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茶碗屋さんと出版ビジネス(幻冬舎・見城徹社長の話題に触発されて)

 近所に古くからある生活用品や陶器の店が閉店になりセールをやってるというので、カミさんが覗きに行ったが、何も買わずに帰ってきた。「買いたい物が何もない」と。昔は、こういう店がどこにでもあり、茶碗や鍋や、あるいば鍋蓋だけとか買ったものだ。「茶碗屋さん」と子ども時代は呼んでいた。陶器は大手メーカーの大量製品のもので、戦後の物不足の中で、日本各地に流通網が出来て、安い茶碗や、テレビでアニメが流行りだすと、キャラクター付きの茶碗や弁当箱を子どもたちが欲しがった。

 しかし、そういう時代はとっくに終わっているのだ。100円ショップで激安でシンプルな食器を買えるし、食器にこだわる家庭であれば、ネットや現地で「作家物」と言われる陶器を購入している。プロ用の調理器具は合羽橋があるし、わざわざ行かなくても、東急ハンズなどに行けば購入出来る。

 こうした生活者の環境変化をみることなく、戦後に出来た生産構造と流通構造の惰性で続いてきたビジネスは、崩壊する。

 何を言いたいかというと、出版ビジネスだ。大量生産・大量流通モデルで発展してきた戦後出版文化は、根本から崩壊しつつある。出版社・取次・書店の構造がもたないだろう。

 100円ショップに対応するのは電子書籍だろう。それに対応する「作家物」みたいな出版のビジネスモデルはこれからだろうと思う。

 幻冬舎の見城徹社長は、そうした戦後出版業界の破綻していく状況の中で、新しいビジネスモデルを模索してきたことは間違いない。それが良い模索か悪い模索かは別として、少なくとも、何も模索しないで、旧来の出版スタイルに固執するだけの業界人よりはましだと思う。

 幻冬舎には、おそらく優秀な編集者が集まっていると思うが、それは、幻冬舎が利益構造を確保出来ていたからだ。上場と上場廃止の経緯は知らないが、いずれも経営の安定性のための模索だったろうことは推測できる。同じく角川書店の角川歴彦さんも、出版の新しい生存方法を模索しているのだと思う。

 しかし、僕は幻冬舎や角川書店の模索の方向性には賛同しない。Amazonが登場した時、僕は「新しい出版スキーム」が登場すると思った。しかし、それは今は誤解だったと思っている。Amazonは、「新しい出版スキーム」などではなく「地上げ屋」なのだと思う。

 戦後の闇市から発展した戦後構造、神田村から発展した出版構造は、70年代までは幸福に機能していたと思う。しかし、バブル以後、大きく変節した。不安定な収益構造を支えるために、ツギハギの増改築や、場当たりのシステム化を取り入れてきたのが、戦後出版界である。そうした構造を根本的に崩壊させ、更地にしようとしているのがAmazonであろう。

 しかし、Amazonが新しい日本の出版構造を作り上げるわけではない。Amazonは、古い出版構造を壊しているが、壊されているのは仕組みであって、そこに生きている編集者や著者やデザイナーは、そのままである。あとは、更地の上に、こうした人達が新しい出版スキームを作る段階なのだと思う。

 町の茶碗屋さんにいっても、買いたい茶碗はもうない。同じように書店に行っても思わず買いたい本がない。神田の古本屋街を探索した方が、はるかに本との新鮮な出会いがある。

 陶器における「作家さん」の作品みたいな本が登場すればよいのだ。それは当面は、著者の頑張りよりも、編集者の頑張りが大事なような気がする。

 戦後思想界にあって独自の視点で批評を続けてきた加藤典洋さんが亡くなった。僕は思い入れがあるわけではないが、一冊の本が手元にある。この本は、ロッキング・オンで僕の単行本を編集してくれた広瀬陽一が、会社を退職して、一人になってから、加藤さんにアプローチして作り上げた、日本のロックについての批評集である。こういう編集者の思いと著者の才能が巡り合うことによって本は生まれるのである。

耳をふさいで、歌を聴く

 編集者諸君。君たちの時代がはじまっているのだ。

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