乙姫とわたし

【 1 】

 花笠乙姫から、芸人を辞めた、という連絡が届いたのは、ちょうどキングオブコントの決勝戦の日だった。
「……は?」
 わたしは咥えていたポッキーを取りこぼし、食い入るように手の中のスマートフォンに表示されているラインの画面を見つめる。
 キングオブコントの決勝戦の流れるテレビの前で、わたしは乙姫に向かって何通ものラインを送った。
 ライスが祝福の拍手に包まれる画面が映し出されている頃、乙姫からわたしへ届いたラインは百通を超えていた。
 彼女のラインから送られてくる言葉は比較的落ち着いているようにも見えたけれど、わたしにはその向こう側にあるであろう彼女の慟哭が確かに聴こえた。
 それから二晩ほどが過ぎた頃。
 心配するわたしの元に、いつもと同じ調子でラインが届く。
『大喜利屋さんになることにした』
 わたしは咥えていたトッポを取りこぼした。

【 2 】

「いやー、心配かけたな!」
 キングオブコントから一週間……つまり彼女が芸人を辞してから一週間後の夜、わたしはやっと乙姫と会うことができた。
 わたしはブラック企業の方で、いわゆるオフィスレディ、OLというものをやらせてもらっていて、平日の間はなかなか都合がつけられなかったのだ。
 やっと再会した乙姫はへらへらとした笑みを浮かべていて、見かけは元気そうに振る舞っているように見えた。
 一週間という時間は微妙だ。気持ちを整理するには十分な時間であるようにも思えるけれど、それが人生を左右する大きな渦に巻き込まれた後の一週間だとしたら、あまりにも短い時間であったようにも思える。
 彼女の身に何が降り掛かり、どう考えてそうなったのだとか、そういう細かいことは全て一週間前にラインで聞いていた。
 だからこそわたしは、特にそれ以上彼女の事情について問いただすことはしなかった。
 けれど、それはあくまで“これまで”のこと。
 だから、“これから”のことは別の話。
「大喜利屋さんになるんだって?」
 乙姫を元気づける意味もあって奮発して入った大井町のお寿司屋さんで、わたしは『大喜利屋さん』という得体の知れないお仕事について尋ねた。
「うん、そういうことになった」
 乙姫はあっけらかんとそう言って、手づかみで蟹の握りを食べる。
「私たち二人で、昔よく行ってたあのお店だよ」
「喜利カフェ?」
「そう、それだ」
 乙姫は相づちを打ちながら、マグロの握りを美味しそうに食べる。
 喜利カフェ……というのは、かつて池袋に存在した大喜利ができるカフェのことである。
 言葉で説明してみても「は?」と思われてしまいそうだが、事実そうだったのだから仕方がない。「そんなニッチなお店があるわけないだろ常識的に考えて」と言われてしまいそうだが、事実として日本の隙間産業は底が深かった。
 喜利カフェではドリンク一杯を注文したあと、店内で自由に大喜利を楽しむことができるという趣向のお店だった。日々様々な大喜利に関するイベントが行われていて、わたしと乙姫はそこの常連として足しげく通っていたものだった。
 誰でも自由に、いつでも大喜利ができる……という気安さから、わたしのように芸人でもなんでもないズブの素人が数多く大喜利を楽しむ為に集まっていたものだ。
 だが、隙間産業として戦っていくには、大喜利は商品としてあまりにもニッチすぎたらしい。
 喜利カフェは一年半ほど前に、経営難から営業終了してしまっていた。
「それが、今回また復活するらしいんだ」
 そう言って乙姫は穴子の握りを口に放り込む。さっきから、なんてペースで食べてるんだこの女は。
「まあ……あそこの店長さんとは元々知り合いだったからね。無理を言って、アルバイトとして雇ってもらうことになったんだ」
「それは、また……」
「どういう形であれ、好きなものと関わっていられることは幸せなことだ」
 だからこれでいい、とでも言うように乙姫はわたしに向けて笑顔を見せてくれた。その瞳からは、どうしても彼女の真意は読み取れそうには無かった。
 わたしは乙姫と仲が良い。大好きだ。
 けれど、どこまで行っても、わたしと乙姫は友達でしか無いのだ。
 彼女の本当の想いなんて、わたしには分かるわけがなかった。
 だからわたしは、せめて彼女の新しい船出を祝福すべく、自らも微笑みを浮かべる。
「がんばって」
 わたしの言葉を聞きながら、乙姫は蟹の握りを口の中へと放り込んだ。……ん? ちょっと待て、それはわたしのやつだぞ。あんたさっき一つ食べてただろ。

【 3 】

 喜利カフェの営業日は、水曜日から日曜日までの五日間で、月曜日と火曜日は定休日である。そのうち平日は午後六時からの営業で、最も忙しい土日祝日は十三時から二十二時半までの長丁場になる。
 営業再開初日、かつて一度閉店を迎える前の常連だった人たちがわたしを含めてたくさん集まり、狭い安アパートの一室みたいな広さしかない店内に、一日で延べ四十人くらいは出入りしていた。
 滑り出しは好調だった。が、しかしそれからほどなく、徐々に徐々にとではあるが、ぱらぱらと客足は少なくなっていく。
 そりゃあ大喜利カフェなんてニッチな商売をしているわけで、以前まったく同じコンセプトのお店で経営難で失敗しているのだから、普通にしていたらそうなるだろうとは思っていた。
 乙姫はアルバイトであり、出勤日に訪れた客の人数がそのまま歩合制として給与に反映されていく。
 乙姫が働いているから、というだけの理由で、わたしは第二期喜利カフェに足しげく通った。
 土日はほとんど毎日、乙姫が出勤していれば必ず四十分電車に揺られながら通っていた。夜の閉店作業まで彼女に付き合って、いっしょに近くのお店で晩ご飯を食べて帰る週末が何度もあった。
 わたしがブラック企業勤めであったせいで、平日には顔を出せないことが多かった。加えて自分の職場と大喜利カフェは非常に距離が離れていて、なかなか気軽に顔を出せるような状態ではなかったのだ。
 だがある平日の夜、初来店のお客様がいらっしゃって、折り悪く他にお客さんが誰もおらず、店員も乙姫のワンオペレーターだったことがあった。
 乙姫からラインが来て、それを見たわたしは次の瞬間には会社を飛び出していた。終わらせないといけない仕事があったような気もするけれど、そんなものは乙姫が困ることに比べてしまえば些細なことだったので放り投げてきた。わたしは一人のただの常連のお客さんとして、乙姫と、初来店の方と三人だけで大喜利をして遊んだ。終わらせないといけない仕事は、翌日シュレッダーにかけて全部無かったこととして扱った。特にバレなかったから、たぶんどうでもいい案件だったんだと思う。ブラック企業っていうのはそういうところだから、もう慣れた。
 そんなこんなで週に一度か二度は必ず乙姫と顔を合わせるという状態が続いてしばらくした頃、ふと乙姫から言われた。
「今度、タッグの大喜利大会に出てみないか?」
「タッグの大喜利大会?」
 乙姫から言われた言葉を、わたしはそのまま復唱した。
 アマチュア向けの大喜利大会というものが世の中には存在していて、乙姫が言っているのはその中でもかなり知名度の高い大会のことだった。普段は個人戦を行っているのだが、今回はタッグ戦……つまり二人一組によるエントリーでの対戦を行うのだという。
 わたしは正直なところ、趣味としてこうして乙姫を応援する意味もあって大喜利を続けてはいるものの、決して実力があるタイプではない。爆笑をかっさらい、光り輝く舞台に立っているタイプからはほど遠い。いつも照明がしぼられた観客席の下から、プロ顔負けの実力者達の笑いのぶつけ合いを見上げているだけだった。そういう実力のなさという引け目もあって、そういう有名イベントにエントリーすることを避けていた部分があったのだ。
 けれどわたしは、乙姫からの誘いをすぐに了承した。
 乙姫がやりたいと思うことならば、わたしはなんでもそれを叶えてあげたいと思うのだ。
 エントリーから一ヶ月後、わたしと乙姫は新宿のライブハウスに赴いた。二人で衣装のコンセプトを揃えるだなんてことまでして、うきうきと大喜利大会の舞台に登壇した。
 結果は、一言で言ってしまえば惨敗だった。
 四組八名が一斉に舞台に上がりお題に答える形式で、一回答ごとに審査されポイントが入る。そしてその累計ポイントの数字によって勝者が決まるというルールだったのだが、わたしたちは一回戦であえなく破れた。
 二人とも印象に残るような回答を出すこともできず、点数もブロック内で最下位。自分で書いていてなんだけれど、正直今思い出してつい頭を抱えてしまったくらいの惨憺たる出来だった。
 大会が終わって、会場を出て。
「負けてしまったね」
「負けちゃったね」
 そう言ってわたしたちは、へらへら笑った。
 そして乙姫は、たぶんその時に、主役の座を降りることを決めてしまったのだと思う。

