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[英詩]Bob Dylanの基礎知識(2)

※ 旧「英詩が読めるようになるマガジン」(2016年3月1日—2022年11月30日)の記事の避難先マガジンです。リンク先は順次修正してゆきます。

ボブ・ディランの歌は男が奥に秘めたものを吐き出すようなところがある。ブルース・スプリングスティーンや長渕剛のように。

ところが、ディランは歌によっては女にもなる。

つまり、ディランは男とか女とかいうことを超えている面がある

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ディランは1940年代にユダヤ教徒として生まれた。1970年代にキリスト教徒に改宗した。その後、ユダヤ教徒に戻ったともいわれる。

しかし、初期のころからキリスト教にからむ歌をうたっている。

つまり、ユダヤ教とかキリスト教とかいうことを超えている面がある

アメリカの詩の歴史でいうとウォルト・ホィットマンの歌を思わせる広がりがある。男女や宗教の枠を超えた面がある

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さらに、ディランの幅はシェークスピアに並ぶといわれる(Christopher Ricks の説)。

ところが、詩の言語をくわしくみると、ディランの方がシェークスピアより難しい面がある。

ディランの詩にときどきシェークスピア時代の語彙が出てくるからだ。シェークスピアの言語はその時代の人びとには分かりやすいものだったといわれる。しかし、現代人にとってはシェークスピアの語彙は難しい。その意味でディランの方が難しい。

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ディランはエリザベス朝(シェークスピアの時代)の語彙を使うだけでなく古代ローマの文学も詩に取入れる。その意味ではシェークスピア以上に源泉調査(ソース・ハンティング)が大変だ。

これほどディランの詩が難しいにも関わらず多くの歌が人びとに愛聴されている。愛唱されている。愛読されている。

なぜだろうか。

それは声の力だ。詩人の声をとおすことで直にわかる。声が歌を伝える特別の回路になるのだ。

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今回はノーベル文学賞委員会がまとめたディラン詩のガイドを検討してみる。

※「英詩が読めるようになるマガジン」の本配信です。コメント等がありましたら、「[英詩]コメント用ノート(201612)」へどうぞ。

この継続課金マガジンは月に本配信を3回配信します。そのほかに副配信を随時配信することがあります。本配信はだいたい〈英詩の基礎知識〉〈英語で書かれた詩〉〈歌われる英詩〉の三つで構成します。2016年11月から主要な内容をボブ・ディランとシェーマス・ヒーニでやっています。英語で書く詩人として最新のノーベル文学賞詩人たちです。

これまでに扱った基礎知識のトピックについては「英詩の基礎知識 バックナンバー」(「英詩の基礎知識(6)」に収録)をご覧ください。

Bob Dylanの基礎知識(1)」もあります。

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目次
ディラン略伝
ディラン関連参考文献表
7枚のアルバムの代表曲

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ノーベル文学賞委員会が2016年度の文学賞受賞者ボブ・ディランについて 'Bio-bibliography' をまとめている(PDF版ウェブページ)。詩人としての略伝と参考文献表だ。

これを見ると、ノーベル賞委員会のレベルの高さがわかる。どれほど精緻に選考作業を進めたかの一端がこの文書から伝わる。

分野は違うが単独でノーベル賞を二度受賞した化学者ライナス・ポーリング(1901-94)のことを少し想起する。世界で卓越する業績が、不偏不党の立場から認められたことを証しする受賞と思われるが、現実にはポーリングの説は世界で広く受入れられているとはいえない。ちょうど、文学賞を単独で受賞したディランの業績が世界で広く受入れられているとはいえない状況と似ている。

しかし、われわれは、ノーベル賞委員会が授賞した理由を、その公開文書によって跡付けることがある程度できる。業績の判断理由となったものを検討することができるのだ。

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ディラン略伝

ノーベル文学賞委員会のまとめた文章「略伝と文献」は非常に質の高いものだ。以下、順に見てゆく。

Biobibliographical Notes

Bob Dylan was born on May 24, 1941 in Duluth, Minnesota. He grew up in a Jewish middle-class family in the city of Hibbing. As a teenager he played in various bands and with time his interest in music deepened, with a particular passion for American folk music and blues. One of his idols was the folk singer Woody Guthrie. He was also influenced by the early authors of the Beat Generation, as well as by modernist poets.

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