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(十二)夢の中にはもうひとつの幻想がある

夢のなかで、裸だった。

裸のまま、変な別れ方をしてしまった人たちと会った。

たぶんもう、現実では会わないのかもしれない。
会っても笑顔で会話することなんてないのかもしれない。

それでも夢のなかのその人は、屈託のない顔で笑っていた。

私は昨今の彼の仕事のことを「盛況だったみたいだね」と言って讃える。
彼がその仕事に挑む前には、失敗してしまえばいいのに、という後ろ暗い気持ちもあった。
それでも終わってみて、みなに賞賛されている彼を見ると、妬みや憎しみではなく純粋に喜びのほうが湧き上がってくるのだ。

現実で会っていたときよりももっと親しく、気楽に話しかける。
彼は照れくさそうに笑っている。
そういう表情を、そういえばあまり見たことはなかった。
長いこと相棒であったはずなのに。

裸の私は何も装うことなく、ただそのままの私だった。
思ったことを口にする、ただそれだけの私だった。

彼と別れて、裸のまま歩き出す。
それは何かのイベント会場で、私はこんな恰好では捕まってしまうのではないかと思うのだけれど、特にとがめられることもない。

壁際にシートを敷いて出店の準備をいている彼女は、現実ではいつも敬語で、私のことを「さん」づけで呼んでいた。
ひとつ年下の彼女は、経歴では私よりもずっと先輩で、いろんな仕事を教えてくれた人だった。

その彼女が、ちょっと苛立ったふうに、私の名前を呼び捨てで呼ぶ。
ブースを離れて話し込んでいた私に、思ったままに軽く文句を言う。
それがあまりに自然で気っ風がよくて、なぜ現実ではそんな間柄になれなかったのだろうと、私は夢のなかで思っている。

もっと、親しくありたかった。
遠慮なんかいらない。現実でも、もっと気軽に接して欲しかった。

私のほうが分厚い壁を着込んでいたのだろう。
思っていることを口にしてはいけない、と。

ぶつかり合うことや傷つけ合うことを恐れていた。
大喧嘩をして別れるのなら、それはそれでよかったのだ。

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