【 4 】

 タッグ大会で惨敗して以後、乙姫は大喜利をやることが極端に減った。
 大喜利を楽しむカフェでアルバイトをしていてそんな、と思うかもしれないが、毎日通っていた(しれっとわたしの通う頻度もより上がっていた)わたしには分かった。
 喜利カフェ内で大喜利イベントがあっても、乙姫は運営としての立場に終始徹底し、参加しようとすることはほとんど無かった。
 それはまあスタッフとして考えてみれば至極当たり前のことなのだろうけれど。
「乙姫さんもどうですか?」「花笠さんもやってみたら」と誰かからホワイトボードを渡されても、彼女は決して首を縦には振らず、ずっとお客様に大喜利を楽しませる役割を果たし続けていた。
 よっぽど人数合わせでどうしても足りないということでない限り、彼女はホワイトボードを持たなくなった。
 わたしは乙姫といっしょに大喜利をしたかった。
 だから彼女が心を殺すようにしてホワイトボードに触れたがらないのを、複雑な心境で見ているのだった。
「私は大丈夫だよ。いつも通りだ」
 乙姫はそう言って、へらっと笑う。
 そしてそんな日々が、タッグ大会が終わって一ヶ月ほど過ぎた頃。
 仙台で、ダブルスの大喜利大会が開かれることが、決まった。
 アマチュア向けの大喜利大会は全国どこでもバンバン開かれている、というわけでは、もちろんない。
 活発な地域でいえば主に東京を中心とした首都圏と、大阪や京都といった関西の辺り。福岡と札幌でもぽつぽつとたまにイベントが開かれていて、そして……仙台にもアマチュア向け大喜利イベントの文化がある。
 今度開催が決まった大喜利大会は、仙台在住の強豪大喜利プレイヤーが主催する大会だった。こちらもどういう因縁か二人一組でエントリーを行う、ダブルスの大会だった。
 わたしや乙姫が住む東京から、開催場所の仙台までは、新幹線に乗らなければならないほどの距離がある。
 しかしわたしと乙姫の共通の友人である何人かは、その大会に出場するべく動いているという話を耳にした。元々地方で行われている大きな大会に合わせて遠征を行うのが好きな人たちや、そもそも仙台出身なので帰省を兼ねているという人が多かった。
 わたしは、
「乙姫」
 日曜日の夜、閉店作業を行う乙姫に向かって言葉を切り出した。
「東北の大喜利大会、出てみない?」
 レジの中のお札を数える手を止めて、乙姫は……

