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補遺の粘土板 ギルガメシュの死

 それからギルガメシュは、職人達を集めると、ウルクの城壁を改め、将来のウルクの子らのために守りを固めた。そして父ルガルバンダと会い、後継者について話し合った。新しいエンシを選定し、ウルクの統治を引き継がせるつもりだった。
 ギルガメシュは死期を悟ると、水神エアと会い、自らの死を前にして、為すべき事について話し合った。そして日干し煉瓦を集めると、墳墓を造り、自らの墓所とした。墓所が完成すると、長老達を呼んだ。七人の長老は、ギルガメシュの前に集まると、車座になって座った。
 最後の対話を始めた。エンシとして、ルガルとして、英雄として、人として、ギルガメシュとして、生きて、悟って、得た経験を、伝えるべき言葉を、言わなければならぬ。
 長老の頭が、ギルガメシュに向かって口を開いた。
 「――汝に問う。人とは何か」
 「いつかのどこかの誰かだ。決して二人といない」
 ギルガメシュは、微笑みさえ浮かべて答えた。隣の長老が問うた。
 「――なぜ人は生まれてくる」
 「いつかのどこかの誰かになりたかったからだ」
 ギルガメシュは、悲しそうな顔をした。また隣の長老が問うた。
 「――なぜ人は死ぬ」
 「美しくあるためだ。いつまでも、いつかのどこかの誰かであり続ける事はできない」
 ギルガメシュは、平静な目をして答えた。四人目の長老が問うた。
 「――神々と人を分かつものは何か」
 「死だ。神々は死なない。だが人は死ぬ」
 ギルガメシュは、厳かに答えた。五人目の長老が問うた。
 「――人と動物を分かつものは何か」
 「言葉だ。言葉を話す人は忘れ去られない。だが言葉を話せない動物は忘れ去られる」
 ギルガメシュは、遠い眼をして言った。六人目の長老が問うた。
 「――言葉とは何か」
 「それは人に似ている。いつかのどこかの誰かのために、語られるものだからだ」
 ギルガメシュは嬉しそうに答えた。最後の長老が問うた。
 「――友とは何か」
 「もう一人の自分だ。だから忘れる事ができない。忘れ去る事がない」
 ギルガメシュの頬に熱いものが流れた。
 ――エンキドゥ、もうすぐ傍に行く。待っていてくれ。
 全ては虚しく、泡沫の如くだが、生きて得るものはあった。思い出だ。それだけを手土産に人は帰れる。死は終わりではなく、生の続きだ。人も言葉も果てしなく続いて行く。この記憶、この思い出が拡散し、広がって消えるまで、幾星霜の時が流れる事だろう。
 ギルガメシュは、冥界の女神アルラトゥの住まう宮殿の神々に供物を捧げて、永い眠りに就いた。エンシの最期をウルクの子らは嘆き悲しみ、その死を悼んだ。そしてウルクの子らは、粘土板にギルガメシュの生の歌を刻み、忘れ去られない様に後世に伝えた。

