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(十四)夢の中にはもう一つの幻想がある

三十代にして、もう一度中学に入る決意をした。今日は卒業式である。教壇に立つのは藤本さきこで、Tが書いた花(アネモネだろうか?)の絵を黒板にチョークで写し取っている。

見ればクラスメイトには、中学の同級生と高校の同級生が交ざっている。机をきれいに並べて整えているのは、中学の同級生のSだ。高校ではそれぞれの机を小島のように離して並べていたけれど、中学ではふたつを一組にしてくっつけていた。片側が男子、もう片方が女子なのだ。

なぜわざわざ年頃の男女をペアにして座らせるのか、中学というところはよくわからないところである。Sは丁寧に、ぴっちり男女の机をくっつけて並べていく。そういえばこいつは、胸の大きな女子に後ろから頭を抱きかかえられて真っ赤な顔をしていたことがあったっけ。

机には濃い色と薄い色とがあり、Sはそれをグラデーションになるように綺麗に並べていく。壁の掲示物はすべて剥がされ、雑巾で拭われていた。私は掲示係だった。いつもエレベーターのあるところから、それぞれのクラスに配布される掲示物を持って行くのだ。

糊で壁に直接貼ったところもあったのに、そのベタベタまで拭われていた。どうしても痕が残ってしまうところには、赤い紙を短冊状に切って貼って隠している。

私は三十代にして中学に再び入学しようと思った日のことを思い返していた。教室で蜜柑を食べ、皮は捨てずにそのまま持ち帰る。

Bが軽トラックでT先生を送って行くと言う。Bは地元で農家の社長をやっているのだ。
「飛ばして行くぜ」と、得意げに言う。
先生は、「えー、Bの運転は荒いからなぁ」とぶつくさ言いながら、それでも助手席に乗った。国道の峠道でなく、旧道を通って沼田へ向かうようだ。


※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体、地名などとは関係ありません。

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