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Compass - Counterparts【和訳】

"近くにいれば幸福でいさせてくれる君は"
"遠くにいれば苦痛の大元に成り果てるんだ"

- Title: Compass (2013)
- Lyrics: Brendan Murphy (Counterparts)
- Album: 3rd Album "The Difference Between Hell And Home"


 日本の1リスナーである筆者による、非公式の和訳です。


 これは以前に同バンドの楽曲Collapseの和訳でも述べたことですが、Counterpartsの歌詞は全体的に難解で複雑な表現と見受けられます。語感や韻を優先することもありながら、ポエトリー的な歌詞表現も多く、言いたい内容が中心にある歌詞が多い傾向と思います。
 過去の和訳から時間が経ち、Counterpartsの楽曲をさらに聞くことで思ったことは、このような歌詞を書き叙情的な音楽を貫くヴォーカルのBrendanは自身に対して非常に厳格であり、自分はこうでなければならないという信念が強い人物ではないかということです。自分に向けた自責や叱咤の歌詞が多く見られます。

 一方で、彼の歌詞にはしばしば「君」に対する幸福や苦痛といった複雑な感情を正確に描写しようとする場面が見られます。そして複数の歌詞の中で、彼自身の「厳格さ」と誰かに対する「愛情」(愛も憎も含めたもの)は衝突する。

 自分を前へ押し進め、生きる実感を得るために必要な厳格さと、誰かを愛し愛されたいという根源的で確かに存在する愛情。これらの板挟みになり、引き裂かれ、それでも叫びを伴って前進し続ける姿勢が、Counterpartsの楽曲で描写されているのかもしれません。

 この楽曲は歌い手に起きている停滞や自責といったネガティブな歌詞から始まりますが、この歌詞はただナーバスなだけではなく、何か切羽詰まった、自身を奮い立たせようとするような強い力を感じます。


The weight came and went and took my will to live
Spoiled by defeat, forced to drown in what's left of me
That's when breathing became routine
And I could feel myself fading

重い苦しみが去来し、生きる気力を奪っていった
俺は敗北にただ甘やかされて、この手に残ったものにひたすらに溺れる
息をするのがいよいよ嫌に思えてきて
力が入らなくなっていくんだ

No direction, I am a compass
Constantly spinning
Constantly spinning

目標を見失って、回り続けるコンパス
常に、回り続ける

Constantly searching for the end
Never reaching our destination

絶え間なく終わりを探して
決して目的地に辿り着くことはない

But the goal was never when
Or where
Or who...
It was only you

いつだって辿り着く場所はなかった
どこでもない、他の誰でもない
君だけが……

I appeared in your arms as if I had been born there
You promised you'd never let me go
But I don't know what I believe anymore
what I believe anymore

君の腕の中で生まれたように眠って
ずっと一緒だと言ってくれた
今は何を信じればいいのか分からない
これ以上、何を信じればいい?

Affection allowed me to let the light in
The fear made me whole again
Help me rebuild my broken bones
Help me regain my sanity

愛情は俺に一条の光を与えてくれた
恐怖は俺に再生の息吹を与えてくれた
バラバラに砕けた俺を立て直してくれ
もう一度正気を取り戻させてくれ

But with caution always present
Our pasts manifest themselves
And we act as if this is what we deserve
But I refuse to fail again

息を潜めて佇む俺たちの過去が
全てを明るみにする
そして俺たちは、これが相応しい罰であるかのように振舞う
でも俺は過ちを繰り返したくはないんだ

I'd force my ghost to write your name in the flowers on my grave
I watched the world give up on me

最早失われた俺の影に
君の名前を擬えた花を
俺の墓標に刻ませる
世界はとうに、俺のことを諦めたよ

I used to spend my nights praying for air in my bloodstream
Now I long to feel your breath pass throughout my arteries

一人同じ呼吸を繰り返す夜を、ただ祈って過ごしてきた
どうか、君と同じ呼吸で、過ごさせてはくれないか

The goal was never when
Or where
Or who...
It was only you

いつだって辿り着く場所はなかった
どこでもない、他の誰でもない
君だけが……

I appeared in your arms as if I had been born there
You promised you'd never let me go
But I don't know what I believe anymore
what I believe anymore

君の腕の中で生まれたように眠って
ずっと一緒だと言ってくれた
今は何を信じればいいのか分からない
これ以上、何を信じればいい?

