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記憶の底に埋もれてた人 Jeb Loy Nichols / Trouble Comes

先々週、カナダ人の友達からFacebookで

10 album covers in 10 days, of singers/bands who shaped my taste in music.

というのが回ってきました。
「自分の音楽の趣向をかたちづくったアルバムのジャケ10枚を10日間投稿してね」とな。そうか、世界中が一斉に引きこもって、世界同時内省モードに入ってるんだなぁ。
Facebookのタイムラインを見ると「7日間ブックカバーチャレンジ」という同様のパターンの書籍バージョンも流行ってるっぽい。と思ったら、noteでも「私を構成する5つのマンガ」なるお題企画が立ち上がってる。
こうした動きが拡がるのは、ひとつには自宅で過ごす期間が長くなって内省する時間が増えたことがまずあるんだろうけど、内省の結果としてやりたくなる「自分語り」という、ある種ナルシスティックな行為を行うことの心理的なハードルを越えるのに「お題が回ってきたから」という外的要因があることが都合良いからかもしれません。

で、僕もそんな時流に乗って、毎日一枚ずつアルバムのジャケットを投稿しました。昨日で全ての投稿を終えたところですが、10枚に絞り込むとなると、自然と自分の趣向とか、更に言えば思想にようなものについて改めて気付かされるものです。そして、思い出というのがいかに曖昧で信用ならないものかということにも。

ちなみに選んだのはこんな10枚。

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今日は、その中の一枚についての話を。
映画『Good Will Hunting』のサウンドトラックです。

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日本公開は1998年3月で、僕は中学3年の春休みに友達数人とともにこの映画を映画館に観に行ったのでした。
映画館といえばゴジラとドラえもんくらいしか観に行ったことがなく、仲間内に映画好きがいた訳でもないのに、なぜ中三男子がわざわざ電車に乗って街へ出て、揃ってこんな地味な映画を観たのか、今となってはかなり謎です。経緯が全く思い出せないし、中三男子の琴線に触れるような前情報があったとも到底思えません。
実際見終えた時も、全員が「よー分からんかった」みたいな感想しか共有できなかった気がします。覚えてないけど。だから当然映画の内容そのものに当時これといった感動もなかったはずなのですが、唯一心にグサッと刺さったのが、エンドロールで流れたある曲でした。

エリオット・スミスの "Miss Misery"

今考えれば、98年頃であれば、インターネットで検索して歌手名くらいは特定できただろうに、グサっと来た割にはそうした努力もせず、その後の高校生活3年間を、とりあえずCD屋を見つけたら入って『グッド・ウィル・ハンティング』のサントラを探すという習慣とともに過ごしたのでした。
結局どこに行っても見つからず、ようやくサントラを手に入れたのは、大学生になって少し経ちネットでCDを買うようになってから。
CDを手に入れて初めてこの曲を歌っていたのがエリオット・スミスという人であることを知ったんだったか、それとは別に既にエリオット・スミスの音楽には触れていたんだったか、存在を知った頃には彼は既にこの世を去っていたんだったか(2003年10月21日没)、その辺りの記憶も曖昧。

全15曲中6曲をエリオット・スミスの曲が占め、他にアル・グリーン、ウォーターボーイズ、ルシャス・ジャクソンなどの曲を収録したこのサントラ盤ですが、映画を観てからサントラを手に入れるまでの数年の間「エンドロールのあの曲」のイメージを肥大化させてきていた僕の耳は、実際よりもエリオット・スミス成分多めでこのアルバムの印象を受け取っていたようでした。

今回改めて聴き直したら、エリオット・スミスの曲以外にも良い曲がたくさん入っていることに改めて気付かされました。
そして、なんとも恐ろしいことに、エリオット・スミス以外の収録曲込みでこのサントラ全体の流れを記憶していたし、それぞれの曲は合わせて歌えるくらいにはっきり覚えているのに、その中に、歌っている人の名前を記憶していないどころか、今まで知ろうとすらしていなかった曲があったことに十数年ごしに気付いたのです。

その人の名は Jeb Loy Nichols。
サントラ2曲目に "As The  Rain" という曲が収録されています。

僕にはこの音楽を的確に表現する十分な知識がありません。
全体的な印象はテックスメックスっぽく、でも実際にはもっといろんなものが混ざっていて、どちらかといえばカントリーにも聴こえるし、フォークともとれるし、ホーンのアレンジには西アフリカっぽさも感じます。
そしてやはり一聴する限りではそんなにいろんな音楽が混ざっているようには聴こえず、率直に言って地味です。中三男子が映画『グッド・ウィル・ハンティング』に感じた地味さにも似ているかもしれません。

僕はこの曲をしっかり記憶していて、同時に一度もまともに耳を傾けたことがなかった。そしてこの曲を書き歌っている人について、何も知らず、知ろうとしたこともなかった。
なぜだろうと考えてみたけど、当時は自分にはフィットしない音楽だと思ったのかもしれません。もうちょっと大人になったら分かるようになる類の音楽。

そして、当時よりちょっと大人になった2020年の僕はこの曲に魅かれ、2020年の世界にはSpotifyという便利なサービスがある。

検索して、ジェブ・ロイ・ニコルスという人が、アメリカ西部で生まれ育ち、現在は英国ウェールズの農場で暮らしながら、コンスタントに音楽作品を発表しているシンガーソングライターであることを知りました。音楽以外にも、小説を書いたり絵を描いたりという活動もしているんだそう。
映画のサントラ起用のタイミングで一度メジャーレーベルからアルバムをリリースしたもののセールスが伸びず、その後はいくつかのインディーレーベルを移りながら作品を発表し続けてきたようで、Spotifyでは2002年の作品から昨年発表された最新アルバムまでが配信されています。

サントラを聴き直した後、先週は彼の過去のアルバムを順に聴いていました。絶妙な塩梅でジャンルを横断・折衷する芳醇な音楽。駄作なし。やっぱり地味で売れなさそうではあるけど。

そして、ロックダウンの続く英国で、ホームデモという形でリリースされた新曲もありました。といっても、もともと人里離れたウェールズの農場で暮らしてきた彼にはロックダウンはあまり関係ないようで、自身のブログでも「何年も自ら進んでソーシャル・ディスタンシングしてきたから何の苦痛もないよ」といったことを冗談混じりに書いています。

歌とギターと手拍子だけでミニマルなフレーズを繰り返す小曲。
歌詞は、古いブルースのような「トラブルはだいたいお金が運んでくるから金とかダイヤモンドの指輪とかを俺のところに持ってこないでくれ」みたいなベタなものですが、こういうタイミングでリリースされたことを思うと、"Trouble comes" に他の意味を読み込めなくもない。

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さて、内省ばかりしているのもあまり健康的でない気がしますが、知ってるつもりになっていたものを改めて振り返ってみるというのは、案外新しいものと出会うきっかけになるかもしれません。長らくFacebookのタイムラインに何かを投稿することをやめていたけど、たまに流行りに乗ってみるのも悪くないものです。

あともう一つ、「不要不急」なものから削られていき、人が生きていくために本当に必要だったものとそうでなかったものが少しずつあぶり出されていくようなここ数週間の日々で改めて気付いたこと。

音楽は確かに「不急」かもしれないが、生きていくためにちょー必要!



どうもありがとうございます。 また寄ってってください。 ごきげんよう。