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老後ごろごろ

(1)老後破産の時代

 三島由紀夫(1925年生まれ)は、かつて、「我が世代に強盗諸君の多いことを誇りに思う」と言ったことがある。敗戦直後のアナーキーな混乱期に、強盗してでも生きるというハングリーさは、今では想像もつかないだろう。しかし、戦後社会を築いてきた人たちが高齢化になり、高齢破産の問題が話題になってきた。若さと情熱はあるけど、金と仕事がないという敗戦直後と違って、体力も気力も衰弱してきたところに、計算していた預金も思いもかけぬ出費でなくなったら、どうするんだ。

高齢者の貧困問題をどう考えるべきか 刑務所に入るために罪を犯す人たちも

 高齢の受刑者は、出所しても、すぐに刑務所に逆戻りするようだ。シャバにいて生活に追われるより、刑務所の方が生きやすい「別荘」なのだろう。今後、刑務所に入ることを目的とした犯罪が増えるかも知れない。殺人や傷害は、素人にはむづかしいと思うので、簡単に刑務所に入るための犯罪入門の本が出るかも知れない。「人に迷惑かけないで刑務所に入る技術」などというタイトルになるのか。

 だいぶ昔だが、ある人からこんな話を聞いたことがある。無期懲役という刑があるけど、要するに高齢化して認知症になっても刑務所で服役するということだ。刑務所に入れるというのは、自分の犯した罪を反省させるためのものだが、認知症になったら、自分が何をしたかも忘れてしまうので、懲役の意味がなくなる、と。アメリカでは懲役500年とか、すごい刑があるようだが、最後は、認知症の老人施設になってしまう。

 先日のNHKでも団塊世代の老後破産の番組やってたが、団塊老人が母親の介護のために預金がなくなっていくという物語だ。日本の介護制度というのは、何か変だと思うのだが、介護施設は、要介護が低いうちは入れてくれるが、要介護4とか5とかになると出ていかなければならなくなる。認知症になったら退所という施設がほとんどだろう。

 かくして、在宅介護というのは、一番大変な段階で面倒をみなくてはならない。要介護1か2程度の段階で在宅介護にして、重度になったら、これは専門家にお任せした方がよいのではないのか。

 NHKの番組にあるように、重度の認知症になった母親を、介護の素人の団塊老人が面倒を見ることになり、生活が破綻していくことになる。


(2)年金制度が壊したもの

 1961年に国民年金法が制定される時に、当時の経済企画庁(経済安定本部)の若き官僚であった林雄二郎は、年金制度の調査のために年金など社会保障先進国だったフランスに行った。そこで見たものは、定年後ものんびり生活をする老人たちの姿であった。しかし、ある公園で林さんが休んでいると、老人が声をかけてきた。「フランスに何しにきたのだ」「老後年金の制度を調べにきました」「そうか、フランスは年金制度があるおかげで、なんとか生活出来るようになった。だけど、おまえな、仕事もしないで、社会に必要とされないで生きていくということが、どれだけ辛いことか、おまえには分るか」と言われた。

 若き林雄二郎に、この言葉は突き刺さった。帰国後、彼は、年金制度に反対する報告書を書いた。年金制度は、お金で老後を保証とする制度である限り、日本型の家族が支える文化を壊してしまう、と。それに対して、年金制度こそが日本の未来の課題を解決するものだと信じて疑わない大蔵省の幹部たちは、林さんの意見を「書生論だ」とせせらわらった。「だったら、対応策を出せ」と言われた。そこで、林さんが提出したのが「逆定年制」という制度だ。これは普通であれば、企業サラリーマンは60歳になると定年になるが、世の中に、60歳からでないと就労できない仕事を決めるのだ。そうすれば、年金がなくても、仕事があれば生きていける。これは、林さんが、フランスの老人に突き付けられた質問に対する、真摯な回答だったと思う。

 逆定年制は、今では納得してくれる人もいるかも知れないが、当時の大蔵省の官僚たちには届かなかった。年金制度に代表されるような、お金ですべてが解決するような拝金主義が戦後の王道として進み、家族の信頼関係、地域の信頼関係を解体し、個人中心の社会構造になっていった。僕は、生前の林さんから、このエピソードを何度も聞いて、会話を交わした。社会が用意できる環境と、個人が努力出来る環境の、両方を見ていかない限り、幸福な社会は訪れない。

 最近の国家・政府はまるで株式会社のように集中と選択を繰り返して、無駄を排除する。しかし、政府というのは、企業活動の上位もしくはインフラ部分を担うものではないのか。企業と同じ次元での研究開発やサービス開発をしてどうするというのだ。より大きな視点で、未来をみつめる、政治家と官僚が、いまほど必要だと思うことはない。


(3)逆定年制としての「非常勤講師養成講座」

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