Fill me with your faith and let me leave
二度と思い出さなくていいように、思い出で満たしてくれ

I'm scratching at my skin to take my mind
Off the absence we've created
The lines blur together like the veins in my arms
And I wish I wasn't so alone
You are the difference between hell and home

肌を掻きむしって、忘れようとしている
俺達自身が作り出した互いの不在を
静脈のように薄れて見えなくなっていく言葉達
孤独でさえなければと言い聞かせる
近くにいれば幸福でいさせてくれる君は
遠くにいれば苦痛の大元に成り果てるんだ

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 歌詞と曲に関して言いたいことがありすぎてまとまらないので、「訳の理由」にて順番になぞりつつ解説していきます。


-訳の理由-

■「息をするのが退屈」で始まる歌詞

The weight came and went and took my will to live
Spoiled by defeat, forced to drown in what's left of me
That's when breathing became routine
And I could feel myself fading

重い苦しみが去来し、生きる気力を奪っていった
俺は敗北にただ甘やかされて、この手に残ったものにひたすらに溺れる
息をするのがいよいよ嫌に思えてきて
力が入らなくなっていくんだ

 有志解説によると、この部分のroutineは単なる「作業」ではなく「退屈」といったネガティブな意味合いで使用されているとのことです。

Breathing is something that we learn so natural because we exist. At this point he’s so exhausted with doing something that comes as natural as breathing, has now practically become something that seems like to be a struggle.
呼吸とは我々が生きるために必要なものであるため、ごく自然に学ぶ事柄の一つである。この時点で歌い手は呼吸と同様に自然なことを実行する事にも大きな疲れを感じており、今ではその苦痛と抗っているように見える。

 しかも「呼吸」という生きるために不可欠な作業をroutineと形容している(退屈だと思っている)ことから、いわゆる鬱の状態と結びつける方もいます。

He’s also saying that breathing, which we need to do in order to live, has become routine. Routine generally signifies boring or mundane. With these lines he’s saying that living has become boring, which is credible as he has noted in many songs that he suffers from depression which typically causes suicidal thoughts.
彼はまた、生きるために我々がしなければならない呼吸は、彼にとって「日常的」になっていると言っている。「日常的」とは一般的に退屈・平凡を意味する。このことから、彼は生活を退屈に感じていると推測することができる。この歌詞から考えると、彼は多くの楽曲で彼がうつ症状(特に、希死念慮を引き起こすもの)に苦しんでいると述べていると考えられる。

 個人的にも概ね上記の意図と解釈し、呼吸するのも辛いと言っていると考え訳しました。routineの前段の歌詞ではdrown(溺れる)と言っており、drownの行とbreathing became routine(呼吸が退屈なものになった)の行の二つで、歌い手は溺れている状態であり、呼吸をするのを最早諦めた(水面に上がろうと藻掻くのをやめた)ということではないかと思います。
 願いが叶わなかった悲しみに明け暮れ、そこから抜け出さず溺れたままで、力が徐々に抜けて行く感覚に身を任せて、呼吸をすることを忘れて行く。非常にナーバスで、自発的なモチベーションとしてはどん底の状態であることがよく分かる、そんな始まりを示す歌詞に見えます。


■🧭「コンパス」という単語が表すBrendanの人間性

No direction, I am a compass
Constantly spinning
Constantly spinning

目標を見失って、回り続けるコンパス
常に、回り続ける

 このcompassについては、有志解説にて別々の方が全く別の観点から解釈しており面白いです。

Compass needles can only move in a circle. The needle may cover a great total distance through spinning, but it will still be in the exact same place it started.
コンパスの針は円状に回ることしかできない。回転によって膨大な距離を進めるかもしれないが、開始した地点からは一歩も動いていない。

 このcompassの解釈については上記の歌詞の後であるNever reaching our destination(決してたどり着けない)と一致する部分があってかなり腑に落ちます。歌詞の通り「目標を見失っている」に加え、「進んでいるつもりなのに一歩も進んでいない」というハムスターの回り車のような状態を示しているのがcompassではないか、というのがこの解釈です。
 確かに歌い手は非常に質量の高い感情を吐き出しているものの、彼の本当に願う場所には手が届かず、高いエネルギーを使って大きな空回りをしているような印象を受けます。歌い手が自身のことをcompassであると自虐しているとも考えられます。

It also refers [in my opinion] to the constantly spinning(deliberating) mind that never stops thinking.
私見だが、思考を止めず絶えず回転する(熟考する)精神を示していると考えられる。

