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『日本列島の背骨――中央分水嶺を旅する』ノート

栗田貞多男著
世界文化社刊
 
 〝分水嶺〟という文字を久方ぶりに見た。分水嶺(分水界)は地理用語で、簡単にいえば「雨水の流れる方向を分けている境界のこと」であり、日本列島の河川の流域を日本海側と太平洋側に分けている自然界の境界のことである。
 山の尾根(稜線)が分水界である場合がほとんどなので、分水嶺という。さらに正確に言えば、地表面に顕れている分水界は「地表面分水界」だ。地下水も分水界があるそうだ。
 なおこの本では、平地にあるものを分水嶺と区別して分水界と呼んでいる。(平地にあるの? と思われた方は、もう少し読み進んで下さい。)
 この言葉は、「人生の分水嶺」などと重要な岐路に立った時のことを修辞的に使うこともある。
 
 250ページあまりのフルカラーで、分水嶺近くの詳細な地理的解説や地図、四季の山々や風景、高山植物や生き物の写真、ところどころに挟まれた著名な登山家のエッセイなど、読み応え、眺め応えのある文庫本だ。読み終えたら、日本中の山を登った、というのは大げさだが、知った気になった。
 中にはいくつか登った山もあり、また行きたくなった。ちなみに著者は著名な写真家だ。
 
 さて、日本列島の分水嶺は北方領土を除く日本列島最北端の北海道・宗谷岬から本土最南端の鹿児島県の佐多岬までの総延長約4,500キロメートルにもなる日本列島の脊梁ともいうべき存在である。このいわば本線のほかに、北海道の知床支嶺、日高支嶺、琵琶湖の北東部辺りから分かれて四国を横断する四国支嶺、九州の英彦山から西に分かれて大村湾辺りまで続く背振支嶺がある。この支嶺を合計すると約6,000キロメートルにもなる。
 
 珍しい箇所をいくつか紹介する。
 北海道の中央分水嶺から分岐する知床支嶺の始点にある三国山は、日本海と太平洋そしてオホーツク海の3海域に流れ落ちる唯一の大分水点である。
 北海道のもう一つの支嶺である日高支嶺は、徐々に高度を落として襟裳岬まで南下してそこからさらに海底2キロメートルまで続いているそうだ。
 また北海道には中央分水嶺(分水界)の最低標高地点(標高20メートル)が新千歳空港付近にあるとのことだ。ちょっと想像がつかないが、そこでペットボトルから水を流してどうなるか見てみたいものだ(笑)
 
 逆に中央分水嶺の最高標高地点は、乗鞍岳(標高3,026メートル)、2番目は八ヶ岳の赤岳(2,899メートル)で、これらの地点では東側に太平洋、西側に日本海方面を一望出来るそうだ。
 
 読み進んでいて気がついたが、日本アルプス(北・中央・南)の高峰は中央分水嶺に属していない。それは、北アルプスの水系はほぼ日本海へ、中央・南アルプスの水系は太平洋に注ぐために分水嶺にはなっていないからだ。
 
 中央分水嶺の四国支嶺は、紀伊半島から四国の石鎚山を通り、四国最西端にある日本最長の岬である佐田岬から豊後水道の海嶺(海底にある細長い山脈状の地形のこと)を進んで大分県佐賀関に上陸し、祖母山を通って阿蘇山で九州の背骨となっている中央分水嶺に突き当たる。
 そして中央分水嶺は鹿児島県佐多岬でゴールとなるが、実は海嶺で沖縄諸島まで連なっているのである。読み終えて、まさに日本列島の成り立ちをなぞったような気がしてきた。

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