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色のメッセージを受け取る #7 日本人女性の色

ある海外の大都市に数年間、滞在した時のことである。その都市周辺には、たくさんの日本企業が進出し、駐在員の家族も含めて数万人規模の日本人が住んでいた。日本人学校も整備されていて、街のあちこちで日本人の姿を見かけたものである。

現地駐在員の奥様方は、日本にいる時よりも時間的に余裕がある。通いのお手伝いさんを雇っている家庭が多く、家事の負担が少ないのである。また、ご主人が勤務する日本企業が、運転手付きの車を家族が利用できるように便宜を図っていた。貧富の格差が大きいこの都市では、治安の面で不安もある。そのため奥様方が安全に外出できるようにしていたのである。このような事情もあり、ランチの時間帯などに日本人女性のグループをよく見かけた。

この大都市において、遠くから歩いてくるアジア系の女性が日本人かどうかを見分けるのは、私には比較的簡単なことだった。彼女たちから、とても日本人女性らしい何かを感じる。そして観察を続けるうちに、その何かが「かわいらしさ」にあると気付くようになった。日本人女性は若いお母さんだけでなく、年齢を重ねた女性も、やはり「かわいい」。数年間、海外に滞在して、初めて見えてきた日本人女性の特徴である。

現地の男性の間では、日本人女性は人気がある。そして、やはり「かわいい」が日本人女性に対する誉め言葉であった。日本でも、女性に親しみを込めて賛辞を贈る際に、最も頻繁に使われるのは「かわいい」だろう。これはとりもなおさず、日本ではかわいらしい女性が支持されるということを意味する。わかりやすい例は、女性モデルだ。日本で活躍するモデルさんは、どこか、かわいらしいタイプが多い。ところが、海外例えばパリコレに登場するモデルの女性たちは、かわいらしさとはかけ離れた独特な個性派である。女性に対してだけでなく、現代日本では、モノに関してもかわいいものを愛でる文化が尊重されていると思う。

「かわいい」を色で表現すると、間違いなくピンクである。ピンクには、そもそも「かわいい」というキーワードがある。これは、ピンクという色が持つ印象そのものである。それと同時に、ピンクは強烈な愛を意味する色でもある。これはピンクが、赤に白い光があたった色であることに由来する。赤には、生命力とか情熱、愛というパワフルな意味があるが、その赤が白い光で照らされて、一層鮮やかに映える色がピンクである。そのためピンクには、無条件の愛とか自己受容(「あるがままの自分にYESと言う」)という強い愛のメッセージが込められている。日本人女性は、見た目のかわいらしさの中に、熱烈な愛を秘めているのだろうか。

先日、松田聖子さんのコンサートの広告を目にする機会があった。ピンク色満載の広告である。おまけにピンクのハートマークも添えられている。還暦を過ぎても、かわいらしさを保ち続ける聖子さんの人気は衰えない。こんな彼女の色は、ピンクをおいて他に考えられないのである。

ところでこの海外滞在中に、若い現地女性の「かわいいのがいいの?それともセクシーなのがいい?」という話声に、思わず聞き耳を立てたことがある。携帯電話の相手は同性の友人のようで、どうやら男性も参加する会合に来てほしいと依頼されている様子だった。それで、その会合に「かわいい」服を着て来てほしいのか、それともセクシー系の服装の方がいいのかということを相談していた(と私は推測した)のである。

日本であれば、(もちろん時と場合によるが)女性らしさを何らかの「かわいらしさ」で表現しようとする女性が多いように思う。それはかわいらしい女性が、日本社会の中で大きな支持を得ているからである。一般的に、日本ではセクシー系の女性は悪目立ちする印象がある。ところがこの国では、対男性との関係で、女性性をアピールするための選択肢は「かわいい」と「セクシー」の2つが併存しているらしい。

この国では女性の社会進出が進んでいて、それは日本の比ではない。女性が、官庁や企業のトップ、有名大学の学長に就任することは、ごく当たり前のことである。それは、この国では、性差による格差よりも貧富の格差の方がはるかに大きいからである。この国では、どのような経済状況の家庭に生まれるかが、その人の将来を決定する。裕福な家庭に生まれた子供は男女を問わず、良い教育を受け、場合によっては海外に留学するチャンスにも恵まれ、社会で活躍する道が開けている。ところが、貧困家庭に生まれた子供の場合、人生の選択肢は限定されてしまう。所得格差を是正するための制度(税制や社会保障制度)が整備されていないこともあって、貧しい家に生まれた子供には、個人の努力だけでは乗り越えがたい壁が立ちはだかる。教育を受けたくても経済的な理由から断念せざるを得ないなど、夢をあきらめる子供も農村部にはたくさんいる。確かに日本においても、所得格差が教育格差を生んでいると指摘されるが、日本の方が社会階層間の流動性ははるかに高いと思う。

このように、条件付きではあるが、女性が幅広く活躍できる社会において、女性性をアピールする色がピンク(かわいい)と赤(セクシー)の2色であるというところは、面白い。日本ではピンクで象徴される見た目のかわいらしさと、そこに内在する強烈な愛が女性を評価する基準となっているのは、なぜなのだろう。面白い研究テーマになりそうである。

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