                          補遺の粘土板 了

注釈                                                              

注1 『ギルガメシュ叙事詩』矢島文夫訳 ちくま学芸文庫 第三の書版 4 10行目から15行目 58頁より
注2 同 第三の書版 5 10行目から20行目 60頁より
注3 同 第三の書版 6 21行目から29行目 62頁から63頁より
注4 同 第六の書版 テキストA 7行目から10行目 77頁より
注5 同 第六の書版 テキストA 13行目から23行目 78頁より
注6 同 第六の書版 テキストA 24行目から28行目 78頁から79頁より
注7 同 第六の書版 テキストA 32行目から33行目 79頁より
注8 同 第六の書版 テキストA 84行目から86行目 82頁より
注9 同 第六の書版 テキストA 89行目から91行目 82頁より
注10 同 第六の書版 テキストA 94行目 82頁より
注11 同 第六の書版 テキストA 96行目から100行目 83頁より
注12 同 第六の書版 テキストA 103行目から105行目 82頁より
注13 同 第六の書版 テキストA 109行目から113行目 83頁から84頁より
注14 同 第六の書版 テキストA 154行目 85頁より
注15 同 第六の書版 テキストA 162行目から164行目 85頁より
注16 同 第六の書版 テキストA 182行目から185行目 86頁から87頁より
注17 同 第六の書版 テキストA 194行目 87頁より
注18 同 第七の書版 1 6行目から7行目 88頁から89頁より
注19 同 第七の書版 1 9行目から10行目 89頁より
注20 同 第七の書版 1 12行目から14行目 89頁より
注21 同 第七の書版 1 15行目から17行目 89頁より
注22 同 第七の書版 1 35行目から39行目 92頁より
注23 同 第八の書版 1 1行目から10行目 98頁より
注24 同 第八の書版 2 1行目から11行目 99頁より
注25 同 第八の書版 2 13行目から17行目 99頁より
注26 同 第八の書版 2 13行目から24行目 99頁より
注27 同 第八の書版 3 1行目から5行目 99頁から100頁より
注28 同 第八の書版 3 6行目から7行目 100頁より
注29 同 第九の書版 1 3行目 102頁より
注30 同 第九の書版 2 14行目 104頁より
注31 同 第九の書版 2 16行目 104頁より
注32 同 第九の書版 2 18行目から22行目 104頁より
注33 同 第九の書版 3 3行目から5行目 105頁より
注34 同 第九の書版 3 8行目から14行目 105頁より
注35 同 第九の書版 4 33行目から36行目 106頁より
注36 同 第九の書版 4 39行目から43行目 106頁より
注37 同 第九の書版 5 23行目から46行目 107頁から108頁より
注38 同 第十の書版 1 7行目から8行目 110頁より
注39 同 第十の書版 1 10行目から15行目 111頁より
注40 同 第十の書版 2 1行目から4行目 111頁より
注41 同 第十の書版 2 5行目から13行目 111頁から112頁より
注42 同 第十の書版 3 1行目から5行目 112頁より
注43 同 第十の書版 3 6行目から14行目 112頁から113頁より
注44 同 第十の書版 4 1行目から4行目 113頁より
注45 同 第十の書版 4 5行目から7行目 113頁より
注46 同 第十の書版 4 8行目から14行目 113頁から114頁より
注47 同 第十の書版 5 24行目から29行目 114頁より
注48 同 第十の書版 5 30行目から34行目 115頁より
注49 同 第十一の書版 A 1行目から8行目 117頁より
注50 同 第十一の書版 A 8行目から14行目 117頁から118頁より
注51 同 第十一の書版 A 15行目から20行目 118頁より
注52 同 第十一の書版 A 21行目から31行目 118頁から119頁より
注53 同 第十一の書版 A 32行目から35行目 119頁より
注54 同 第十一の書版 A 36行目から49行目 119頁から120頁より
注55 同 第十一の書版 A 54行目から59行目 120頁より
注56 同 第十一の書版 A 60行目から65行目 120頁から121頁より
注57 同 第十一の書版 A 66行目から69行目 121頁より
注58 同 第十一の書版 A 70行目から76行目 121頁より
注59 同 第十一の書版 A 77行目から83行目 121頁から122頁より
注60 同 第十一の書版 A 84行目から88行目 122頁より
注61 同 第十一の書版 A 89行目から97行目 122頁より
注62 同 第十一の書版 A 98行目から104行目 123頁より
注63 同 第十一の書版 A 105行目から112行目 123頁より
注64 同 第十一の書版 A 113行目から117行目 123頁から124頁より
注65 同 第十一の書版 A 118行目から123行目 124頁より
注66 同 第十一の書版 A 124行目から131行目 124頁より
注67 同 第十一の書版 A 132行目から140行目 125頁より
注68 同 第十一の書版 A 141行目から146行目 125頁から126頁より
注69 同 第十一の書版 A 147行目から156行目 126頁より
注70 同 第十一の書版 A 157行目から163行目 126頁から127頁より
注71 同 第十一の書版 A 164行目から169行目 127頁より
注72 同 第十一の書版 A 170行目から172行目 127頁より
注73 同 第十一の書版 A 173行目 127頁より
注74 同 第十一の書版 A 174行目から176行目 127頁より
注75 同 第十一の書版 A 177行目から188行目 128頁から129頁より
注76 同 第十一の書版 A 189行目から192行目 129頁より
注77 同 第十一の書版 A 193行目から195行目 129頁より
注78 同 第十一の書版 A 196行目 129頁より
注79 同 第十一の書版 A 197行目から199行目 129頁より
注80 同 第十一の書版 A 200行目から202行目 129頁より
注81 同 第十一の書版 A 203行目から204行目 130頁より
注82 同 第十一の書版 A 205行目から208行目 130頁より
注83 同 第十一の書版 A 209行目から212行目 130頁より
注84 同 第十一の書版 A 213行目から218行目 130頁より
注85 同 第十一の書版 A 219行目から222行目 131頁より
注86 同 第十一の書版 A 223行目から224行目 131頁より
注87 同 第十一の書版 A 225行目から228行目 131頁より
注88 同 第十一の書版 A 229行目から233行目 131頁から132頁より
注89 同 第十一の書版 A 234行目から246行目 132頁から133頁より
注90 同 第十一の書版 A 247行目から252行目 133頁より
注91 同 第十一の書版 A 253行目から254行目 133頁より
注92 同 第十一の書版 A 255行目から258行目 133頁より
注93 同 第十一の書版 A 259行目から260行目 133頁より
注94 同 第十一の書版 A 261行目から262行目 133頁より
注95 同 第十一の書版 A 263行目から270行目 134頁より
注96 同 第十一の書版 A 271行目から277行目 134頁より
注97 同 第十一の書版 A 278行目から282行目 134頁から135頁より
注98 同 第十一の書版 A 283行目から292行目 135頁より
注99 同 第十一の書版 A 293行目から300行目 135頁から136頁より
注100 同 第十一の書版 A 300行目から307行目 136頁から137頁より