【 5 】

 十二月二十三日。天皇誕生日。
 仙台に向かう新幹線の中で、わたしと乙姫は並んで座っていた。
 最初に乙姫を東北大会に誘った時、彼女は出場することを渋っていた。
 けれど元々仙台の大喜利大会に興味自体はあって観覧として参加することを考えていたという彼女は、最終的にわたしとだったらいいかということでエントリーを承諾してくれた。
 実際のところわたし自身も、勝ったり優勝しようだとかいうことはあまり考えていなかった。自分の実力不足はとっくの昔に痛感していたことだったし、せっかく仙台まで遠征するのだから、どうせ負けるだけなのだとしても、賑やかしに大喜利して楽しんで帰れればいいかなとしか思っていなかった。
 年末の本格的な帰省ラッシュが始まるより少し手前の新幹線の中で、わたしたちは心の予防線を張るように、「楽しめたらいいね」「まあどうせそんなに勝つ気もないしね」「そうだね」なんて言葉を交わしていた。
 新幹線は天候の関係で、予定していた到着時刻よりも三十分ほど遅れて到着した。
 曲がりなりにも企業勤めのわたしはともかくとして、喜利カフェの薄給アルバイトに過ぎない乙姫は、とにかくお金が無い貧乏旅行だった。
 仙台駅前には半田屋というめちゃくちゃ安い食堂がある。どのくらい安いのかというと醤油ラーメンが三百円足らずで食べられて、サイズの選べるご飯も百円するかしないか、麻婆豆腐や野菜炒めといった主菜メニューもことごとく安い。
 乙姫は意気揚々とカツ丼と麻婆豆腐を注文していた。わたしはそんなにたくさん食べるタイプではないので、塩ラーメンにしてみた。二百円くらいだった。あまりにも安すぎたのでコーヒー牛乳も追加した。マクドナルドよりも安い。仙台ってどこもこうなんだろうか。
 安くて美味しいご飯を堪能したあと、わたしと乙姫は連れ立って仙台大喜利大会の会場へと向かった。
 新幹線が遅れたことに加えて半田屋でゆっくりお昼ご飯を食べていたわたしたちは、当たり前のように遅刻をしてしまった。
 会場に到着すると、関東に住む知り合いの顔が少しだけ、あとはほとんどが初めましてか何かの機会でお会いしたお久しぶりかという新鮮なメンツばかりだった。
 大会自体はまだ始まってはいなかったけれど、ブロック分け抽選は既にとっくの昔に終わっていたようで、わたしと乙姫の出番は一番最後だった。
 大会には十二チームが参加し、一回戦が八組四試合。そこを勝ち抜けた四チームと、さらに一回戦シードの四チームが当たるというトーナメントだ。シードを含めた全てが抽選により決定したそうで、わたしと乙姫のチームは遅刻したから自動的に最後に振り分けられていた。
 普段大喜利の大会に参加する時には、前半のブロックでさっさと結果が出た状態でいたいという考えが強いのだけれど、今回に関してはどこに振られていてもいいかなという気軽な構えだった。なにせわたしは、乙姫といっしょに大喜利がしたいだけであって、結果についてはどうもこうも考えていなかったからだ。
 東北大喜利大会のルールは三問お題が出題されて、二組四人が一斉に回答をしていく。三問終わった時点で観客全員の印象投票で、それぞれのチームに対応した赤い札と青い札を挙げ、より多かった方が勝者となる。
 一回戦四試合が終わり、あっという間に二回戦が始まる。
 二回戦第一試合が終わり、第二試合が終わり、第三試合が終わって、いよいよわたしたちの出番となった。
 わたしたちはどれくらい本気だったのか分からない「がんばろうね」を互いに交わしあい、壇上へとあがった。
 ここでわたしと乙姫の大喜利のプレイスタイルを簡単に説明してしまうと……言うなればわたしがバットをブンブン振り回すようなタイプで、乙姫が着実にヒットを量産し続けていくタイプだった。
 わたしは時々大きな当たりが出せるのだけれど、それよりもずっと量の多い空振りと三振を繰り返して、結果ヒットの印象すらをも殺してしまうタイプだ。
 けれどこの日は隣に乙姫がいて、乙姫がずっとアベレージの高い回答を出し続けてくれていた。
 だからだろうか、わたしは安心してバットを振り回し続けて、適当に思いついたことを捏ねくり回して、無差別に叩き続けていった。その横で乙姫は着実に、着実にウケを重ねていってくれている。
 互いに「勝つ気は無い」「負けてもいい」というくらいの気楽な心構えでいたこともあってから、プレッシャーのまったく無い中で好き勝手答えまくっていたわたしと乙姫は、初戦をなんとか突破することができた。
 印象的には、六対四くらいの割合だっただろうか。競った結果ではあったが、なんとかわたしたちは勝つことができた。へらへらしながら舞台を降りる。
 そういえばこの大会では、負けたチームはその次の試合を、司会者の横で解説者として喋りに加わることができるというシステムがあった。
 二回戦を勝ったわたしたちは次の試合は準決勝二試合目……つまり決勝戦の前の試合だった為、ここで負けても決勝戦の解説ができるのラッキーだね、なんて言葉を交わしていた。
 そんな中で乙姫がふとスマートフォンを覗き、さっと表情を青ざめるのが見えた。
「どうしたの?」
 いち早くそう尋ねると、彼女はスマートフォンの画面を差し出して来た。画面にはツイッターが映し出されていた。
 見るとどうやら、喜利カフェの方でトラブルがあったらしい。
 乙姫は仙台の大喜利大会に参加するべく、喜利カフェの方を休んでいた。そこで別の店員がお店を開ける手はずだったのだが、その店員もスケジュールの都合が合わなくなり、喜利カフェは臨時休業となることが今朝の段階で決まっていた。しかしその臨時休業の告知がうまく行われていなかったらしく、閉店中の喜利カフェにお客様が来てしまっていた。乙姫のスマートフォンには、臨時休業を残念がる呟きが映っている。
 乙姫はその場で、臨時休業の報せがうまく行えていなかった旨をお客様に謝罪を行った。
 そして、
「やってしまったようだな……」
 店員同士の連携の取れてなさが露呈してしまった、今回の一件。彼女はひどく気にした様子で、見るからにテンションが下がってしまっているのが分かった。
 しかし目の前では東北大喜利大会は着々と進んでおり、気がつけばあっという間にわたしたちの出番が回って来てしまっていた。当然だ、二回戦第四試合と準決勝第二試合の間には、たったの一試合しか無いのだから。
 わたしは乙姫に向かって小声で声をかけ続けた。
 すぐにわたしたちのチームが呼ばれ、舞台に上がることとなる。わたしは自らのスマートフォンに、乙姫が好きな「アイドルマスター SideM」の岡村直央の画像をたくさん見せて元気づけた。こんな分かりやすいことしかできないのか、と思ったが、わたしにはそのくらいのことしかできなかった。
 準決勝の対戦相手は、東北でも屈指の実力者二人が、当日偶然観覧で来ていたので飛び込みでエントリーしたチームだった。わたしたちは遅刻して来たので知らなかったのだけれど、エントリーしたときさんざん色々言われていたらしい強豪チームだった。
 けれどわたしたちは喜利カフェのトラブルの方で対戦相手たちのことなど考えている余裕も暇も何も無く、慌ただしいくらいにバタバタと舞台に上がっていった。
 乙姫の胸中は分からないが、始まってさえしまえばわたしたちは比較的冷静に大喜利ができていたように思える。
 わたしたちもかなり頑張っていたと思うけれど、さすがに相手は強豪チームだったわけで、どちらも引くことなく笑いを奪い合い続けていた。
 そして三問目が終わって、投票に入る。
 初戦と同じように割れてしまった。しかも今度は一目ではどちらが優位かなどまったく読めないくらいに接戦だった。
 集計の結果、まったくの同票であった為、解説席に座っていた二人と、撮影担当者による、決選投票が行われた。
 結果、わたしたちはこの決選投票を切り抜け、決勝戦へと駒を進めることとなる。
 そのまま流れるように決勝戦に入ってしまったため、わたしと乙姫は言葉を交わす暇もなかった。
 わたしは隣の乙姫のことを見ることもできずに、ただ自分の大喜利に向き合うことに必死だった。
 決勝戦の対戦相手はわたしたちと同じく関東から遠征で来ていた人と、大阪からわざわざ遠征してやって来ていた二人のチームだった。この時点で決勝戦では東北の地元のプレイヤーは消え去っており、何なら対戦相手の内の一人は何度も何度も顔を合わせたことのある昔なじみだったので、決勝戦だというのにむしろ緊張感は無くなっていた。
 長くて短い、三問が終わる。
 果たして投票の結果は……
 会場中の赤青の審査カードがあがった瞬間、数えなくとも分かった。考える隙間など、微塵も存在しなかった。
 観客席のカードは真っ青に染まっており、満票。そして青はわたしと乙姫が、初戦からずっと引き継いで来ていた、わたしたちのチームカラーだった。
 優勝が決まった瞬間、わたしはガッツポーズをしていて、そして乙姫はしなだれかかるようにわたしに抱きついて来た。そして次の瞬間には、わたしたちは固く握手を交わしていた。
 わたしと乙姫は、どちらも大喜利の実力は決して強い方ではなくて、それまで当然のごとく無冠だった。
 けれどわたしたちはこの東北の地で、二人同時に初めての栄冠を手にした。
 乙姫は、少しだけ泣いていた。

