバックしてください」と警告した上で、キャラを捨てた地声配信になったのでした。ここまでが、事実ベースでの経緯です。

3日間の沈黙の真相

3日間謹慎状態だったのは、童話組のコラボで怒られたせいだと思われていました。このとき御伽原江良は飲酒していて、その勢いもあって二人にセクハラしたり、ポッキーゲームもどきでキスさせたり、自分もキスしたりと、かなりはっちゃけていたからです。

僕は見てて楽しかったし、二人も本気で嫌がっているようには見えませんでしたが、二人のファンには許せないと思う人もいたようで、コメント欄が配信中も結構荒れていました。

それについては反省して謝罪もしましたが、「魔法の解けた御伽原江良」の配信ではその話はほとんど無くて、その前に行われた MIXUPなどのコラボの反省が主でした。これは意外でしたね。

「魔法の解けた御伽原江良」の声は、普段の配信より低く、活舌の悪さもなくて、ああいう萌え声を作っていると暴露しました。そのうえで、MIXUPでぜんぜん喋れなかった、劣等感を感じた、(ネタの)振りも全部殺して最悪だった、とひたすら反省をしていました。

視聴者のウケはそんなに悪かったと思えないけれど、彼女としては出来に納得できなかったようです。「いじられキャラだから、無茶ぶりされても面白いこと言わないとと思うんだけど、私は本当にダメだ」と言い、自分で自分に無茶ぶりしている気がします。まだデビューしてほんの1ヵ月で、コラボの経験もそれほど無いのに公式番組で先輩に囲まれて、流れるようなトークができなくても仕方ないところはあるでしょう。

「自分(の実力)に数字が見合ってないから怖い」など、繰り返し「怖い」と言っていて、急速にファンが増えたプレッシャーは大きいのでしょう。1ヶ月前までは一般人だったのに、今は何万人にも見られて批判にも晒されるのだから、それは怖いでしょう。東京から地元に帰る新幹線の中で号泣して、周囲から奇異の目で見られたそうで、精神的にかなりダメージを受けたようです。童話組コラボで悪酔いして騒いだのも、そのダメージがあったからかもしれません。そういう言い訳は本人はしていませんが。

バーチャルであり続けることはできないのか

僕が興味があるのは、この「落ちこんだ弱い自分を晒す放送」を、なぜキャラを捨てて地声でやったのかということです。途中でスマホの電池が切れてキャラのアニメーションが止まってもお構い無しで、この回は御伽原江良のキャラではなく中身で話をしたいという様子でした。そうする必然性は無かったはずなのに。

想像するに、御伽原江良であることの周囲からの期待に押しつぶされそうなので、虚飾をすべて取り払って、素の自分をまず見て欲しいということかなと。それでも幻滅しないならばファンでいてほしいと。声まで取り払う必要は無かったかもしれないけれど、加減が難しいので、とにかくすべて取り払ってみたということだと思えます。

これはVTuberに特有ではないでしょうか。アイドルやタレントで同じような心境になる人はいるでしょうけれど、自分のキャラまで捨てることはできません。その人そのものだから。でもVTuberは作ったキャラを演じているので、そこまで剥がして見せることができます。逆にそうしないと、自分をさらけ出したことにはなりません。精神的に追い詰められたとき、自分のアイデンティティーを保つためにはそうしなければならないのだとしたら、人はバーチャルなキャラになり切って生きることは難しくて、それを要求するのは酷なことなのかもしれません。本当にそうなのかは、もっと事例が必要ですが。

VTuberは特に、キャラクタでもありクリエーターでもあり、個人にかかる負荷が高いと思えます。でもそうやって苦しみつつも、「今日配信するのめちゃめちゃ怖かったけど、やっぱり話すのは楽しい」などと語っていて、今後も活動する意欲はあるようなので、バーチャルで生きることには辛さもあるけれど喜びも大きいのでしょう。

そんな様子を観察しながら、やはりVTuberは面白いと思っています。あと御伽原江良ちゃんのことは応援してます。

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メルクマ

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