参考文献

日本語
『ギルガメシュ叙事詩』 矢島文夫訳 ちくま学芸文庫 1998年
『シュメール神話集成』 杉勇・尾崎亨訳 ちくま学芸文庫 2015年
『古代メソポタミア語文法』 飯島紀著 信山社 2011年
『バビロニア語文法』 飯島紀著 信山社 2012年
『シュメールを読む』 飯島紀著 秦流社 1997年
『シュメールを求めて』 飯島紀著 秦流社 1997年
『5000年前の日常』 小林登志子著 新潮選書 2007年
『シュメル ―人類最古の文明』 小林登志子著 中公新書 2005年
『バビロニア ―われらの文明の始まり』 ジャン・ボッテロ著 松本健監修 創元社 1996年
『メソポタミア文明』 ジャン・ボッテロ/マリ・ジョゼフ・ステーブ著 矢島文夫監修 創元社 1994年
『四大文明 メソポタミア 』 松本健編著 NHK出版 2000年
『メソポタミア文明』 前川和也編著 河出書房新社 2011年
『バビロニア都市民の生活』 S・ダリー著 大津忠彦・下釜和也訳 同成社 2010年
『ハンムラビ王 法典の制定者 』 中田一郎著 山川出版社 2014年
『ネブカドネザル二世 バビロンの再建者 』 山田重郎著 山川出版社 2017年
『都市国家の誕生』 前田徹著 山川出版社 1996年
『初期メソポタミア史の研究』 前田徹著 早稲田大学学術叢書 2017年
『サルゴンⅠ 天下を取った捨て子』 大久保和展著 幻冬舎 2016年

フランス語
『Le roman de Gilgamesh』 Jacques Cassabois ALBIN MICHEL 1998
『L'Épopée de Gilgamesh: Le grand roi qui ne voulait pas mourir』 Jean Kardec 2014
『BABYLONE』 Béatrice André-Salvini Que sais-je? 2001

英語
『Gilgamesh: The New Translation』 Gerald J. Davis Createspace Independent Pub 2014
『The Epic of Gilgamesh (Penguin Classics)』 Andrew George Penguin Classics 2003
『Mesopotamia: The Invention of the City』 Gwendolyn Leick Penguin Books 2003
『The Age of Agade: Inventing Empire in Ancient Mesopotamia』 Benjamin R Foster Routledge 2016
『Gilgamesh (Gods and Heroes of the Ancient World) 』 Louise M. Pryke  Routledge 2019
『Ishtar (Gods and Heroes of the Ancient World) 』 Louise M. Pryke  Routledge 2017

      我が友エンキドゥ~いつかのどこかの誰かのための物語~ 了

『我が友エンキドゥ~いつかのどこかの誰かのための物語~』
第一の粘土板 ギルガメシュの憂鬱 1/12話


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