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東京湾パラトライアスロン中止と、うんこの問題


東京湾が大腸菌だらけでパラトライアスロンのワールドカップでスイム中止に


 東京湾に汚水が流れこんでいて、規定以上の大腸菌が検出され、パラリンピックのトライアスロンが中止になった。来年が本番だというのに、環境問題なんてそんなに簡単に対応出来るものなのだろうか。それ以上に、こういう環境を知りながら、なんで東京湾でトライアスロンやろうとしているのか疑問だ。

1.金塚貞文と人工身体論

 さて、今回、事件になって明らかにされたが、水洗便所(下水道)の問題は、近代文明の本質的な課題でもある。

 金塚貞文という哲学者がいる。彼は1982年に「オナニズムの秩序」(みすず書房)という本を、ほとんど自費出版のような形で出し世の中に登場した。一時は、ananの編集部が彼を気に入り、特集を組んだこともある。

 彼の論は、オナニズムの自己愛が近代の商品社会の本質であると喝破した。「かわいい商品」「こだわりのアイテム」「お気に入りのグッズ」などは、自己愛のビジネス化であり、近代人はオナニーをするように、自分の観念を投影した消費活動を行っている。彼はそこからスタートし、「排泄」とか「睡眠」という身体を巡る思索を続けていた。

 また翻訳も多く、「ジャック・アタリ『カニバリスムの秩序 生とは何か/死とは何か』みすず書房 1984」は代表作だろう。アタリは、フランスの現代知性を代表する人物として、EUの思想的基盤を作った一人であり、未だに日本のメディアも、何かあればアタリにインタビューに行く。

「カニバリズムの秩序」は、人間が人間の意識を消費する現代社会のことであり、この本の翻訳をしながら、金塚は「オナニズムの秩序」を執筆したのだと思われる。

 金塚は、『人工身体論 あるいは糞をひらない身体の考察』青弓社 1990という本を出している。サイボーグやロボテックスが、まだファンタジーとして語られていた時代に、身体についての哲学的思推を行っていた。その中で印象的だったのは、洋式の水洗便所になって人は自分のウンコを見ることがなくなった、というようなことが書かれてあった。人間は自分のウンコを日々見ることによって、自分が動物としての生き物だと無意識に認識していたが、水洗便所になり、自分のウンコを見ることなく過ごすようになって、自分が動物としての存在を忘れ、意識だけの人格を形成してきたのではないか。

 僕は、1982年に「オナニズムの秩序」を読んで、彼と連絡をとった。新宿の紀伊国屋の中にあった喫茶店で会った。僕より少し年齢は上だが、ほとんど同世代で、彼が早稲田ということもあり、僕の先輩の早稲田の人たちともつながりがあった。当時、僕は「イコール」という雑誌をやっていて、原稿を書いてもらった。90年になって「人工身体論」を出した時は、博報堂の「広告」という雑誌で、「睡眠」についての対談を行った。それ以後は、ほとんどお会いしていないのだが、80年代に彼が凝視していた課題は、僕にとっても、とても重要なことだと思っていた。

2.下水道文明の黄昏

 近代とは、大量生産・大量消費の時代である。正確に言うと、大量生産・大量広告・大量消費・大量破棄の時代である。大量破棄は、ながらく自然の受容力にゆだねていた。土に埋めれば土が自然に還してくれて、海に捨てれば広大な海は、すべてを受け入れて自然に還してくれた。しかし、その自然のおおらかさに甘えて、ひたすら「大量生産・大量広告・大量消費」を続けてきたのが現代文明である。プラスチックや放射性廃棄物など、ついに、自然の受容量を超える商品も開発してしまった。

 僕は1981年に「企画書」という本を書いたのだが、そこで「やがて放射性廃棄物は太陽に向けてロケットを発射し、太陽の熱量で処理してもらったり、地球のマグマをエネルギー源に変えようとするだろう」というようなことを書いた。人間の意識は人の夢を食いまくる貘である。際限のないオナニズムによって、人類は滅びるだろう。

 先進国と発展途上国を分ける方法として下水道の普及率がある。中国をはじめアジアやアフリカが急速に発展して、都市の下水道化が進み、水洗便所が普及する。しかし、このことによって何が起こるか。

 発展途上国の産業は農業であり、人間の糞尿は農業の肥料としてその大地に還元される。しかし、水洗便所が普及したら、その糞尿は、大地に還ることなく、海に流れていく。一部の先進国だけが海洋に糞尿を流していた時代は、それでも、なんとか海の方で吸収してくれたが、人類全体の糞尿が海に流れていくとどうなるのか。今回の東京湾汚染は、そういう時代を暗示している。