【 6 】

 優勝した瞬間から何かが変わるのかと思ったけれど、別に何が変わるということもなかった。
 わたしと乙姫はその後関東に戻って来てからも、まあまあ普通に色んな大会に出ては負けたり、でもたまに勝ったり、くらいのそこそこの成績で大喜利を続けていた。
 喜利カフェは、乙姫の努力の甲斐無く五月に閉店した。閉店間際にはほとんどのイベントを乙姫が運営し、全日常駐するような有様だった。わたしも当たり前みたいに乙姫が出勤している日には顔を出し続けていた。たぶん、乙姫を除く他の店員よりもわたしは喜利カフェに居着いていたと思う。
 喜利カフェが閉店してからも、わたしと乙姫は個人的に色々な大喜利イベントを主催するようにしていた。
 そして季節は夏を越えて、秋口に入っていく。
 その頃になると、ふと乙姫の大喜利に変化が生じてきていた。
 それまでに比べて、乙姫の大喜利が強くなってきていた。
 わたしがそのことを指摘しても、乙姫は「そんなことはない」と言うけれど、その認識はわたしだけのものではなく、周囲の人たちも同様であった。
 乙姫の大喜利が強い、ということが徐々に知れ渡っていき、わたしは置いてけぼりにされたような気分で、彼女の背中を見つめていた。
 乙姫の名が売れていくのに反し、わたしは相変わらず低空飛行で、ずっとずっと、泥水の中でのたうち回っていた。
 ずっと、あの子の隣には、わたしが居られたのに。
 そんな鬱屈とした気持ちを抱えたわたしだったが……普通は自らのうちに抱え込むことが多いと思うのだけれど、わたしの場合はわりと普通に乙姫に向かってぶちまけていた。
 乙姫に向かって「乙姫は強くなってわたしを置いていく」「どこか遠くへ行っちゃうんだ」「わたしには無理だ」みたいなことを言って、彼女を普通に困らせていた。たまに言いすぎて普通に嫌われていたが、謝ってどうにか許してもらった。近年まれに見る、とんだ駄目女だった。そんなことを繰り返して、わたしは自己嫌悪の渦に飲み込まれる日々の中にあった。
 そんな秋、また東北で大喜利大会が開催されるという話が耳に飛び込んできた。
 こちらはわたしと乙姫の共通の友人であるところの、羊飼さんが主催している大喜利大会で、名前を「O-BUN(オーブン)」という。大喜利・ボンバイエ・ユナイテッド・ナンバーワン決定戦(Oogiri-Bombbaye-United-Nomber1ketteisen)の略称だそうだ。すごい名前だな。
 こちらは初夏にも一度開催されていたのだが、わたしはご存知ブラック企業に勤めており、その会社の社員旅行が打ち当たってしまったため、行くことができなかった。わたしは遠くグアムの地にて、大会の成功を祈るしかなかったのである。
 そして第二回大会となる今回、わたしは乙姫とともに再び仙台へと向かうことに決めた。
 わたしと乙姫は新幹線で仙台に到着するや、東北大喜利大会の時とまったく同じように、迷うことなく半田屋へと向かった。喜利カフェの薄給から抜け出した乙姫も既に財布に余裕はあったはずだったが、染み付いた貧乏根性は抜けてはおらず、……というかそもそも値段とかを抜きにしても半田屋は美味しいので仕方なかった。
 わたしと乙姫が食べている最中に、真田さんや清澄さんという関東で見知った人たちも連れ立って半田屋に訪れたりしていて、関東遠征組のご飯の選択肢の狭さを実感してしまう。
 以前の東北大喜利大会とは異なり、今回のO-BUNは個人戦での戦いとなる。
 そのため乙姫とも対戦する可能性は十分にあり、そしてそうなったとき、わたしが乙姫に勝てるかどうかはちょっと分からなかった。
 予選は各ブロック五人の出場者のうち上位一人だけが本戦進出となり、二位が敗者復活戦に望みを繋げる形となる。一発勝負で半分以上が落ちるという厳しいルールだったが、東北においてはかつて乙姫といっしょに優勝した実績もあった為、比較的落ち着いて臨むことができた。
 結果、わたしと乙姫はそれぞれ別のブロックで一位抜けし、二人とも本戦進出を果たした。
 本戦に進出した十名は五名ずつ二つのブロックに振り分けられる。ここでもわたしと乙姫は別のブロックになった。
 そして残念ながら乙姫はここで姿を消すこととなる。上位二人が決勝進出、そして三位がワイルドカード決定戦に進出という中で、その上位の枠に入ることはできなかった。
 乙姫が破れたことで……わたしの心は、逆に凪いだように思えた。
 乙姫の隣に立っていたい、乙姫といっしょに居たいという気持ちがすっかり歪みきっていたわたしにとって、「乙姫にだけは負けたくない」という気持ちが強くなっていたのだ。
 だからこそ、乙姫がわたしの出番より前に消えたことで、「これでもう乙姫に負けることはなくなる」という、決して明かしてはならないようなどす黒い平穏に心身は満ちていた。
 そしてわたしはこの本戦も勝ち抜けて、決勝戦もその勢いをとどめぬままに勝ち抜いた。
 優勝した。
 かつて東北の地で、乙姫の力と力を合わせて勝利を勝ち取ったわたしが。
 今度はわたし一人の力で、勝ち抜いた。
 優勝が決まった瞬間、わたしは諸手を上げて喜んだ。気が動転していたのか目の前にあったペットボトルのお茶を飲み干す。どういう立ち居振る舞いがかっこいいのかなんて、まるで分からなかった。
 優勝が決まって、会場内で最初に目を向けたのは乙姫の方だった。
 乙姫は会場の一番奥で、壁を背にして立っていた。なんで座ってないで、立ってるんだろう、と思った。
 優勝あいさつを終えて観客席に戻ると、乙姫が泣いていた。
 わたしといっしょにダブルスで優勝した時は涙ぐんでいたくらいのことだったが、今度はちゃんと、普通に、彼女は泣いていた。泣いてくれていた。
 そして乙姫はわたしに抱きついて、おめでとう、と声をかけてくれた。
 その瞬間、わたしは気付いてしまった。
 わたしは別に、今回も一人の力で勝ち抜いたわけではなかった。
 わたしは知らずのうちに乙姫から強いエールを受け取っていて、それがわたしの力になっていたのだ。
 そしてわたしの優勝を泣いて喜んでいる乙姫は、周囲のみんなから「おめでとう!」「よかったね!」と声をかけられて次々抱きつかれていた。いや優勝したのはわたしだぞ、と言ってもみんな乙姫しか抱き締めなかった。

