俺太郎

遥か昔の、ヴェネツィアの話。

人里離れた土地の、門から玄関まで車で3分ほどかかるようなお屋敷に、とある老夫婦が住んでいました。
旦那様は山奥のスーツ屋に、ご婦人は川岸で開催されるワインパーティーに行きました。

ご婦人が川岸に腰を掛け、クツを脱ぎ、素足と川を映した写真をInstagramに投稿しようとしていると、”Don-BlackDon-Black”と、それはそれは大きな漆黒の果実が流れてきました。

「ワンダフル、これは良いおみやげになるわ」

ご婦人は運転手に果実を拾わせて、家に持ち帰りました。
そして、ふたりで果実を食べようと料理長(勤続29年)に切らせてみると、なんと、中からツバサを広げたメシアが飛び出してきました。

「これはきっと、神さまがくださったにちがいない」

子どものいなかったふたりは、たいへん喜びました(この後、各国の著名人を呼んでメシア生誕パーティーを開いたことは、本編とは関係ないため割愛)。

ふたりはメシアを、俺太郎と名付けました。

俺太郎は英才教育を受けながら、それは見事に、エレガントに育って、大きくなりました。

とある日、俺太郎が言いました。
「俺は鬼ヶ島に行くよ。"美意識の鬼"と呼ばれた俺が、果たして通用するのかどうか確かめるためにもね」

そして、ご婦人にティラミスを作ってもらうと、鬼ヶ島へ出かけました。

旅の途中で、俺太郎はイヌに出会いました。
「俺太郎さん!いつもフォローしてる人からのRTで回ってくるのでフォローしてないんですけど、大好きです。どこへ行くのですか?」
「鬼ヶ島だよ」
「それでは、お腰に付けたティラミスを1つください。おともしますよ」
イヌはティラミスをもらい、俺太郎のフォロワーになりました。

そして、こんどはサルに出会いました。
「俺太郎さん!非公開リストに入れていつも見てます!どこへ行くのですか?」
「ちょっと、鬼ヶ島へ」
「それでは、お腰に付けたティラミスをひとつください。おともしますよ」

そしてこんどは、キジに出会いました。
「俺太郎さん!まだフォロワーが3桁の時からフォローしてます!どこへ行くのですか?」
「Thanks, 俺はこれから鬼ヶ島へ」
「本当におこがましい話なんですけど、お腰に付けたティラミス、私にあーんしてくれませんか?」

こうして仲間になったイヌ、サル、キジ--俺太郎は彼らをHONEYSと呼ぶことにした--を連れて、ついに鬼ヶ島へやってきました。

鬼ヶ島では、鬼たちが近くの村から盗みとった宝や豪華な食事をならべて、酒盛りをしています。

「それじゃあ、いきますか…」
イヌはギターを、サルはベースを肩から下げ、ドラムのキジがカウントを始めます。

漆黒のステージで、真っ赤なスポットライトを浴びながら歌い上げる俺太郎。ミドルテンポの壮大なバラードに、鬼たちはすっかり心を奪われてしまいました。

「アンコールは、ないんですか」
鬼が聞いてきます。

「もう二度と、誰かを傷つけたりしないと誓えるかい?」
「はい、この身に誓って」
「OK, それじゃあ新曲をプレゼントするよ」

再びキジのカウントから曲は始まり、今度は爽快なロック・チューンを奏でる俺太郎とHONEYS。鬼たちは初めて聴く曲にもかかわらず、息がぴったりのヘッドバンキングで応えます。

「Thanks, また来るよ」
そう言い残してバックステージへ去る俺太郎。見送る鬼の頬には、一筋の涙がこぼれ落ちていました。
そう。「鬼の目にも涙」はこのエピソードがきっかけで誕生したのです。

ちなみに、この日の出来事が世界で初めて行われた野外フェスだと発覚するのは、これよりも1,000年以上あとの話……。


めでたし、めでたし。