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[英詩]ディランの文法(2) ('I Dreamed I Saw St. Augustine')

※ 旧「英詩が読めるようになるマガジン」(2016年3月1日—2022年11月30日)の記事の避難先マガジンです。リンク先は順次修正してゆきます。

「英詩のマガジン」の主配信の5月の1回目です(英詩の基礎知識)。

本マガジンは英詩の実践的な読みのコツを考えるものですが、毎月3回の主配信のうち、第1回は英詩の基礎知識を取上げています。

これまで、英詩の基礎知識として、伝統歌の基礎知識、Bob Dylanの基礎知識、バラッドの基礎知識、ブルーズの基礎知識、詩形の基礎知識などを扱ってきました(下にリンクを挙げます)。

前回から、詩の文法にかかわる実践的な部分に入っています。このところ、毎月の第2回と第3回で取上げているボブ・ディランの詩の、文法を考えてみます。

前回は、ディラン初期の傑作 'It's Alright, Ma (I'm Only Bleeding)' の18連の構文を考えました。そこでの考察の出発点は them でした。代名詞の目的格です。

また、ディランの 'I Pity the Poor Immigrant' の1連の2つの whom を先月は考えました。関係代名詞の目的格です。

今回はディランの 'I Dreamed I Saw St. Augustine' の1連 の Whom を考えます。

※「英詩が読めるようになるマガジン」の本配信です。コメント等がありましたら、「[英詩]コメント用ノート(201905)」へどうぞ。

このマガジンは月額課金(定期購読)のマガジンです。月に本配信を3回お届けします。

英詩の実践的な読みのコツを考えるマガジンです。
【発行周期】月3回配信予定(他に1〜2回、サブ・テーマの記事を配信することがあります)
【内容】〈英詩の基礎知識〉〈歌われる英詩1〉〈歌われる英詩2〉の三つで構成します。
【取上げる詩】2018年3月からボブ・ディランを集中的に取上げています。英語で書く詩人として最新のノーベル文学賞詩人です。
【ひとこと】忙しい現代人ほど詩的エッセンスの吸収法を知っていることがプラスになります! 毎回、英詩の実践的な読みのコツを紹介し、考えます。▶︎英詩について、日本語訳・構文・韻律・解釈・考察などの多角的な切り口で迫ります。

これまでに扱った基礎知識のトピックについては「英詩の基礎知識 バックナンバー」(「英詩の基礎知識(6)」に収録)をご覧ください。

伝統歌の基礎知識(1)——ポール・ブレーディの場合」「伝統歌の基礎知識(2)——ボブ・ディランの場合」「伝統歌の基礎知識(3)——'Nottamun Town'」もあります。

Bob Dylanの基礎知識(1)」「Bob Dylanの基礎知識(2)」「Bob Dylanの基礎知識(3)」「Bob Dylanの基礎知識(4)」もあります。

バラッドの基礎知識(1)」「バラッドの基礎知識(2)」もあります。

ブルーズの基礎知識(1)」「ブルーズの基礎知識(2)」「ブルーズの基礎知識(3) 'dust my broom'」もあります。

[英詩]詩形の基礎知識(1)——tail rhyme」「[英詩]詩形の基礎知識(2)——sonnet」「[英詩]詩形の基礎知識(3)——One」「[英詩]詩形の基礎知識(4)——Two」「[英詩]詩形の基礎知識(5)——Three (前篇)」「[英詩]詩形の基礎知識(6)——Three (後篇)」「[英詩]詩形の基礎知識(7)——Four-1」「[英詩]詩形の基礎知識(8)——Four-2」「[英詩]詩形の基礎知識(9)——Four-3」「[英詩]詩形の基礎知識(10)——Four-4」「[英詩]詩形の基礎知識(11)——Numbers」「[英詩]詩形の基礎知識(12)——Blank Verse-1」「[英詩]詩形の基礎知識(13)——Blank Verse-2」「[英詩]詩形の基礎知識(14)——Blank Verse-3」「[英詩]詩形の基礎知識(15)——Sonnet (Hass[1])」「[英詩]詩形の基礎知識(16)——Sonnet (Hass[2])」「[英詩]詩形の基礎知識(17)——Sonnet (Hass[3])」もあります。

[英詩]ディランの文法(1)」もあります。

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まとめ

ボブ・ディランの 'I Dreamed I Saw St. Augustine' (アルバム 'John Wesley Harding' [1967] 所収) の1連は構文がとりにくい。とくに、8行の Whom が文法的にどうなっているかを考えると内容に迫ることができる。

動画リンク [Bob Dylan, 'I Dreamed I Saw St. Augustine' (mono version)]


'I Dreamed I Saw St. Augustine' 1連

I dreamed I saw St. Augustine
 Alive as you or me
Tearing through these quarters
 In the utmost misery
With a blanket underneath his arm
  And a coat of solid gold
Searching for the very souls
  Whom already have been sold

[字下げはリクスらの校訂版のテクストによる]


片桐ユズル訳

聖オーガスチンを夢でみた
あんたやわたしとおなじに生きていた
これらの地域を暴走しながら
極度にみじめであった
毛布と
ずっしりした黄金の上衣をかかえ
すでに売られてしまった
魂たちをさがしていた
(『ボブ・ディラン全詩302篇』、晶文社、1993年)


片桐ユズル訳の考察

前回の 'It's Alright, Ma (I'm Only Bleeding)' と同じく、日本盤に附属する歌詞カードの訳がこれであることから、これがいちばん親しまれている翻訳だろう。

ただし、日本盤の附属冊子をみると、曲名は〈聖オーガスティンを夢でみた〉とあり、訳詞の4行の末尾に句点がつき、「極度にみじめであった。」となっているという小さな違いがある。

そのあたりの詩行

これらの地域を暴走しながら
極度にみじめであった

をみると、「みじめ」であったのは「聖オーガスチン」であると読める。が、はたして、そうなのか。「これらの地域を暴走」とは、どういうことなのか。場面を思い描くのがむずかしい。

また、

毛布と
ずっしりした黄金の上衣をかかえ

は意味が分りにくい。「毛布」と「ずっしりした黄金の上衣」とは対照的な物で、その両方をかかえるとはどんな状況なのか。

さいごの

すでに売られてしまった
魂たちをさがしていた

は、意味は分るが、これだと原詩の Whom を単に Who と解しているようにもみえる。はたしてそれで正しいのか。

という具合に、原詩の文法的構造のすべてにおいて、きちんと取れているのかどうか、不安になる。

構文上の可能性をすべて検討したうえでこの訳詞にたどりついたのだろうか。それとも、安易に訳してしまったのか。そのあたりは不明だけれど、訳しか提出できない環境では限界がある。訳者は意味論を専門とする詩人であるので、そのあたりは信用したい。だが、疑問は残る。

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