見出し画像

[英詩]Bob Dylan 未完の傑作 'I'm Not There (1956)'

※ 旧「英詩が読めるようになるマガジン」(2016年3月1日—2022年11月30日)の記事の避難先マガジンです。リンク先は順次修正してゆきます。

※'Some Other Kinds of Songs ...' 掲載の歌詞(1-10連)を追加しました
※「英詩のマガジン」の副配信です。

ボブ・ディランの公式サイトにも、詩集 'Lyrics' にも、詩テクストが収められていないのに、〈これは書かれた中で最も偉大な歌かもしれない〉とある小説で言われる歌があります (Brian Morton, 'The Dylanist', 1991)。本当はほとんど書かれてすらいないのですが。断片のみが残っており、録音を聴いても、どこが始まりでどこが終わりかも判りません。

この小説のことに言及したのは、ディラン研究家のグリール・マーカスです。次の動画の開始後20分くらいのところで言っています。

動画リンク ['Bob Dylan: American Poet']

マーカスはこのとき、シンガーの Howard Fishman に語りかけています。フィッシュマンがディランの 'The Basement Tapes' をめぐるプロジェクトの中で、この問題の歌をきっちり全部復元して唄っていることに言及します。誰もなし得なかったことです。その成果が正しいのかどうかはだれも分りません。

多くの人がこの歌を復元しようとしています。多数の聴取りが発表されていますが、どれも、この歌の真の姿に迫っているのかどうか、不明です。意味がとれるようなテクストが復元できるのかどうか、分りません。したがって、本マガジンで分析を加えることも難しいのです。

ですが、多くの人がこの歌はディランの歌の中でも一二を争うくらい重要な歌であると考えています。とてつもない重要性を秘めていることが感じられるのですが、それが何かをだれも言語化できないのです。

今回は、異例ですが、そういう歌を取上げます。

_/_/_/

I'm Not There (1956)

まず、この歌のタイトルだが、一般には 'I'm Not There' として知られているかもしれない。ディランの公式サイトでもそのタイトルの歌として出ている。

それが収められている公式アルバム 'The Bootleg Series, Vol. 11: The Basement Tapes RAW' (2014, 下) にもそのタイトルで収録されている。

画像1

ところが、この2014年の公式盤が出るずっと前から、この歌は海賊盤(本当の「ブートレグ」)で知られており、そこでは 'I'm Not There (1956)' のタイトルが付いていた。この '(1956)' というのは、タイトルの一部であり、歌が作られた年ではないと、Eyolf Østrem が言っている (Østrem のオリジナル・ウェブサイト dylanchords.com のコピー・サイト 'My Back Pages' で閲覧可能)。

Østrem によると、'I'm Not There (1956)' は 'The Basement Tapes'  (1967) のセッション中に録音され、非公式に(=海賊盤で) 'Genuine Basement Tapes vol. 2' (1989, 下) で発表された。

画像2
画像3

John Howells は、このブートレグに収められた 'I'm Not There (1956)' について次のように述べている。

I'm Not There (1956)

One of the true wonders of the Basement Tapes sessions, and the very best song on this CD. After years of hearing this song only in low quality sound, we finally have a brilliantly clear version to listen to. The lyrics are still mostly indecipherable, but at least we can clearly hear the mumbles for a change! Although it's available in stereo on other bootlegs, it's in mono here. There's also a slight glitch at the beginning which sounds almost like a skip, but I suppose it could have been deliberate on the bootlegger's part. Truly one of the best unreleased Dylan songs ever recorded. I'd still like to know where the "1956" in the title comes from.

つまり、この盤が出るまでの間は、もっと音質の劣る音源で聞かれてきたのだ。それがこの盤が出てクリアに聴けるようになったが、歌詞は相変わらずほとんど分らないと書いている。

なお、この盤と、上記の正式盤とは、元は同じ音源であるのは間違いないが、ややミクシングが違うように聞こえる。

動画リンク [Bob Dylan, The Band, 'I'm Not There' (Official Audio)]


歌詞(1連)

この歌がどこで始まり、どこで終わるかが不明だが、少なくとも10連ほどはあるようだ。

録音で聴ける最初の連から、すでにテクストはまったく定まっていない。各種の聴取りを比べても、どれが本当か分らない。

筆者の耳でぎりぎりこの辺りかと思える1連のテクストを次に掲げる。

She's all right and she's all too tight
In my neighborhood she cried both day and night
I know it because it was there
It's a milestone but she's down on her luck
And she's daily saluting but to make him hard to buck
I was there

仮にこのようなテクストだとすると、大意を取れば次のようなところか。

ここから先は

4,282字 / 1画像
この記事のみ ¥ 200

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?