 この2つ目の解釈が結構好きで、ここまでネガティブな意味でcompassという単語を吐露してきた歌い手に対してこの発想は別の切り口だなと思います。compassは考えることを辞めない姿勢、一歩も進まないとしてもエネルギーを蓄えて澱みを放つ機会を待っているように、深い思考に潜る姿勢ではないか、という解釈っぽい。
 この「思考を止めず絶えず熟考する」というのは、叙情ハードコア、特にCounterpartsのBrendanという人物像に十分すぎるほど当てはまる気がしますこんな激情に駆られたような音楽をしていて、こんな複雑な歌詞で考え抜かれた歌詞を書いていて、しかもボーカル以外初期のメンバーがいないバンドでもある。まさしく一人であろうと進撃する、壁にぶつかろうと思考を諦めない彼の姿勢が非常によく表れているのかもしれない、と思いました。Brendan自身はcompassについてそう解釈されると思っていないかもしれないけど、このGenius Lyricsの有志解釈はすごく腑に落ちるなあと第三者目線で思う次第。
 こういう絶えず何かを突き詰めようとする姿勢が入った歌詞は個人的にめちゃくちゃ好みです。


■恐怖(fear)によって生かされている

Affection allowed me to let the light in
The fear made me whole again
Help me rebuild my broken bones
Help me regain my sanity

愛情は俺に一条の光を与えてくれた
恐怖は俺に再生の息吹を与えてくれた
バラバラに砕けた俺を立て直してくれ
もう一度正気を取り戻させてくれ

 The fear made me wholeという表現について、はじめは「恐怖に覆い尽くされてしまう」というネガティブに恐怖を捉えた言葉かと思いましたが、make me wholeというイディオムの用例を探すと完全にポジティブな表現のようです。You make me whole(君が僕を完全にした=君がいないとダメだ)という表現もされるくらいで、make me wholeは非常にポジティブ、相手を肯定するニュアンスの熟語です。
 となると歌い手は恐怖に対して「君がいないとダメ」と思っているということで、前段の「愛情が俺を照らしてくれた」と同列に「恐怖が俺を完全にした」と肯定して扱っています。
 この心境について、個人的には非常に共感できます。恐怖は一見ネガティブな感情ですが、それがもたらす豊穣は実のところ計り知れません。未知への恐怖によって人は悪い選択を回避できるし、現在がただ続いた先の未来を幻視しそこから恐怖に駆られて未来を変えようと選択することができる。恐怖は様々な行動の母であり、恐怖という制約がなければ行動できなかったことも非常に多いと、私見ではありますが強く思います。恐怖は、恐怖を抱かせる対象に意識が釘付けになる。それは他に注力できなくなってしまうという短所を持ちつつも、その対象に限りなく集中できるという利用できる長所も持っているのです。
 恐怖を抱かない時、安心に浸かっている時は、何の成長もなく、むしろ自己嫌悪や焦りに苛まれることも多い。まさしくこの曲の歌詞の冒頭で出るspoiled by defeat(敗北に甘やかされる)、to drown in what's left of me(この手に残ったものに縋り溺れる)という状態によって、breath became routine(呼吸を退屈と感じる)、feel myself fading(自分が弱っていくのを感じる)が生み出される。停滞や安定こそが前進と集中を妨げる余計な考えを生むものだと、僕も考えています。そんな時、この部分の歌詞のように、以前の自分を取り戻すことに焦がれたりします(rebuild my broken bonesやregain my sanity)。
 この歌詞では、以前の生きることを求めていた自分について、愛情や恐怖を糧に生きていた、だからあの時の愛情や恐怖という感情こそが自分をもう一度再起させてくれるはずだと歌い手は考えているのではないでしょうか。


■君の名を花で表現する

I'd force my ghost to write your name in the flowers on my grave
I watched the world give up on me

最早失われた俺の影に
君の名前を擬えた花を
俺の墓標に刻ませる
世界はとうに、俺のことを諦めたよ

 write inは単純に「~に書く」という和訳ができる一方で、「感情・性質などを、顔・心などに、書いたようにはっきり、示す、表す」という読み方もあるようです。
 これを踏まえるとto write your name in the flowersは「君の名前を花に彫る」という直訳よりも「君の名前を花を使って表現する」、すなわち「君の名前を、君を擬えた花で表現する」という表現が合う気がします。人物名の由来が花の名前であることは往々にしてあるし、「君」がそんな名前でなかったとしても、偲ぶ誰かを花に擬えるというのは、よく見られる美しい表現です。

