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『物理学者のすごい思考法』ノート

橋本幸士著
インターナショナル選書
 
 この本は日常の何気ない出来事を、理論物理学者である著者がつい「物理学的思考法」で考えて捉えようとするという、ちょっと普通の人とは違った日常を描いた科学エッセイ集である。ところどころに出ている奥さんとの会話も関西弁ということもあるが、軽妙で完全に夫を呑んでかかっているのも力関係がわかって面白い。
 
〈無限の可能性〉の章では、スーパーマーケットに1,000種類の食材があると近似――物理学者は、いろいろなものを〝近似〟することに至福の喜びを感じるそうだ。これを〝近似病〟といい、物理学者の職業病だそうだ――して、そのうち5品を使って料理を作ろうとしたら、料理の種類は何種類できるかという問題をたてる。この際、味は関係ないものとする。するとその数は10の15乗つまり1000兆通りになる。これを「組み合わせ爆発」と呼ぶそうだ。
 これをさらに地球上の全人口を実際は78億人程度だが計算しやすく100億人と近似(またまた出ました!)し、全人類が料理人であると仮定してその料理人が1日3食の料理を考案するとした場合、このスーパーの食材のすべての組合せを試すのに、100年かかるということになる。料理人が一人なら、1兆年かかる。私たちが棲息するこの宇宙の年齢はいま138億年と言われているので、この宇宙の年齢の7倍以上かかることになる。このように見ると、「料理には無限の可能性がある」といっても科学的に過言ではないことになる。
 
 もっと身近な現象として、自転車のチェーンロックを取り上げている。これに使われている4桁の番号の組合せは1万通りあるので、1秒に1個の組合せを試していけばおよそ3時間ですべての可能性を試すことが出来る(筆者注:正しい番号の組合せになり、チェーンロックが解錠されるのに最大3時間かかるということ。早ければ1秒後に解錠できるかもしれない)。
 もし自転車置き場で3時間もチェーンロックをいじっていれば怪しまれるに違いない。これが3桁のチェーンロックでは1000通りになり17分間で全組合せを試すことが出来る。だから3桁のチェーンロックは解錠されやすく、盗まれやすいことになる。
 
〈人生における数字〉の章では、著者の娘さんが16歳の誕生日を迎えた時に、「もう太陽の周りを16周もしたんだね」と感慨深く感想を伝えたら、娘さんが妙な顔をしたそうだ。たしかに地球が太陽の周りを一周する公転は1年かかるので、16年というのは16周したことで間違いはない。物理学の法則にミクロでは従っている私たちの命が、太陽の周りを公転するという驚異的な長さの時間、無事に生命活動を持続できることこそ、本当に奇跡的だと著者は感じたのである。
 一方、数字は残酷だ。人生80年として365日を欠けるとおよそ3万日。なんだか人生そんなものか、無限ではなかったんだと小学生の時に計算して非常に驚いたそうだ。

 そういえば、スマートフォンのアプリに「Dreamdays365」というのがある。いまもあるかどうかわからないが、これに誕生日を入れるとこれまで何日生きてきたかが正確にわかるのだ。誕生日だけでなく、何かの記念日を入れてみて、これまで何日経ったか見てみるといい。私がこのアプリをたまたま見つけて、自分の誕生日を入力してこれまでの経過日数を眺めた時に、そんなものなのかと驚いた。人生は短いのだ!
 
〈視覚を操って宇宙を感じる〉という章では、次のようにやって見ようと提案する。
「朝早起きして、昇ってくる朝日を眺めよう。太陽は東の空に現れ、右斜め上に昇っていく。そこで、斜めに昇っていく様が、水平に見えるように、頭を左に傾ける。そして想像する。今の頭の向きが、地球の自転の軸なのだ、と」。これで自分の視点を日常から一気に宇宙空間から見た地球という視点へと連れて行ってくれるという。
 
 このほか、エスカレーターや、餃子づくりやたこ焼きなど、私たちにはありふれたことについて、著者は問題を設定し、数学あるいは物理学で解けるように近似値を設定して計算し、予測する面白い話が満載だが、残念ながら紙幅が尽きた。

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