【 7 】

 個人での初優勝を経ても、相変わらずわたしの大喜利は強くはなかった。
 というより、一度優勝して安心してしまったせいか、これまで以前に比べても、弱くなっている節すら感じつつあった。
 ゴールデンウィークに大阪と東京で大きな大会が連続して開催されるというとんでもないイベントウィークがあったのだけれど、わたしはその全てで初戦敗退、何事も残せずに散っていくという体たらくだった。
 一方で乙姫の方はというと、わたし以上のブラック企業に派遣社員として勤め始め、大喜利の場になかなか来ることができないことが続いていた。
 そしてたまにタイミングが合って参加できたかと思えば、その都度語りぐさになるような爆笑を引っ提げて帰っていって、相変わらず遠く引き離されてしまったわたしをやきもきさせる日々が続いていた。
 O-BUNの第三回大会の開催は、六月となった。第二回大会から半年の時間が過ぎていた。
 ディフェンディングチャンピオンとして臨む第三回大会ではあったが、正直なところ、わたしはかなり気が重かった。
 前回王者という看板を背負っている以上、大会の盛り上がりに関わってくる為にある程度勝ち進むことが必要になってくる。
 しかし意に反しわたしの大喜利の実力は、前回のO-BUNを境にして下降傾向にあった。乙姫の急成長に焦っていたことや、緊張しやすい性格であることもまた大いに関係していたと思う。おまけに私生活に於いても一つ大きな変化があり、その環境の変化がわたしの内心に更なる暗闇を落としていたようにも思えていた。
 とはいえ逃げることは許されなかった。チャンピオンベルトを返還しにいくだけで、エントリーはしないという手段も考えはしたが、それは大会の盛り上がりを考えるとどうしても選ぶべきでないルートだった。
 遠征者は、東北大喜利大会ダブルスの頃よりも、第二回O-BUNの頃よりも、格段に増えていた。参加者は五十人を超え、そのおよそ半分くらいが遠征者だった。たくさんの関東で見知った、そしてその実力の高さを何度も何度も何度も何度も見せつけられてきた強豪達ばかりだった。
 大会の一週間ほど前には、自分の大喜利を見直すべく、布団に入っても明け方までシミュレーションを続けていたぐらいだった。なかなか納得のいく回答は完成しないままに、疲弊しきって寝落ちしていた。
 五日ほど前には、ようやく何も考えないで寝られるようになった。変に大喜利のことを考えると、緊張して心臓がばくばくと脈打つため、考えないで平静を保つことを選んだ。
 三日前には乙姫とデートをした。上野でエッシャー展を見て、その足で入谷の小さなバーで行われていた大喜利イベントに参加した。初心者というか、大喜利自体初めてやりますという方が半分以上を占めている小さな大会で、わたしは何度か爆笑を引きずり出すことに成功した。結果、乙姫が優勝して、わたしが準優勝だった。わたしは、「これくらいウケられるんだったら、なんとか予選くらいは勝てるかもな」と安堵した。
 二日前には、寝られなかった。
 前日は朝から関東遠征組に交じって、レンタカーで仙台に向かった。車内では「名探偵コナン 純黒の悪夢」で高所から落下する元太がおもしろすぎる、という話題で、動画を観てげらげら笑っていた。
 そしてO-BUN前日の交流イベントとして、わたしたちと同じように関東から遠征してきた、物部さんという人が主催していた大喜利会に参加した。
 周りのみんながドカドカウケていく中で、わたしは大してウケなかった。「あれ?」と思ったけれど、あまり深く考えないようにした。元から打率が高い方ではなく、急に打てるようになったりするタイプなのだから気にする必要はない、と必死に自分を言い聞かせる。
 わたしはメンタルが弱い。だから、このことを深く受け止めると、それだけで沈んでしまいそうになるのだ。だから、大丈夫。明日はきっと大丈夫。
 その日の宿には、遠征者の内の何人かでお金を出し合って、旅館に泊まることになっていた。わたしはどうしても乙姫といっしょに過ごしたかったので、無理を言って乙姫も呼んだ。彼女はお昼まで東京で仕事だった為、夕方になってようやく合流することができた。
 宿でみんなから少し遅れて温泉に入ろうとすると、奥の方から、O-BUNの主催者である羊飼さんの声が聞こえた。断片的に聞こえてくる声は「今日はあんまりウケてなかった」「思い通りにできてない感じがした」。続けて乙姫のフォローするような「でもこの前の入谷のバーの大喜利会では……」という声が聞こえてくる。
 これはわたしのことを言っているなと思い、洗い場で身を清めてから、温泉に向かい、浸かる前に羊飼さんに声をかけた。
「わたしの悪口を言ってなかった?」
 うん、と言われたのでわたしは浸からずに温泉を出た。
 わたしはどうしても負けたくないという想いをより一層強めて、濡れた身体を拭う。その晩、それ以降羊飼さんとは話すことはなかった。
 夜にはみんなとお酒を飲みながらボドゲをしたり、なぜそうなったのか分からないのだけれど、「サザエさん」のマスオさんの後輩のシャコ田くんという新キャラについてみんなで話したりしていた。
 シャコ田は新卒でマスオさんの後輩でむかつく喋り方で、胃潰瘍持ちで、でも定時退社をする男だった。定時退社なのになんで胃潰瘍になるほどストレス抱えてるんだと死ぬほど笑ったあと、シャコ田はマスオさんから三万円を無心してロードバイクを買っていた。マスオさんはとにかく初めての部下のシャコ田に死ぬほど甘くて舐められまくっていて、始めはシャコ田が悪い風潮だったのが、だんだんとマスオも悪いという流れへと変わっていった。しかしどういうわけだがシャコ田が急に死んでしまって、マスオさんは生前にシャコ田がマスオさんに提出する為に作った資料を発見した……といういい話風の展開に入っていった。そこでわたしが「シャコ田くん……間違いだらけじゃないかぁ」と一言ぽつりと言うと、それでまたゲラゲラとみんなで笑ったりした。
 わたしの大喜利はこういう口八丁手八丁で何でもかんでもバラエティに富んだやり口で攻め込むタイプだったので、普通の人なら「これは終わった」と判断するような馬鹿話に興じる時間であってもわたしにとってはけっこう良い調整になったような気がした。そう思って、明日に向けて気運が向いているように感じた。そう思うしかなかった。
 そして、寝て、起きて、当日の朝を迎えた。