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 Compassが収録されるアルバム"You are the difference between hell and home"のジャケット。Compassの歌詞の「君」との関連か定かではないですが、右から2番目に花が掲げられています。ちなみに、花言葉とかを考えるのが好きで花を特定しようと試みましたが、おそらくバラ(造花っぽい?)かと思います。シンプルに「情熱」「愛」の意味を持ちますね。もし違う花だったらご指摘いただければ幸いです。


■「どうせ息をするなら同じ空気を吸いたい」

I used to spend my nights praying for air in my bloodstream
Now I long to feel your breath pass throughout my arteries

一人同じ呼吸を繰り返す夜を、ただ祈って過ごしてきた
どうか、君と同じ呼吸で、過ごさせてはくれないか

 英文と翻訳を見合わせると、僕の方が凄まじく意訳していることが分かるかと思います。これはair in my bloodstreamやbreath pass throughout my arteriesに対して、単に「血流に空気が通る」ではなく、「呼吸によって取り入れた酸素などの空気が、血の中に入る」といった表現だと解釈したためです。特に重要なのは、この楽曲の冒頭の歌詞にもあったbreath(呼吸)に関連する動作であることです。単に直訳すれば流れを掴むのが少し難しい文ですが、breathに対して「退屈だ、息をするだけでも辛い、死んでしまってもいいかもしれない」に近いほど無気力であった歌い手のことを思い出すと、読み方は一気に変わります
 一文目は「自分の血液に流れる空気に祈っていくつもの夜を過ごしてきた」という文章になりますが、前後の状況を踏まえると、歌い手は夜を「孤独に、一人で」過ごしてきており、自分の血液の中の空気を意識するということは「自分の呼吸を一回一回数えている、祈るほどに慎重に」という、呼吸に集中している状況であることが理解できます。寄り添う者のいない長い夜の中で、うんざりするほど、無意味に思えるほど繰り返す自身の呼吸だけが正気を保つ寄る辺だった。そういう光景が一文目から感じられます。
 そして二文目では「今は、君の呼吸が動脈を伝うのを感じたい」と言っています。これは一文目を踏まえると、「孤独な呼吸」を「君と二人」という状況に変え、「君と同じ空間で同じ息を吸いたい」「同じ空気で過ごしたい」と言っているのではないかと考えられます。
 この歌詞をI miss youとかYou're the shineとかの分かりやすい表現で片付けてしまうこともできるかもしれませんが、前段のbreathに対する「退屈」という歌い手の価値観を踏まえ、それに対して「君と一緒ならば退屈ではない」という、「君」を歌い手の価値観や状況を大きく変える役割として描写するのは、ありふれたイディオムよりも深く「君」に対する歌い手の感情を表現できているのではないかと思います。ここからも、言葉の表現に重きを置いた、非常に練られた歌詞であることが分かります。


■依存の願望と脱却の渇望

Fill me with your faith and let me leave
二度と思い出さなくていいように、思い出で満たしてくれ

 この歌詞については、直訳してみるとまず矛盾を感じました。Fill me with your faithは「(頭の中を)君のことでいっぱいにしてほしい」という依存を懇願する一方で、let me leaveは「放っておいてくれ」という脱却を渇望している?どっちなんだ?という感覚です。
 これは英詞でよく見る一種の中毒症状、あるいはそれに類似する感覚を表現しているのではないかと考えました。「君」のことをずっと考えてしまうし求めてしまうけれど、そんな状態がよくないことを頭では分かっていて、脱却したいし忘れさせてほしい。ダメだと分かっていながら買い食いや間食を挟んでしまうのと同じで、止めないとより酷い状態になることが分かっているのに、本能的にそれを求めてしまって止められない状態。それを「君」に対して抱いていると考えられます。
 これはある種の「望まぬ癒着」「(相互あるいは一歩通行の)依存関係」だと思われます。「君」を身近な何か、依存を感じさせる何かに置き換えるとより理解しやすいと思います。Fill me with your faithでは「もう十分だと言うほど君を堪能させてほしい(飽食させてほしい)」と言っていて、そしてlet me leaveにて「(飽食によって)一生君がいなくても生きていけるようにしてくれ」ということを言っているんじゃないかなと思います。
 もう十分だと言えるくらいに君を堪能してから僕の下を離れてほしい。それができないならもう忘れさせてくれないか。そういう意味だと解釈し、「思い出で満たしてくれ」という和訳にしました。この解釈はCollapseの終幕の歌詞っぽさもありますね。