 僕は今から15年前に、この問題を本に書いた。「やきそばパンの逆襲」(2004年、河出書房新社)という本だ。すべての人類が海に流れていく時代に備えて、ウンコのパケット通信というアイデアを出した。ウンコを箱に入れて、センターに集めて大地の肥料として活用する方法だ。

 この話の土台にあるのは、所秀雄さんに聞いた、飼料米の話からだ。

3.飼料米と大地

 所秀雄さんは、戦後初期に農水省の官僚になり、農地解放の政策を推進した人です。GHQの高官と協議を尽くし、「日本の農水官僚のタフネゴシエーター3人」と呼ばれた官僚の3人のうちの1人である。所さんのコンセプトは「農地は所有する者のものではなく、利用する者のものだ」というものだった。所さんの実家は岐阜の代々の地主であったが、息子が農地解放を推進したので、あとで親父に怒られた、と言っていた。

 所さんは、瞑想家の山手國弘さんの戦後初期からの同志で、山手さんのところで僕は知り合い、リアルテキスト塾の第一期の塾生たちと岐阜の所さんの家を訪問し、インタビユーを本にまとめた。「生命の在処―食と場と人をみつめて」(メタブレーン 2005年)である。「生命の在処(ありか)」というタイトルは僕がつけたものだが、所さんにも喜ばれた。

 所さんは、農地解放をなした後、農水省を退官する。そのまま残っていればエリートコースを進めたのに、当時としては思い切った判断で、養鶏のベンチャービジネスを立ち上げた。アメリカの養鶏場を知っていた所さんは、日本の農家の副業のような生産モデルに刺激を与えるために、飛行機をチャーターして、養鶏農家の人をアメリカに連れていき、ショック療法を行った。日本の卵の値段が安定し安いのも、所さんの功績の一つだと思う。所さん自身は、鶏のインフルエンザの対策に取り組み、ゲン・コーポーレーションという養鶏産業の支援会社を立ち上げた。所さんが熱心に開発していたのが、鳥インフルエンザのワクチンの開発である。鶏が感染するウイルスは絶滅させることが出来ないので、ワクチンで共生するしかない、という理念であった。

 所さんは、2007年4月12日に他界したが、現在行われている、農水省のFOOD ACTION NIPPON (フード アクション ニッポン)の種は、所さんが撒いたものである。そして、もうひとつ、所さんが撒いた種が飼料米である。

 所さんと息子さんが追求していた飼料米のコンセプトはこういうものであった。日本の養鶏業の飼料は、アメリカから輸入するコーンであった。アメリカの大地で育ったコーンを、日本の鶏が食べて、排泄する。その排泄物は大地や川に流れ海に流れていく。大地や海が栄養過多になり、自然の循環能力が失われる。欧米では、鶏のエサは小麦である。つまり、その大地で育った穀物を鶏や牛が食べて排泄し、大地に戻り、再び穀物の養分となる。

 日本における穀物は、水耕の米である。米を家畜に食べさせればよいのだが、コストの問題がある。米を食べさせるより、輸入したコーンの方が安い。それに米を家畜に食べされるという行為に、日本人の米を尊重する意識の抵抗もある。ここは所さんに聞いた話なので、そのまま書く。日本の米の品種改良は、米から栄養を取り除くことによって発展してきた。つまり栄養分であるタンパク質を減らして、すかすかにした方が美味しい米になる。だから、栄養本位に考えたら、現在の日本人が好んで食べている米では飼料米にするには不十分だ。そこで、バイオテクノロジーの技術を使って、米の品種改良を逆行させ、「栄養はあるけどまずい」という原始的な米の品種を作り出す。それを飼料米として栽培すれば、さまざまな利点がある。例えば、以下のようなものである。

*放棄された水田に水が引かれることにより、大地の環境が改善される。
*通常は家畜のための飼料米を生産は、戦争や災害などの非常事態の時は、飼料米を人間が食べればよいので、安全保障のためにも効果的。
*年間数千億円の輸入飼料の負担が減る。(このことについてはアメリカとの交渉が必要だが)
*この問題は、日本だけの問題ではなく、アジア各地も同様な問題があるので、日本が先進国になって技術ノウハウをアジア各国に移植出来る。

 すなわち、家畜も人間も、その生活する大地の食料を食べ、排泄物として返すべきだというのが、所さんの考え方であり、フードアクションの思想(食料自給率の向上)を長年、古巣の農水省で語ってきたのだろう。

 所さんは、最後に、農地解放の反省点を語っていた。それは「農地を所有者(地主)ではなく農民(小作人)に渡す、ということは良かったと思うが、そこに、農民が農業を放棄したら土地を国に返す、という条項を付け加えるべきだった、と。

4. 

この原稿は、まだ続きます。


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