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桜とFlower Power, そして未来へ

今年のお花見シーズンは少し遅れてやって来た。
4月から新生活を始める人たちの門出を祝うかのように、文字通り桜色の花びらが街を彩っている。花が咲いて初めて、「あぁ、ここにも桜の木があったんだ」と、気づかされる。
街のあちらこちらで、ふと立ち止まり桜の花をそれぞれのスマホに収める姿がある。普段せわしなく過ごす私たちに、心のゆとりをもたらしてくれるのも桜の成せる技だろうか。

日比谷公園にて

インバウンドで日本でのお花見を楽しむ海外の方も多くおられるが、世界各国でも日本から贈られた桜の花が見ごろを迎えているそうだ。
米ワシントンD.C.の桜まつりは有名だが、その昔ベルリンの壁と呼ばれた場所には、日本中の方々からの寄附にょって9000本もの桜が植えられ、立派な桜並木になっているのを知って驚いた。今では「日本桜まつり」が開催されるまでになっているという。花の力の何と素晴らしいことか。

二年前、まだ冬の寒い日。ロシアによるウクライナ侵攻が始まった。
確かその二日後だったと思う。居ても立ってもいられず、友人らと即席のプラカードを手に渋谷のデモに参加した。
あれから既に2度目の春を迎えてしまった。

ロシアでは、前線に送られている夫や息子、恋人たちの一日も早い帰還を求めて女性たちが行動を起こしている。プーチ・ダモイ(我が家への道)と名付けられたネットワークが立ち上げられ、動員兵たちの妻や母親、恋人たちが、当局の圧力に屈することなく声を上げ続けている。
モスクワの赤の広場近くの「無名戦士の墓」に、赤いカーネーションを手向ける女性たちの姿を見て、一枚の写真を思い出した。

フランスの報道カメラマン、マルク・リブーによる一枚の写真。わずか一枚だが、動画で見ることができた。

1960年代のアメリカでは、愛と平和、多様性、女性の権利、社会における様々な問題に対して若者たちが声を上げていった。ヒッピーと呼ばれた彼らは、愛と平和を象徴として花を身に着けていたことから、フラワーチャイルド(フラワーチルドレン)とも呼ばれるようになった。

1967年のこの日、武装した警備隊の前に進み出たのは、彼女ひとりだけではなかった。

「武器ではなく花を」

活動のスローガンのままに、彼らは目の前に突き付けられたライフルの銃口に花を挿していったのだ。

日比谷公園にて

どうか、この先の未来を生きる子どもたちが、花を花として純粋に楽しめる世界になりますように。そう祈らずにはいられない。
少し先を生きている大人として、戦争や紛争など起こりえない世界にするために、これからも自分に出来る限りのことをしていきたい。

ただありのままに花を咲かせ、あとは潔く散っていく桜を前に、自ずとそんな思いが湧いてくる。
これも花の持つエネルギーの賜物かもしれない。


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