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存在するすべてのものの源と一つである私たち- なまけ者のさとり方21

私が意識しようとしまいと、私は存在するすべてのものの源と一つである。
私が感じていようといまいと、私は宇宙のすべての愛と一つである。
(なまけ者のさとり方P108-109)


私たち人間は誰でも、今、そのままで完全なのです。

今どんな意識レベルの人も、皆、完全で完成していて、どこかを変えなければならないということはありません。

意識のレベルが変わってきたとしても、その変化もあり様も、また完璧であり、意識のレベルがどこかで固定されていなければならないこともありません。


私たちは、宇宙のすべての存在と一体であり、エネルギーなのです。

なので得るものも失うものも本当は何もないのです。

目に映るすべてのものが、私たちの内側の表れであり、自分自身です。

私たちは、自分で自覚している顕在意識だけで自分というものを捉えがちですが、実際は、すべては繋がっているのです。


何かや誰かのことで不安でたまらないなら、バイブレーションのレベルを上げ、愛を広げていくことが、良い方向へ変化をもたらすための唯一の方法です。

エゴとは、危険にさらされている緊張感があると気分良く感じるものなのです。

ネガティブな試練にあっていると、高揚した気分になりエネルギッシュになります。

エゴは生き延びるために危険を想定し、あれこれ心配したり悩んだりするのが好きなのです。


私たち人間は、生物の中で唯一、自分で自分の敵になることによって、ネガティブな緊張を保ってきたのです。

かげろうみたいな人生の問題にあれこれ文句を言って、楽しんでいるのです。

そのような自分のエゴを小さくする方法は、そんなエゴをそのまま愛することです。

そしてもっと軽く生きたければ、バイブレーションのレベルを上げ、愛を広げていけばいいのです。


私たちはエゴに頼らなくても生きていけるのです。


私たちが意識しようとしまいと、私たちは存在するすべてのものの源と一つです。
私たちが感じていようといまいと、私たちは宇宙のすべての愛と一つなのです。



🔗 なまけ者のさとり方 (PHP文庫) 


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