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[英詩]詩形の基礎知識(3)——One

※ 旧「英詩が読めるようになるマガジン」(2016年3月1日—2022年11月30日)の記事の避難先マガジンです。リンク先は順次修正してゆきます。

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One というのはびっくりしますね。そういう詩形の名前があるわけではないのです。これは1行の詩の行のことです。ふつうの詩論では定型詩の議論は2行詩から始まります。ほんとうに1行の詩行などというものはあるのでしょうか。

たまたま、一年の始め、1月でもありますので、それにふさわしい1行の詩行を今回は考えてみます。定型詩以外の詩をも含めた英詩の最小の単位としての1行を見ることになると思います。それはおよそ形をなそうとする衝動を支える原理を考えることになるでしょう。

本題に入る前に、日本語の詩のことを少し考えてみます。

1行詩は英詩でこそ異様なものと(一見して)見えますが、世界で「古代から受けつがれている最大の叙情詩集」(リービ英雄)としての万葉集をみると、当然のことですが、短歌は1行で書かれています。もちろん俳句も、(日本では)1行で書きます(英語圏では3行で書くことが多い)。

万葉集の最初の短歌は歌番号4の

たまきはる字智の大野に馬並めて朝踏ますらむその草深野

です。すばらしい詩歌です。伊藤博は「魂の打ち漲る宇智の荒野で、この朝、我が大君は馬を勢揃いして、今しも獲物を追い立てておられるのだ、ああその草深き大野よ。」と現代語訳しています。これをみても、必ずしも1行詩がへんてこなわけでは全くありません。

むしろ、1行詩というのは、詩の本来のあり方のひとつであるようにも見えてきます。英詩ではどうなんでしょうか。

目次
定義
記憶すべき一文詩行
haiku
waka
英語における1行詩

※「英詩が読めるようになるマガジン」の本配信です。コメント等がありましたら、「[英詩]コメント用ノート(201801)」へどうぞ。

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【ひとこと】忙しい現代人ほど詩的エッセンスの吸収法を知っていることがプラスになります! 毎回、英詩の実践的な読みのコツを紹介し、考えます。▶︎英詩について、日本語訳・構文・韻律・解釈・考察などの多角的な切り口で迫ります。

これまでに扱った基礎知識のトピックについては「英詩の基礎知識 バックナンバー」(「英詩の基礎知識(6)」に収録)をご覧ください。


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定義

1行詩はすべての抒情詩形の基本単位である。

1行詩はそれだけで文法的に完結するか、または部分的に完結する。

1行詩で意味が完結するとき、何かが起こるか、何かが何かの性質を帯びる。

1行詩は完結した文であるか、さもなくば句跨りである。

形に対する捉え方(attitude)には基本的に次の4種がある。
(1) 形とは存在(being)であって、完全(fullness)を目指そうとする。
(2) 形とは無(emptiness)であって、存在はそれに対して戯れ、それを通って進む。
(3) 形とは、文という運動と静止のパラドクスから世界を作り出す詩人(man the maker)の作品であり、そうして作られたモノである。
(4) 形とは骰子(dice)または仕掛け(device)を一振りすることである、ゆえに、それを生み出す形式的原理が恣意的であればあるほどよい。

以上の定義は、ある詩人の詩的あるいはときに哲学的な思索の成果であって、それぞれの局面で思い浮かべる詩が違っているかもしれない。ともあれ、この議論は詩人のロバート・ハス(Robert Hass)が『詩形についての小著——詩の形式的想像力を探る』'A Little Book on Form: An Exploration into the Formal Imagination of Poetry' (HarperCollins, 2017) の中で展開しているものだ。

この本は、彼が1995年の冬に米国のアイオワ大学の創作ワークショップ演習で教えたときのノートと文献リストから出発している。従って、視野にあるのは創作しようとする人たち、つまりこの場合は詩人たちだ。詩を実作するに当たって「形」というものをどう捉えたらよいかを考える試みだ。「小著」(a little book) と題しながら、実際はハードカヴァーの450頁近い分厚い本だ。定型的な英詩に関心がある人には、刺激的なアイディアに満ちているので、お薦めする。ハスは1995年から97年まで米国桂冠詩人(U.S. Poet Laureate, 米国国会図書館の詩歌顧問の称号)をつとめた、米国を代表する詩人である。

これらの定義について、ごく簡単にみてみよう。

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