自分のキャパシティを知っておくということ

 最近、立て続けにものが無くなった。
しかも、どちらも盗まれたのだった。

 まず盗られたのは、財布
仕事でイベントの準備をしていて、控室のようなところに皆でまとまって荷物を置いていたところ、その間に盗まれたのだ。
 次に盗られたのは、化粧ポーチ
よく行く温泉施設で、化粧台の席取りをしようと、ものの5分置いていたすきに無くなってしまった。
まあ、これは自業自得といえばそうなのだが、この施設ではいつも多くの人が同じやり方で席取りをしているだけに、意外だった。

 人生で初めての盗難被害に、1か月のうちに二度も遭うとは、なんとも笑える話だ。
 いや、笑いごとではないし、自分の脇の甘さに反省してはいるのだけど…
今回書きたいのは、盗まれたことへのショックでも反省でもない。
それまで当たり前に手元にあったものが突然消えてしまったことで、空間や時間の使い方について考えさせられた、ということだ。

 空間や時間の使い方がうまい人というのは、どういう人なのだろうか。
私は、「自分の限界を分かっている人」だと思っている。

 空間の使い方が苦手な人、つまり片づけが苦手な人は、整理整頓以前にモノの量が多いということがある。どんなに効率的に使っても、物理的な空間には限界がある。それが分からないから、モノが増え続けて部屋が散らかったり、いっそのこと空間を広げてやろうと、やたら大きなカバンを常時したりする。
…まさに、最近の私である。

 また、時間の使い方が苦手な人は、スケジューリングが過密がちだ。「最悪でも間に合う」という発想ではなく、「予定通りにいけばなんとか間に合う」というギリギリの発想でスケジュールを組むので、少しでも予定が狂うと次の予定が押してしまう。しかも本人は、「まず間に合うだろう」という謎の自信があることが多く、自分自身の管理の及ばないアクシデントなど想定もしていない。
…これまたまさに、最近の私である。

 今回消えてしまったものは、いずれも毎日使うものだった。そのため、原状回復のための手続きをしたり、いつからなくなったのかを思い出すことは、自分の日々の生活の動線を振り返ることと同じだった。
 その中で見えてきたのは、自分の限界、キャパシティを把握しないままにモノを所有したり、スケジュールを組んだりしていたことだ。

 その人が一度に管理できることの総量は、工夫次第で増やせる部分はあるにせよ、人によってかなりの差があると思われる。私は平日は仕事のほかに1、2個、休日は一日あたり3~4個のタスクを抱えて動いているが、これはかなり限界に近い。このタスクが事前に考えることを要求する性質のものだと、特にきつい。
 ちょっと最近、予定を入れ過ぎだな。家を片付けたいし、頭の中も片づけたい…そんな気持ちがわきあがり始めた中でのこの事態だったので、正直深読みせざるを得ない。
 「仕事に支障をきたす前に、いらないモノ、重要でないタスクを整理しなさい」…今回のことは、「なくなるべくしてなくなった」のであって、何者かからのそんなメッセージなのかもしれないと、柄にもなく感じたのだった。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?