見出し画像

[英詩]バラッドの基礎知識(1)

※ 旧「英詩が読めるようになるマガジン」(2016年3月1日—2022年11月30日)の記事の避難先マガジンです。リンク先は順次修正してゆきます。

物語を歌で伝えるバラッドは英詩のジャンルの中で最も古いもののひとつです。700年以上の歴史があります。

しかし、現代にも生きています。多くのフォーク・シンガーがバラッドを用いて歌います。典型例のひとりがボブ・ディランです。

ノーベル文学賞委員会がディランへの授賞理由として挙げた "for having created new poetic expressions within the great American song tradition" はじっくり考える値打ちがあります。

〈偉大なアメリカの歌の伝統の中に新しい詩的表現を創りだしたがゆえに〉

この「中に」(within)は重要です。ディランの詩の新しさは米国の歌の伝統の中に創りだされたのです。その伝統とは何でしょうか。端的にいえばバラッドです。物語歌です。

つまり、ノーベル文学賞委員会はバラッドの伝統とディランの詩とを精細に比較検討した結果、ノーベル文学賞に値すると評価したわけです。精密きわまりない判定です。

バラッドの伝統はヨーロッパ中に広がります。バラッドという詩のジャンルは汎ヨーロッパ的なものです。

英語圏の場合、ブリテンにおいてバラッドの盛んな地域であるスコットランドとイングランドとの国境付近で大いなる発達をとげ、のちに移民によって北米のさまざまな地域とりわけアパラチア山脈に伝わりました。

それ以来のバラッドの歴史が米国の歌の伝統の中核にあります。

そこで、今回からバラッドの基礎知識を具体例を挙げながら考えてゆくことにします。世界一やさしいバラッド入門をめざします。

※「英詩が読めるようになるマガジン」の本配信です。コメント等がありましたら、「[英詩]コメント用ノート(201703)」へどうぞ。

この定期購読マガジンは月に本配信を3回配信します。そのほかに副配信を随時配信することがあります。本配信はだいたい〈英詩の基礎知識〉〈英語で書かれた詩〉〈歌われる英詩〉の三つで構成します。2016年11月から主要な内容をボブ・ディランとシェーマス・ヒーニでやっています。英語で書く詩人として最新のノーベル文学賞詩人たちです。

これまでに扱った基礎知識のトピックについては「英詩の基礎知識 バックナンバー」(「英詩の基礎知識(6)」に収録)をご覧ください。

Bob Dylanの基礎知識(1)」「Bob Dylanの基礎知識(2)」「Bob Dylanの基礎知識(3)」「Bob Dylanの基礎知識(4)」もあります。

_/_/_/

目次
バラッド・スタンザ
物語の二通りの語り方
'Barbara Allen'
解説


バラッド・スタンザ

バラッドの基本の詩型をバラッド・スタンザ(ballad stanza)という。

バラッド・スタンザは、

(1) 弱強四歩格の1, 3行と弱強三歩格の2, 4行からなる連(stanza)にabcb(またはabab)の韻をふむ型と、

(2) 弱強四歩格の二行連句(couplet)の間と後にリフレーン(refrain)が入る型との

二種類がある。リフレーンは(たいてい)意味不明だが、不要ではない。歌い手と聴き手の掛け合いでバラッドを楽しんでいた時代には、このリフレーンは聴き手が入れる合いの手であり、それが残ったものである。(『イギリス伝承バラッド』英光社、2005)

(1) の例。

‘Gin this be true you tell to me,
My mailison light on thee!
But gin it be a lie you tell,
You sal be hangit hie.’
('Lady Maisry' [Child 65])

「お前の言うことが本当なら
お前は呪われよ!
だがお前の言うことが偽りなら
お前は縛り首だ。」

2, 4行が thee / hie で韻を踏んでいる。hie は「ヒー」で、スコットランド英語で high の意味。

(2) の例。

There was a wee cooper who lived in Fife,
Nickity, nackity, noo, noo, noo
And he has gotten a gentle wife.
Hey Willie Wallacky, how John Dougall, Alane, quo Rushety, roue, roue, roue
('The Wife Wrapt in Wether’s Skin' [Child 277])

ちびの桶屋がファイフ[スコットランド東部]に暮らしていた、
(リフレーン[意味不明])
彼はやさしい妻を得た。
(リフレーン)

1, 3行がカプレットで Fife と wife とが韻を踏んでいる。2, 4行がリフレーン。


物語の二通りの語り方

バラッドの物語は、

(1) 叙述(地の文)と対話からなる型と、

(2) 対話のみからなる型との

二通りの語り方がある。

(1) の例はこの後でみる 'Barbara Allen'. (2) の例は前に扱った 'Lord Randal'.

'Lord Randal' は母子の対話からなる。母が息子に問う中で息子を毒殺した犯人を突きとめ、遺言を訊く。このバラッドはディランの〈はげしい雨が降る〉の原型になった。


'Barbara Allen'

チャイルドが編纂した定本バラッド集 Francis James Child, ed., 'The English and Scottish Popular Ballads', 5 vols. (Boston and New York: Houghton, Mifflin and Company, 1882–98) で84番のバラッド。有名なもので、90以上のヴァーションがあるといわれる。ここではアート・ガーファンクルが歌っている版を引いてみよう。テクストは意味をなすように修正した。

All in the merry month of May
When green buds all were swelling,
Sweet William on his death bed lay
For love of Barbara Allen.

He sent his servant to the town
A place where she did dwell in,
Said 'Master dear has sent me here
If your name be Barbara Allen'.

Then slowly, slowly she got up
And slowly she went to him, 
And all she said, when there she came
'Young man, I think you're dying.

'Don't you remember the other night',
And death was in him welling,
'You drank a toast to the ladies there
And slighted Barbara Allen'.

He turned his face unto the wall.
He turned his back upon her.
'Adieu, adieu, to all my friends.
And be kind, be kind, to Barbara Allen'.

As she was wandering by the fields
She heard the death bells knelling
And every note did seem to say,
'Hard-hearted Barbara Allen'.

The more it tolled, the more she grieved.
She bursted out a-crying.
'Oh, pick me up and carry me home.
I feel that I am dying'.

They buried Willy in the old churchyard
And Barbara in the new one.
And from Willy's grave, there grew a rose,
Out of Barbara Allen's, a briar.

They grew and grew in the old churchyard
Till they could grow no higher.
And there they tied in a true lover's knot,
The red rose and the briar. 

ここから先は

1,262字
この記事のみ ¥ 300

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?