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商人と海。あと亀とエルフとレールガン #3

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大砂海。大陸中央の大部分を占め東西を分断するその地は極めて細かい砂で構成され、迂闊に踏み込めばまともに歩けないばかりか最悪”溺れ”死にかねない。
その大砂海を往くため整備された街道は、間違いなく交易の要だが、唯一ではない。
「い、行くぞ行くぞ!」
「早くしてくださいよ旦那さん」
「う、うるさい。俺は泳げないんだよ」
「大丈夫ですよ。キャノンタートルは本体自体も浮くように出来てるんですから」
その例外が、航路と呼ばれる砂海を突っ切るコースだ。
今回の目的地、ウィンディコロニーは単純に言えば先の街……ベイアシティからみて真西だが、街道はかなり湾曲しており、北西へ進んだ後再度南西へ進むことになる。
折り返し点からは北へと向かう街道も伸びているので、地図で見れば上下反対にしたYの字のような具合だ。
しかし、航路を使えば三角形の底辺を描くように大幅にショートカットでき……
「ジェイク、ゴー!」
アアアアアアーーー!


マナ障壁を腹部に展開したジェイクは無事砂上に浮かび、そのまま滑るように航行していた。
「まあ、景色はあんま変わらんな。砂が沢山あるだけだ」
「地図ちゃんと見ててくださいよー。方向ズレると予定もズレるんですから」
精霊騎は見た目は機械の塊のように見えても生き物なので、完全な直線では動けない。定期的な方向の微修正が必要だ。その上航行速度は歩行速度に比べれば若干遅いので、ライン取りを間違えればその分遅れるということになる。
まあ、期限のある旅程ではないから、最悪野宿が増えるだけだが。
「本当の海なら風が気持ち良いが……むしろより暑いくらいだな」
「大陸出たこと有るんですか?」
「ああ、独立前に奉公に出てたときはもっと何倍も大きな商団だったからな」
「それが今では、と」
「放り落とすぞ」


そうして、これまで使っていた荷車にフロートを増設したものを牽きながら往く。
速度は不変で、上下の動きは最小限だ。ちなみに砂の下では足をゆっくりとばたつかせているが、それはマナの奔流を後ろに押し出す動きなので、足の動きそれ自体で進行しているわけではない。
正直言って眠くなってきた。
「おい……メアリー……ちょっと運転代われるか」
「むえー? いいですよ」
あれ、こいつも今寝てた?
運転席と本体甲羅部は互いに独立してるので、エクステリアのバーを足がかりに互いの居場所を入れ替える。構造上一続きには出来なさそうだ。甲羅の前部3割ほどが居住スペース。それより後ろが荷物置きとなっている。
「操縦わかるか」
「大体は」
大丈夫だろうか。

そしてまたしばらく後、一休みしてスッキリした頭で運転を交代する。交互に運行できるようになれば相当楽だ。
「車は駄目だけど精霊騎は動かせるのか」
「車輪が転がって速く走れるのはなんかコワイじゃないですか」
「まったくいみがわからない……」
「ええー?」
表情がむかつくので頬を抓っておいた。
「むあー! もう。人の頭に気軽に触らない!」
「はいはい」

またまた時間は過ぎ、夕日も落ちかけた頃、島状に存在する休憩地で今日は休むことにした。
と言っても、あるのは目印の柱と雨風を凌ぐ半開放の小屋くらいで、なにか補給できるものでもない。
冷え込む前にさっさと火を熾して飯にしよう。
「一両日くらいの工程だとまともな飯が食えていいな……」
「柔らかいパンを野宿で食べられるなんてレジャーレベルですよ」
「固いパン、硬いからな」
「固いというより硬いですからね……」
あとは具材少なめのスープと余り物の腸詰めの炙り。この前までの交易の余り物だ。
そして、俺達は床についた。

むき出しの屋根の裏側のシミを数える。
……当然だが俺と小僧は別のマットレスだ。
砂海の夜は波音も遠鳴きの鳥も無く、耳が痛くなるほどの無音で、ジェイクの炉の低い唸りだけが響く。
いや、だけじゃない。
「母上……」
ポツリと呟かれた小僧……メアリーの寝言で、俺は目を覚ましてしまっていた。
隣を見ると、きゅっと身を丸めて毛布を抱くようにして寝ている。
背中側が出ていたので、掛け直してやった。

「おお! あれがウインディコロニー。かの英雄の故郷と言われる」
「そうなのか?」
「知らないんですか? 旧世紀の神話」
「全く知らん」
「……ぷぷ」
長い耳は横に伸ばすとさらに長い。

そんなこんなで、俺たちはウィンディコロニーに辿り着いた。

【続く】

資料費(書籍購入、映像鑑賞、旅費)に使います。