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英国のEU離脱とグローバリズムの蹉跌・情報小料理屋 2016/06/25


1.島国国家

 英国のEU離脱は、世界を揺るがせている。移民の流入による国民の不満が爆発したということだが、果たして、それだけの問題だろうか。きっかけはそうであるにせよ、もっと根本的な時代変化の兆候がありはしないか。

 社会科の復習からはじめたい。英国は、もともと島国なので陸地の国境を持たない孤立した国家である。それは日本と同じだ。ドーバーの彼方には巨大なヨーロッパ大陸があり、大国がひしめいていた。いつ、大陸に攻められてもおかしくない状況で、独立を保てたのは、ヨーロッパ大陸は、常に国家間の紛争があり、むしろ紛争があった方が、大国が英国に向かうことがないので好都合であった。英国の諜報活動の歴史は、各国の動向を探る必要があり、ある時は、大陸の国家間を戦争に導く活動もしていたのだと思う。

 ヨーロッパの各国は、そうした戦争の時代を終わらせるために、EUという、超国家ともいうべき新しい地域国家の建設の道を歩んだ。英国の知識人が理念として賛同したとしても、普通の国民にとっては、大陸対島国の体質の方が、長い歴史の中でなじんでいたのではないか。

2.離脱シュミレーション

 これから、英国はもちろん、各国とも離脱シュミレーションは策定してあるので、それに沿った動きが開始されるだろう。英国財務省のシナリオでは、「ノルウェー」モデル(EEAに加盟)、「スイス、トルコ、カナダ」モデル、「ロシア、ブラジル」モデル(WTO(世界貿易機関)のみ加盟)となっていた。離脱派の方のシュミレーションは、「アルバニア」モデル、「トルコ」モデルとして、個別にEUと関税協定などを結ぶとしている。

 つまり包括的な契約ではなく、ビジネスの部分だけ関税契約すれば、移民を受け入れなくてもよいという論法だろう。現状では反対意見が強いにせよトルコがEUに加盟する動きの中で、トルコ経由でまた大量の移民が入ってきては大変だ、という焦りが、離脱派の後押しをしたことは想像出来る。

 いずれにしても英国は、EUから離脱するわけだが、完全に契約解除をするには10年ぐらいかかるようだ。英国は、また島国国家に戻るわけで、普通に考えれば、英国は、ヨーロッパではなく、米国と中国との連携を次世代に向けて構築していくだろう。

3.グローバリズムの蹉跌

 しかし、どうしても、この離脱問題は、すっきりしない。もしかしたら、僕らが考えているより、もっと根本的な歴史地盤の変動が起きたのかも知れない。僕はこの領域の専門家ではないので、偶感として書く。ここで起きたことは、近代の延長線上で、世界史をリードしてきた知識人たちのシナリオが頓挫したということではないか。これが一時的な頓挫なのか、大きな歴史のターニングポイントなのかは分からないが、世界中で起きていることは、歴史の方法論のゆがみを感じる。

 ジャック・アタリは、ミッテランなどフランス首相の側近として、EU建設の思想的な中心にいたのだと思う。アタリについては、金塚貞文くんが、早くから注目し、90年のはじめに『カニバリスムの秩序──生とは何か/死とは何か』(みすず書房)の翻訳を金塚くんが行ったことで、知った。金塚くんは、それこそ「日本のアタリ」ともいうべき人で1982年に『オナニスムの秩序』(みすず書房)を出した時に読んで、すぐに連絡を入れて会った。それは、資本主義のすべての商品は、自らの幻想を生み出し、それを購入するというオナニスムそのものであるという論点であった。商品社会の行き着く先、資本主義の行き着き先を見通した、見事な観点だと思った。

 アタリもまた、近代国家、アメリカ型の資本主義の限界を見渡し、固有の国家を認めつつ、国家の本質である貨幣を共通化することで、全く新しい地域国家を作ろうとしたのだろう。それは、ウォール街のグローバリズムとは異質だが、ソーシャルなグローバリズムには違いない。それは、ソビエトの崩壊で、共産主義というイデオロギー型のグローバリズムが崩壊したあとに生まれた、市民主義型の新しい共同体構想だったのだと思う。僕は、日本もEUに加盟出来ないのかと思ったぐらいにEUの拡大にシンパシーをもったことがある。

 そうした知識人の思想営為の結果としての超国家に亀裂が走った。それはもしかしたら、天才的数学者たちが作ったGoogleや、秀才金融工学のプレイヤーたちが作ったグローバリズム経済などの行末にも、何か、微細な亀裂を走らせるかも知れない。頭脳集約的な知識人の追求としての人類のグローバリズムを求める行動に対して、人間の原始的な中心からブレーキがかけられたのかも知れない。それは分からない。ただ、米国で起きている、ヒラリーのグローバリズムを支持する国民に対抗して、世界のことより自分の国を豊かにしようというトランプの単純なロジックを支持する国民が相当数いるということにもつながるのかも知れない。

 アタリは、超国家建設の動きと同時に、発展途上国支援のNGOを作り、マイクロ・クレジットの「プラネット・ファイナンス」を創業したりしている。思えば、ジョージ・ソロスも投資家でありながら慈善家としても有名である。彼は「私のビジネスはボランティアではなく、私のボランティアはビジネスではない」という言葉を語っている。ビルゲイツは、OSで儲けた利益をボランティア活動に使っている。どうして、欧米の成功した人は、成功しなかった人に資金を還元するのか。単なる名誉や自己満足ではない、もっと、そこに向かう、根源的な動機があるような気がする。それも分からない。

 グローバルな世界での超勝ち組と支援が必要な難民など最貧民な人々がつながり、その中間にいる「緊急に支援が必要というほどでない中間層」の貧困が拡大しているのではないか。この層による反乱が、今回の英国のEU離脱につながってくるのではないかと思う。ル・クレジオの「無限に中間なるもの」という言葉を、なぜか思い起こした。

 分からないことだらけである。しかし、この分からなさの中に、未来の鍵がひそんでいることは、何故か分かるのである。さあ、悩もう、考えることは自由だ。

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