 思っていたよりも、緊張はしていなかった。
 宿を出て仙台駅に到着すると、旅館宿泊組とはそこで一旦分かれて、乙姫といっしょに近所のゲームセンターへと向かった。
 ゲームセンターには旧知の仲である物部さんや清澄さんたちがいて、クイズマジックアカデミーに興じていたので、二人で交ぜてもらった。何戦かしたあと、仙台駅に再び戻ると、こちらもやっぱり旧知の仲である山田さんや今日のO-BUNで戦うこととなる何人かと遭遇したりした。
 例によってお昼ご飯は半田屋で済ませた。これまで仙台の大会では、ここでご飯を食べて結果を出してきた。だから、心の平穏を保つ為に、絶対に食べておきたかった。食欲は朝に比べて少なくなっていたけれど、でも、無視するように無理矢理お腹に押し込んだ。
 この日の仙台は雨が降っていて非常に寒く、半袖姿の乙姫は非常に寒そうにしていた。ので、そこでいっしょに行動していた人たちとは別れて、二人でユニクロに上着を買いに行くことにした。
 上着を調達し、駅に向かって走ると、O-BUNの開催時刻は刻一刻と迫ってきていた。わたしたちが会場に飛び込んだのは、開始五分前くらいで、ギリギリの到着となった。緊張する暇は、なかった。
 会場内にはぎっしりと人が詰めかけてきていて、わたしと乙姫の座る席はなかった。仕方がないので一番後ろの壁際で、地べたに腰をおろしていたのだが、見かねた周辺の人たちが椅子を持ってきてくれた。
 そして時間が来て、O-BUNの開催あいさつがあり、抽選の時間になった。
 わたしの名前は、一番最初に呼ばれた。
 心構えも準備も何もできていなかったわたしは、せめてチャンピオンとしての存在感をみんなに見せつけるべく、立ち上がった。
「かかって、きなさああああああああああああいッッッッッ!!」
 開催の直前に到着したためにほとんどの人とあいさつができていなかったため、この怒鳴り声をあいさつの代わりにすることにした。
 そしてわたしの緊張は、一気にピークに達した。トップバッターでいきなり全てが決まるという重圧が、わたしの中の全てを真っ白に塗りつぶした。決して何も浮かばないほどに緊張していたわけではない。けれど、平静かと問われればそんなことはまるでなかった。
 Aブロックには歴戦の猛者が異様に集中していて、しかも他のブロックに比べてここだけ一人多いという激戦区だった。でもそんなことは極力意識しないように、自分の大喜利をすることだけに集中していた。わたしはチャンピオンだ。絶対に、簡単に負けるわけにはいかなかった。
 わたしが最低限の目標として定めたのは、「せめて敗者復活戦までには進む」ということだった。一つのブロックの五人のうち上位二人までは本戦に勝ち進み、さらに一人ずつは敗者復活戦にも回ることとなる。単純計算で言えば半分以上が敗者復活戦以上のラインに残ることとなる。チャンピオンとして、絶対に、どうしても、残さなければならない成績。
 Aブロックの出場メンバーとして、登壇する。集中して、感覚を研ぎすます。
 予選では出場メンバーの紹介は行わない。「名乗りたければ本戦に残れ」と言われ、弱者には名乗ることすら許されない厳しい大会だった。これでまた一つ、負けるわけにはいかない理由ができたと席に座りながら思った。
 一問目。一答目でかなりのウケだったので、やっぱり自分は大丈夫……と思ったのだけれど、すぐに他のメンバーが次々にそれを超えてくるほどのボケを叩き出してきた。内心は焦っていたが、それを押し隠すように三分間脳内を捻り続けた。それ以降は手応えのある回答すら続かず、おそらく票は挙らないだろうなと思いながら頭を抱えるように集計時間をやり過ごした。
 二問目。まったく思い浮かばずに、一分くらい凍り付いたままだった。けれど、手探りながら出した回答がウケた。あとはもう勢いと、東北で培った経験で乗り切るしかないと思い、とにかく出した。出した回答はしっかりとウケた。これからイケるかもしれない、と思った。二問目では、自分以外がどれだけウケていたか、気にする余裕すら消えていた。
 二問通算の観客の印象審査で、本戦勝ち上がることができるのは上位二名だけ。
 祈るような待ち時間の末、名前を呼ばれたのはわたしではなかった。
 瞬間、様々な感情がわたしの脳裏を駆け巡った。
 負けた負けてしまった絶対に負けるわけにはいかなかったどこで間違えたどこがいけなかったのだろう他の人たちはみんなウケていたわたしはどれだけウケていただろう集計の時間が長かった人は誰だわたしはもうだめだなんのために東北に来たのだろうどうしたらよかったんだどのお題でAブロックじゃなければAブロックじゃなかったからどうなるというのだろうやめていやだこれで終わりなのもうほんとうにいやだやめてよしてごめんなさいわたしがちがうもっとちゃんとできたどこで駄目だったのわたしはもっとおもしろいもっと強い初めて見てくれる東北の人だっているのにわたしはチャンピオンだから絶対に勝たないといけなくて駄目なんだよ絶対にここで負けたら大会そのものに迷惑をかけてしまうわたしが優勝したのってなんだったのこれじゃまた乙姫に置いてけぼりにされてしまう駄目だ絶対にこんなところで負けちゃいけなかったどうして動いてコントをやればよかった絵回答ももっとやれば良かった歌って踊って顔芸だってなんだってすべきだったどうしてこんなことになったのだろうもっともっとできるもっとやれるわたしが悪いいや違うこんなところで終わったらどうするの駄目なんだってば絶対に絶対に負けてはいけない舞台だった緊張していたのかなでも緊張に負ける程度の人ってことでしょ所詮わたしはどこに行っても一回戦レディこんなやつが大喜利をやるべきじゃなかったもっと早くに諦めていればこんな高いお金を払って仙台に来ることもなかったのにつまらないところを見せてしまった醜態を曝してしまったこんなことをするためにがんばっていたのいやそもそもわたしはほんとうにがんばれていたのわたしはどうしてだめだやめてやめていやだいやだいやだいやだいやだこれじゃだめなんだってばやりなおしたいもういちどやらせてよだめだよでもぜんぜんおもいうかばないんだよ他の人の爆笑をひっくり返す回答が終わった今もまだ思いついていないんだよこんなこんなのってない絶対に勝たなきゃいけなかったそうしてみんなを見返して自信満々でどーだって言ってのけるのがプランだったのにどうしてなのわたしはチャンピオンだったんじゃなかったのチャンピオンって強くなくちゃなれないんだよ弱いんだったらチャンピオンになんてしないでよ勘違いしちゃったじゃん東北まで来てさわたしは強いんですみたいな顔してさ実力の伴わないでかい顔を見せてああ恥ずかしい恥ずかしいやだやだみんなわたしを嗤ってるわたしが無様に負けたのをゲラゲラと指差して嗤ってるんだいやそんなむしろもう呆れて見向きもしてすらいないだろうわたしが大喜利がんばってるのってなんだったんだろう弱い人が枠を潰して大喜利やってそれでみんなどう思ってるんだろういやだいやだだめだだめだわたしはここでしか勝てないしこの東北に全てを賭けていたのにこんなところであっさり負けてしまうなんて駄目だってば絶対に駄目だよどうしてよやめていやだくるしい吐きそう辛いもうだめしんどい嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ勝ちたかったよ
 瞬間、目頭が熱くなった。まずい、と思って顔を伏せた。服の袖に目頭を押し付けて、必死に堪えようとしたが、どうにも立て直せない。放心状態で席に戻る。
 敗者復活戦に進出することのできる最後の一人は、全ての予選が終わってから発表される。だが正直、そこに残っているかどうかも危ういラインだろうと思っていた。
 席に戻ると乙姫は「お疲れさま」とわたしの背中を叩いた。涙があふれて止まらなくなり、小さく嗚咽した。近くの席の何人かが振り向き、こっちを気にしているようだった。どうにもならなかった。
 わたしは項垂れて呻いていた。大会は粛々と進んでいて、すぐにBブロックの大喜利が始まる。
 最初はちゃんと観ようと思ったけれど、五回答くらい出ても、まっすぐに顔を上げることすらできなかった。
 これは駄目だと思って、ブロックの途中だったが席を立ってトイレに駆け込んだ。和式便所かい、と思いながらもどうしようもないのでそのままそこで泣いていた。十分くらいして落ち着いたので、なんとか席に戻った。乙姫は心配そうな目でわたしを見ていた。ブロックはCブロックまで来ていた。けれど、ブロックの途中、乙姫が今出ているお題に対して自分で考えた回答を通りがかりの人にスマホで見せて「どうかな」「これ最高!」と会話を交わしているのを見て、「あ、この子は本戦行くな」と思って、自分の不甲斐なさがまた浮き彫りになってしまうように感じて、本当に訳も分からずまた会場を飛び出した。
 トイレをずっと占領しているのは悪いような気がしたので、遠くの階段で心を落ち着かせる為にギュッと目をつむった。
 考えてみれば、わたしにはまだ敗者復活戦に残る可能性があるのだ。少なくとも、ずるずるに滑っていたわけではないというふうには、自覚している。
 まだチャンスはある。敗者復活戦に残りさえすれば、まだ大丈夫だ。
 当初の最低限の目標こそ敗者復活戦だったが、こうなるとギリギリで滑り込んだ敗者復活戦よりも、ちゃんと本戦で戦いたくなった。呼び込みを聞いて、キャッチコピーを高らかに叫んでもらいたかった。
 わたしはバチン、と両頬を叩く。ビリビリと、わたしの頬が痛む。けれど、心が負っている傷の深さからしたら、全然痛くも痒くもなかった。
 絶対に、敗者復活戦に残る。そしてそこで、絶対に勝ち残る。
 もはやAブロックでの出場を終えてしまっているわたしにはとっくの昔にできることなど無くなってしまっていたのだが、わたしが平静を保つにはそう考えるしかなかった。
 わたしはなんとか再び会場に戻ると、乙姫といっしょになって目の前で出ているお題に対し回答を考えて見せあった。
 乙姫はすごく良い回答を何度も出していて、わたしの回答もおもしろいと思ったら褒めてくれていた。
 そして乙姫は、当たり前のように予選をダントツの票数で突破した。それはそうだろうと思っていたので、これに関しては特に何も思わなかった。
 ブロックが進んでいくにつれて、来るべき敗者復活戦に向けて調整を続ける中で「もし落ちていたら」という想いがむくむくとわき上がる。
 つい隣の乙姫に向かって漏らすと、彼女は「どうだろうね」とだけ返してきた。きっと彼女はわたしが当落線上にいるのかそれとも箸にも棒にも引っかからないような惨敗でしかなかったのかどうかを、もう知っている。わたしは叫び出したい感情を堪えて、結果発表を待った。
 結果発表。
 わたしは全身で神に祈りを捧げた。思えば想いを捧げるのはもっと出場前とかにするべきだったのだろうが、今となってはとにかくもう祈ることしかできなかった。
 Aブロックの結果は、真っ先に読み上げられた。
 やはり読み上げられたのはわたしの名前ではなかった。
 自らの第三回大会における永遠の敗北を知ったわたしは、一気に色々な想いがこみ上げてきて、ちょっと声を挙げて泣いてしまった。
 乙姫がわたしの名前を呼びながら、背中をさすってくれていたが、もうどうすることもできなかった。
 わたしは無力で、何もできない、ただの弱者に過ぎなかった。
 もうこいつは、チャンピオンでも、なんでもないのだ。
 人類史に残る最悪の醜態を曝し敗者にくだったわたしは、もう全てが恥ずかしくなってしまって、慌てて荷物をかき集めるとその会場を飛び出してしまった。
 すぐにわたしを追って乙姫と、それからたまたま出口でぶつかりそうになった物部さんが追いかけてきて、取っ捕まってしまった。
 わたしは完全に逃げるつもりだったのだが、今思えば捕まえてくれて本当に助かったと思う。これ本当に逃げ切っていたら、わたしはこのあとどうなっていたのだろう。打ち上げの参加費だって払っていない。やはり後先考えてない最悪な行為だったような気がする。
 物部さんはさすがに敗者復活戦が始まると会場の方へ戻ったが、乙姫はずっとわたしに付きっきりで会場すぐ外のソファで動揺するわたしをなだめてくれていた。
 わたしはずっと泣いていて、乙姫はそれに辛抱強く付き合い、敗者復活戦が終わって休憩になったらどさくさに紛れて戻ろうということになった。
 色々と言葉を交わしたけれど、わたしは泣いていたし動揺していたし負けたショックから、その時の会話をほとんど何も覚えてない。
 けれど、
「絶対に勝ってよ……優勝してほしい……」
 と、わたしは乙姫に言った。勝手に負けて、勝手に勝てと言う、どうしようもない女だった。
 けれど乙姫はわたしの懇願に、静かに頷いてくれた。