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 Collapseの歌詞とその翻訳。「君を愛したい、それができないなら一人で行ってくれ」という歌詞は、Compassの「君を限りなく堪能してから一人にしてほしい」という歌詞に似ていると思います。アルバムの時系列としてはCompassよりもCollapseの方がリリースが後ですが、この間もBrendanの主張として「君」が他に代えがたいほど重要であることは変わりありません。CompassからCollapseで変わった点としては、相手自身の立場を尊重する姿勢で言葉を紡いでいる点だと思います。「僕を満たして」から「君が幸せなら」という言葉への変化は、彼の姿勢がただ厳格なだけでなく柔和になったことを示しているように思えます。アルバム全体の歌詞を見たわけではないので、もしかするとCompassのアルバム中でもそのような柔和さを見せているかもしれませんが……。


■アルバム名"You are the difference between hell and home"とは

I'm scratching at my skin to take my mind
Off the absence we've created
The lines blur together like the veins in my arms
And I wish I wasn't so alone
You are the difference between hell and home

肌を掻きむしって、忘れようとしている
俺達自身が作り出した互いの不在を
静脈のように薄れて見えなくなっていく言葉達
孤独でさえなければと言い聞かせる
近くにいれば幸福でいさせてくれる君は
遠くにいれば苦痛の大元に成り果てるんだ

 この曲が収録されたアルバム"The Difference Between Hell And Home"を引用したフレーズで歌詞が締めくくられます。このフレーズについてどう訳したものか悩みましたが、例によって有志の解釈に助けられて答えに辿り着きました。

The lyric also suggests that when the vocalist is with the person, they are at home. When they aren’t with them, life is hell.
この歌詞は、歌い手にとって誰かと一緒にいる時こそ「帰るべき家」であり、誰も一緒にいない時は「地獄」と化すということを示している。

 hellとhomeが文字通り「地獄」と「(安心できる)家」を示しているとすれば、the difference between hell and homeとは「天国と地獄の違い」と訳することができます。そしてこの楽曲の歌詞ではYou are the difference between hell and homeとなっていますが、これは「君は(まるで)天国と地獄の違い(のよう)だ」という直訳になります。
 この歌詞はどういうことか、上記の有志解釈も踏まえて考えると、「君は天国であり地獄である、極端な存在だ」ということではないでしょうか。

 有志解釈ではこの歌詞をさらに詳細化して、「君がいない=地獄、君がいる=天国」という図式だと読み解いています。
 「君がいるいないでhellかhomeかが分かれているというのは、いささか飛躍した解釈ではないか」と僕も一瞬思いましたが、前段の歌詞にて「孤独の苦しみ」にスポットが当てられた後のこの歌詞となっています(take my mind off the absence(不在が心をかき乱す)、I wish I wasn't so alone(自分は孤独ではないと願う))。このことから、hellとhomeを隔てるものは「君のいる/いない」であると考えられます。
 上記を踏まえると、歌い手にとって君という存在は、共にいられたなら安心できる幸せだし、遠く離れてしまったら途轍もない苦しみを生む。それがYou are the difference between hell and homeと発した歌い手の真意ではないでしょうか。



 以上の翻訳とそれに付随する解釈により、この楽曲は
・磁場を見失ったコンパスのように、目的地を探して回り続ける歌い手
・敗北と停滞の安寧に浸った気だるさからの脱却の渇望
・君だけが目的地であるという心地よい依存とそこからの脱却の願望

 このあたりを描写しているように見受けられました。
 この歌詞の辛いところは、前に進むため、方位を見失い空回った状態から方位を定め力を最大限注ぎ込む状態へと変化するために、最も美しい思い出を取り去らなければならないことにあると思います。
 自分にとって大きな指針であり、かつて愛情に類するものを抱かせ奮起させてくれた「君」がいなくなったこと。そして、「君」といた日々を取り戻したいと願いつつも、それは愛情と未来への恐怖で成り立っており、愛情を取り戻せない現状はどちらも失った停滞の状態であること。本当に自分を再起させるためにはかつての「君」が与えてくれたものを忘れ、新たな愛情や恐怖で自分を塗り替える必要があるということ。そのジレンマの間で歌い手は苦しんでいます。

 途中でも述べましたが、Brendanというヴォーカリストは非常にストイックな姿勢の持ち主で、思考を止めず前進することを是としている風があります。そんな彼の持ち前の厳格さは、彼が最も愛する離れてしまった「君」の渇望という本能と離反して、彼の内面を引き裂いているのではないかと考えられます。
 前に進もうと振り払う勢いで踏み出す自分と、後ろ髪を引くように、足を引っ張るように元の場所から離れたくない自分が衝突して、その間で本心が引き裂かれている。この耐え難い苦しみこそが、この歌を構成するメッセージとして溢れ出しているように見えます。


