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暗洞に声よ響いて #4

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私は以前作るだけ作っておいた冒険者用アバターで、受付のカウンターに相対していた。


『本日はどちらへ向かわれますか?』
「試練の塔の……1階をお願いします」
いつも配信で使っている”れいん”のアバターとは身長以外全く違うこのボディは、細部の色替えをした位でほぼデフォルト。オリジナルなところは皆無だ。
ただし、声はハスキーな……落ち着いたといえば聞こえはいいが……ゲーム外の私自身の……声そのものである。


この世界はポイントが全て……らしい。
つまりポイントに乏しい私は、この姿で当分は我慢しなければならない。
私は案内されるまま虚空に開いたゲートを潜り、初心者用ダンジョン【試練の塔】に進入した。



「【スラッシュ・ヴァーティカル】!」
音声認識で【スキル】を使用し、目の前の虫人間……アラクネと言うらしい……が縦一文字に両断され、一瞬後に粒子化して消失した。
転がる不可触のオーブを拾う暇もなく、バックステップ。しかし振り下ろされた別のアラクネの爪が掠り、見た目に反して大幅に体力が減った。視界の端がうっすら赤く染まる。
痛くないが、痛い。


踏み込み、斬。横薙ぎにミドルソードがアラクネにヒットし、火花みたいなエフェクトが散る。相手は一瞬よろけるが、すぐ反撃のかち上げ気味の爪が繰り出され、私は回避すのを諦め剣で受けた。激しい衝撃。手がしびれる。軽微ながらダメージ。
だが大ぶりの行動には立ち直るための相応のスキがある。私は剣を振り上げ再度「スラッシュ・ヴァーティカル!」叫ぶ! 自分の身体ではないように力強く刃が振り下ろされた。


戦闘終了。試練の塔の入り口から少し入り込み、そこは通路が膨らんだようになっている場所だ。
「初心者ガイドではこいつがおすすめって言うけど、やっぱり怖いな」
息は上がってないが癖で一度大きく息を吐き、私はポイントのシンボルであるオーブを回収する。ダイヴ用機材を買ったときに一度チュートリアルをクリアしただけなので、プレイはおよそ一年ぶり。実戦に至っては初めてだ。


体力が少ないから初手ゴリ押しすればおk。とは書いてあったが、反面攻撃力が高いので一撃が怖い。しかも何故だか動きが焦れったくて、回避が覚束ないのだ。
『俊敏性ステータスが足りませんね。加えて、普段の収録はオールコントロールですから、フルコントロールだとそう感じられるのでしょう』
手元にタブレット状の浮遊画面を呼び出し、初心者向けと題された記事を読みながら次の行動を思案していると、デジタルアシスタント……サンデイが通話してくる。


「オールとフル……どう違うの?」どっちも全部とかの意味で、かぶってない?
『”フル”ダイブVRインターフェイスと対応した”フル”コントロールでは、身体を実際動かす要領で操作を行いますが、アシストが入ります。オールコントロールはそれらを全て解除して、現実に体を動かす要領ですね』
確かに、普段収録するときは全部操作している。というより仮想空間でゲーム外と同様に動いてるだけなのだが。
『オールコントロールの方が後発なんですよ。ご存知でしたか?』存じないですね。


『では、コントロールをオールに切り替えますか? 同時に今あるポイントを使えば、ビルドアーキタイプオールコントロールスラッシャーディンのレベル1に適合します』
四割ほど意味がわからないが、彼女は不利益を提案することはないので、それを許可してポチポチとポイントを消費した。
この釦のクリック感、今やゲーム外ではあんまりないなあ。


そして私は、強化された脚力で軽く跳躍し、洞窟の天井で衝突ダメージを一割ほど食らうのだった。


【続く】

資料費(書籍購入、映像鑑賞、旅費)に使います。