【 8 】

 こっそり会場に戻ったわたしは、たぶんかなりぐったりとしていただろうと思う。
 けれど大会の途中でいきなり会場を飛び出してしまうような厄介者だったとしても気にかけてくれていた人はいたようで、本当にありがたいことに何人かから声をかけてもらった。わたしに好意を向けている人たちを裏切るような醜態だったな、と恥ずかしくて死んでしまいそうになったが、死ぬのは乙姫が負けたらにしようと思った。
 本戦進出者は二十五人。そのうち五人ずつを五ブロックに振り分けて、それぞれのブロックの上位一人だけが決勝戦に駒を進める。次いでブロック内の二位がワイルドカード決定戦に進むこととなる。
 乙姫は最後のブロックに登場することとなっていた。出番前、乙姫はわたしと拳を付き合わせて、登壇していった。
 わたしはこの広いホールの隅っこで、見ていることしかできなかった。
 しかし乙姫はこのブロックを勝ち抜くことはできずに、落胆した表情で隣の席に戻ってきた。
 ところが乙姫はなんとかワイルドカード決定戦に引っかかり、再び戦う権利を手中に収めていた。
 そして乙姫はワイルドカード決定戦を勝ち抜き、力強いガッツポーズを決めた。おいおい女の子がそんなはしたないガッツポーズをするもんじゃないぞ、と思ったが、彼女はなりふり構ってはいなかった。
 そうして勝ち残った決勝戦には、もはや強豪しか残ってはいなかった。
 関東であらゆる大会を制し様々な人たちから愛されるプレイヤーに、東北在住のプレイヤーに、東北から上京しており今回故郷に錦を飾るべく参戦しているプレイヤーに、本格的に大喜利を始めてからの暦が一年に満たない若手プレイヤー。そしてまだ喜利カフェがあったあの頃、平日夜に喜利カフェを訪れ、仕事をほっぽり出して駆けつけたわたしと乙姫と三人で大喜利をして過ごしたあの新顔のお客さんが、時を経て同じ会場で決勝戦に立っていた。
 そんな中にあって、この日一番苦しい戦いである決勝戦で、彼女は、花笠乙姫は、誰よりも輝いていた。
 決勝戦のお題三問、全てにおいて彼女は爆笑級の回答を叩き出し続けていった。
 戦中にある乙姫には分からなかっただろうが、会場を見ていた第三者のわたしにはずっと見えていた。
 会場中の票のほとんどが、三問通じて全て乙姫に集まっているその光景が。
 わたしはこの日、負けた瞬間からずっと泣いていた。予選で負け、敗者復活戦に進めなかった悲報を知った際にも泣いた。涙腺はがばがばになっていた。
 そして乙姫が大喜利をする中、二問目の辺りでもうわたしの涙腺は決壊しだしていた。
 この涙の真意はなんなのだろう。
 わたしがあの舞台に立てなかったことを悔やんで泣いているのだろうか。
 わたしを置いて一番輝かしい舞台に突っ走っていってしまっている彼女に、寂しさを覚えて泣いているのだろうか。
 乙姫が輝いているその姿が、最高に格好良くて、眩しくて泣いているのだろうか。
 きっとこれはその全部を内包している涙だ。
 わたしは主人公ではなかった。乙姫こそが主人公だった。白状しよう、わたしはそういう暗い感情も含めて泣いていただろうと思う。けれどそれだけが全てで泣いているのかと思うと、それもまた違うのだ。わたしは、そんな、自分のことだけでそこまで泣ける人間じゃあない。そこまで自分を好きなわけじゃない。
 だからこの涙は、自分に向けてのものでもあるけれど、乙姫のためのものでもあるのだ。
 ただただ、訳も分からないままに、色んな感情を綯い交ぜにしたぐちゃぐちゃの感情で、わたしはずっと泣いていた。
 結果発表なんて聞くまでもなかった。わたしには分かりきっていた。でも、乙姫はどうだったんだろうな。
 明かされた票数は圧倒的と言って良かった。ギリギリ逃げ切ったわたしの時とは、大違いだよ。
 優勝が決まった瞬間、乙姫はこの日一番のガッツポーズを決めた。そしてすぐに、他の決勝戦を戦った五人から一斉に抱きつかれて、祝福の渦の中にいた。
 なんだ、同じチャンピオンだってえのに、わたしの時とはずいぶんと違う、かっこいい優勝決定シーンじゃないか。わたしの優勝シーン、なんでか分かんないけどちょっと笑い声みたいなのが起きてたんだぞ。
 わたしはとにかく、その彼女を祝福する為に抱きつく輪の中に、自分がいられないことに、ひどく哀しさを覚えた。
 優勝決定のあいさつで、乙姫はたぶん何か言ってた。あんまりよく覚えていない。泣いてたから。
 けれどその最後に言った一言は、今も忘れてはいない。
「絶対に勝ちたかったので……。……冬馬の、為に」
 五島冬馬、というのがわたしの名前だ。男みたいで、ちょっと嫌いだったわたしの名前。
 その名前を、初優勝が決まった、そのあいさつで口にしてくれた。
 そして彼女は舞台上から、まっすぐにわたしのことを見つめていた。
「……おめでとうッッッ!」
 わたしは滂沱の流れ落ちる涙をもはや拭うことも忘れて、そう大きな声で祝福の言葉を返した。
 わたしは負けた。乙姫は勝った。
 けれど、初めて東北の地で二人で優勝をつかみ取ったあの時から、物語は続いていた。
 わたしたち二人の物語は、ここまでずっと地続きだった。
 わたしが初めての優勝を果たしたあの時も、乙姫が一人でどんどん先に進んでいってしまった東京でのあの日々も。
 全部全部、あの日からここまでずっとずっと続いていた一つの道だった。
 だからたぶん、乙姫の優勝も、きっとわたしの時と同じように終わりじゃない。
 わたしは弱いけれど、その弱いわたしの分まで、乙姫は強くなってくれた。わたしはその強さにすがるようにして、甘えるようにして、彼女に抱きついてしがみついて這い上がっていこう。
 思えば最初に東北に引っ張っていったのはわたしの方だった、それがいつからかわたしが引っ張られるようになってしまった。
 だったら、次またわたしがもう一度引っ張ったり、もしくは二人でいっしょにちゃんと並び立てる日が来るかもしれないじゃないか。
 わたしたちの道はまだ続いている。
 まだ遠くまで続いている。
 この遠い東北の地で始まった物語は、関東を経て、たまに大阪に行ったりして、また東北まで戻ってきて、それで、その先も、どんどんどんどん、道が伸びていく。
 彼女がどんどん先に歩いて行ってしまってわたしは置いてけぼりにされたような気がしていたけれど、彼女はどこにも行ってやしなかった。
 彼女は遠くまで行けるようになっただけで、最後にはちゃんとわたしのいるとことまで戻ってきて手を差し伸べてきてくれたのだった。
 乙姫は、わたしの隣にいた。
 ちゃんと、そこにいたんだね。
 わたしは、“そこにいた”乙姫に涙ながらに抱きついた。おめでとう、と何度も繰り返した。
 わたしは駄目な子だけど。どうしようもなく弱くて、見栄っ張りで、わがままで、迷惑をかけっ放しな女だけど。
 今はあなたにすがりついて立っているわたしだけれど。
 きっと、また二人で。
 両の足で、並んで立って。
 そうして、また遠くまで進んでいこうよ。

 おめでとう、花笠乙姫。
 そして、負けるな、わたし。

 がんばれ、わたしたち。




 おわり。




【いいわけ】

 元々星野流人とばらけつ(山下 銃)は長文企画の知り合いでした。
 五島冬馬と花笠乙姫はその二人が長文企画で使用していたキャラクターの一人で、作中で名前の出てくるその他の人たちもだいたい長文企画から借りてきています。
 羊飼さんだけはちょっとどうしようもないのでオリジナルの名前をつけさせていただきました。両津勘吉とかにしようかなとも思いましたが、そうなると本当に意味が分からないしいよいよ長文企画の仲間たちにしか分からなくなってくるのでやめました。
 改めて言うことがあるとすれば、この物語はあくまでもフィクションであるということです。
 どう考えても現実に沿ったエピソードを描き出しているようには思えることでしょうが、これはあくまで五島冬馬と花笠乙姫という二人の物語なのです。
 この二人には並々ならぬ深い因縁がありまして(当時長文企画では、ネタ企画を飛び越えて様々なプライベートなやりとりがたくさん描かれていたりした)、こればかりは当時長文企画をやっていなかった方には簡単に説明し得ることのできない関係性でありまして、星野-山下とはまったく違う五島-花笠の関係性を軸に置いた物語なのです。
 梶本さんが「百合だと思った」とか言うから、そんならもう開き直ってやるかと思った結果がこうだとも言えます。
 そもそもの切欠としてわたしは常々小説を書いてみようという想いが強くあり、今回の出来事を小説としてまとめてみるのはどうだろうか、などとふわふわとした考えを思いついたのです。
 その際主人公を女の子に変えてしまったのは、「おっさんの思い出話を文章にするよりかは、女の子の物語を書いた方が読む方も書く方も楽しかろう」と思った為であり、今回はその助平心が裏目に出たと言いましょうか。
 登場キャラクターを五島・花笠にしたことで色々と積もる想いもあったりしました。
 そもそも流人はここ数日で、トニオの出したミネラルウォーターを飲んだ億泰くらいには涙を流してしまっているので、なんというか、ええと、書きすぎましたね。
 敗者は語ることを許されないかもしれませんが、あまりの醜態を曝した星野流人の挽回の意味と、ここからの再出発と、ばらけつの祝福を兼ねまして。
 こうしてここに一つの物語として、紡がせていただくことにいたしました。

 鵠