 「恐怖こそが自分を形作ってきた」という表現には、彼の感情と行動のメカニズムが凝縮されていると感じます。
 否定的な言い方になってしまうかもしれませんが、自身への厳格さは裏を返せば自分への自信の無さを象徴している可能性があります。自分が情けない、こんな自分ではダメだ、こんな自分では憧れに見合わない、自分はこんなはずではない。そういった今の自分に対する自責が根底にあり、そういった感情が「自己嫌悪」や「このままではまずいという恐怖」、「変わらなければという強迫概念」を生み出す。そうした大きな感情は、「変わらなければ」「少しでも成果を出さないと」という意識へと変わっていく。それは歌詞のように、彼が彼自身を苦しめる要因にもなっています。
 しかし、彼の音楽活動をここまで押し上げて、あまつさえ彼自身が抱いていた「呼吸が退屈だ(死んでしまいたい)」という感情を抑圧しこの先も生きようと奮起させたのは、紛れもなくこの自身に対する厳格さにあるのではないでしょうか。その時々で自分を否定して壊し、怠惰の延長の先にある未来に対する恐怖によって前に進むという姿勢。
 「自身を否定することで死にたくなるのに、自身を否定することで生きる気力が湧いてくる」というのはマッチポンプな行動原理であり、袋小路と呼べるかもしれません。ならば「君の愛情は、そんな出口のない迷路から彼を救い出した要因なのではないでしょうか。そうであるなら、彼が「君」に強く依存していることに納得ができます。

 彼はきっと、自分を否定することで前進してきました。しかしそれによって、彼自身の足を鈍らせもするという矛盾を抱えていました。そこに現れた「君」はまさしく彼の前進を大きく支えたものだったのではないでしょうか。それを失った今、彼はまた持ち前の厳格さにより、自身の否定による前進と停滞を繰り返している。
 そんな破壊的な行動原理と、彼の指針を示した愛情の喪失が故に、彼は方位を失い回り続けるCompassになったのではないか。という風に、本楽曲を翻訳していて思いました。

 その後彼がどうなっていくのかは、記事中でも紹介した他のCounterparts楽曲の歌詞をご覧いただければと思います。今後もまた新たに訳すかもしれません。

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 ネタバレですが、Compassが収録された3rdアルバムのリリースから4年後の5thアルバムの楽曲You're Not You Anymore(アルバムタイトルと同じ曲名の楽曲)にて、歌い手は「君」をとうとう諦めるといった過程が描かれます。
 今回Compassを訳したことでの新たな発見として、Compass→Collapse→You're Not You Anymoreの楽曲は全て「君との関係」を歌っているものの、歌い手が意識している対象が段々と「自分自身→君のこと」に遷移しているように見えました
 自分自身に意識を向けていたCompassでは「この苦しみは自分が悪い」、相手への気遣いを見せていたCollapseでは「苦しいけど君にとって一番いい方法が嬉しい」、そして相手の視点を長く見つめた後のYou're Not You Anymoreでは「もう終わらせるしかない。君はもう君ではなくなってしまったから」……といった風に、相手の立場で考える度合いの向上と、関係の終わりは逆相関になっています。相手の立場もしっかり尊重して考えるほど、この関係の異常性に気付いてしまった。そういった過程が見受けられます。
 バッドエンドと捉える方もいるかもしれませんが、個人的には歌い手自身が考え抜いて耐え抜いてこの結論に至ったのは一つの計り知れない成果だと思うのです。ただ相手に依存して気付かぬうちに立つこともできなくなるより、Compassのごとく方位を見失ってでも必死で熟考し辿り着いた場所が「この関係はダメなんだ」という自覚なのであれば、確かに悲しいかもしれませんが、それは彼が自分で考えてそこに辿り着いたことに意義があるなと非常に思うのです。彼は確信を持った上で互いの幸せのために先へ進むことを選んだのですから。彼の厳格さは、確かに彼を推し進めました。
 こうして見てみると、5thの次の6thアルバムの曲の歌詞も訳してみたいなあ、関連がないかなあ……とか思ったりしますね。


 以上となります。ご興味があれば、今後もBrendanの歌詞をご覧いただければ幸いです。ありがとうございました。