おぼつかない心

中学のとき、日直の名前が書かれるスペースに「死ね」という文字が残っていた。

黒板の端っこで異彩を放つ禍々しい白チョーク跡。その日の日直は私だった。

休み時間明け、突然のことに驚いた隣の女の子が奇声を上げて抗議をした。

「あゆみちゃんをイジメたの誰!?」

しばらくして、担任の先生が犯人探しを始めた。
クラスの男子がみんな、ニヤニヤと私の方を見つめて沈黙する。誰がやったのかは一目瞭然だった。

受験期。
公立に通っていた子供が将来という大きなプレッシャーを初めて背負う冬。

そんなときに行われた音楽祭。
クラス対抗で歌声に点数をつける。その祭典の指揮者に私は立候補した。
クラスをとりまとめ散らばる歌声を1つにする事が私の仕事だと思っていた。
そして、その考えは先生にも肯定され一緒に優勝しようねと円陣を組んだ。

立候補して数日後から、先生公認の指導をクラスに始めた。
そして2日後、テノールの歌声が聞こえなくなった。

「男子、真面目に歌わないと優勝できないよ」

よくあるセリフだ。
これだから女子はうざい。

うざい、うざい、うざい、うざい。

翌日。
わたしの名前が死ねになった。

先生に泣いている訳を聞かれたが答えられなかった。何が起こっているかわからなかった。現実を受け入れることができなかった。

数時間後、先生に打ち明けると

「この場を上手くまとめるには貴方が男子に謝るしかない。」

「音楽祭まで時間がない。」

「ここでバラバラになったら大変。指揮者なんだからわかるよね」

わからなかった。

だって、どんな指導をするのか指示したのはあなたじゃないか。

私の指導をずっとそばで見ていたじゃないか。

笑顔でいったじゃないか。

「もっと良くなるといいね」

そういったじゃないか。

私は謝った。正しい事をしたはずなのに謝った。

「ハァ〜…しゃーねーな、許してやる」

目線を私に落とす男子達。
ニヤつく口角に成長してきた喉仏を見せるような顎向き。私は彼らの許しに対し、全力で感謝の言葉を述べる事しか許されなかった。

大人になり、引っ越しのため転出届に名前を書くときに戸惑った。
一瞬だけど、こういうときに思い出す。
私の名前はいまだに死ねなんじゃないか。 
いない方がいい人間なのではないか。

誰よりもうざくて話し口調もキツイ。キンキンとした耳障りな声。他人の都合を考えない自己中心的で、陰気な女なのだ。きっと、わたしはそうなのだ。

心が追いついてこない。
記憶が忘れないでと主張してくる。

わたしはあと、何回思い出すのだろう。

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meto

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