大和ミュージック観劇レポ・ファーストステージ(前編)

バレないようにしてね、と樹音さんは言った。
形の良い唇の端がニヤリと上がる。
大和駅から徒歩2分、大和ミュージックというストリップ劇場の中にある小さなバーカウンターでのことだった。

書店員の新井見枝香さんに紹介してもらったのがきっかけで相田樹音さんという踊り子さんと出会い、彼女のステージに足を運ぶようになったのは今年の夏。
樹音さんが拙著『木曜日にはココアを』と『猫のお告げは樹の下で』を演目に取り入れてくださることになり、10月のとある平日、私は大和ミュージックを訪れていた。
大和ミュージックは劇場の奥にバーがあり、樹音さんは自分の出演の合間、カウンターの中にいる。私はご一緒する編集担当さんたちよりも先にひとりで入り、樹音さんの作った肉じゃがを食べていた。

その週末に作家の桜木紫乃さんが北海道からいらっしゃるということは事前に聞いていて、私も再びここに来るつもりでいた。私は投稿時代に雑誌のインタビュー記事を読んで以来、ずっと桜木さんに(勝手に)励まされている熱烈なファンである。そのことを知っている新井さんや樹音さんが声をかけてくれたのだ。
「その日はね、ミエカちゃんもステージに上がって、紫乃さんへのサプライズをするの。ミエカちゃんがギターを弾いて、その横で私が踊るわ。時間になったらふらっとミエカちゃんはいなくなるから、紫乃さんにミエカはどこ行った?って聞かれても、『トイレかな~?』って知らないふりしてね」
新井さんが普段から「師匠」と呼び慕う桜木さんを驚かせたい、お客さんたちを楽しませたい。そんなワクワクする企画に乗らない理由などありましょうか。
大きくうなずく私に、樹音さんはもう一度、たくらむような不敵の笑みを浮かべた。
「ミエカちゃんをリボンでぐるぐる巻きにしてやろうと思うのよ」


「リボンでぐるぐる巻き」というのは、樹音さんが新井さんをラッピングするという意味ではない。
ストリップ劇場では、踊り子が舞っているとき客席から舞台に向かってリボンを投げる「リボンさん」がいる。
昔、アイドルのコンサートでお客さんがステージに向かって紙テープを投げることがあった。昭和世代の話でたぶん今は禁止されているけど、イメージとしてはそれに近いかもしれない。でもここでのリボンは投げっぱなしの紙テープとは違い、投げては引き、踊り子さんに巻き付けたりたなびかせたりして、舞台をさらに美しく演出するのだ。担い手はスタッフではなくコアなお客さんで、かなりの技術と信頼関係が必要とされる。いきなり「はい、やります」というわけにはいかない。
お客さんが一緒にステージを創る。私がストリップに感じる魅力のひとつだ。そして「ぐるぐる巻き」にするほどのリボンは樹音さんやリボンさんの新井さんに対する限りない親愛の表れであり、ストリップという世界からの歓迎でもあるのだと思う。


来たる週末の午後、都内での用事をすませて急いで大和へ。
桜木紫乃さんはもう席に座って舞台を観劇中だった。
桜木さんとは以前、サイン会で一度だけお会いしたことがあった。その時は緊張のあまりガチガチで挙動不審になりっぱなしだったので、今回はちゃんとご挨拶するぞ!と決めていた。
が、ご本人を前にするとやっぱり「うわー、桜木紫乃だよ…」とアタフタしてしまった。それでも、サイン会でお会いしたことを覚えていてくださって嬉しくお話する。テレビや雑誌で見るよりもずっと若々しくて、とても気さくな方なのです。

そんな幕間、ひょこっと新井さんが客席に現れる。その日はお誕生日の踊り子さんがいらしてバースデーイベントをやることになっており、「樹音さんがこれ使ってって」と新井さんからサイリウムを渡された。
初めて手にとった細いスティック。これがサイリウムか!と感動する。
もらったはいいものの使い方がわからず(灯りが点かないから不良品かと思った)近くの席のお客さんから「折るんですよ」とレクチャーを受けたり、余分に持っている人が持っていない人に配ったりと、場内は和やかなムードに包まれていた。
小劇場のこういう雰囲気、本当にいいなぁと思う。大好きだ。

……と、そのあたりで新井さんは姿を消したのだが、自然な感じだったので桜木さんが特に疑問を持った様子はなかった。
一方、私はひそかに上昇していくテンションを必死でこらえていた。樹音プロデューサーが私に与えた「トイレかな~?」というセリフもシナリオから消えて出番なし。でもよかった、「ミエカは?」なんて訊かれたらまたアタフタしてしまって、バレない自信がなかったよ。


4回ある舞台のうち、2回目のフィナーレ。
くだんのバースデーイベントに絡め、踊り子さんたちが次々ステージに上がるそのタイミングで、ついに時は来た!
華やかな明るいライトの中、樹音さんと共に突然ステージに現れた新井さん。
樹音さんと横並びに、じゃーん、とポーズを決めてにっかり笑う唇には真っ赤なルージュ。
樹音さんはといえば、新井さんと同じような金髪ボブのウィッグをかぶっており、まるでふたりは双子なのだった。

劇場内は撮影禁止なので、イラストを描いてみた。
おふたりのファッションはこんな感じ。
樹音さんは、銀のラメラメキャミソールに黒いミニスカ。
新井さんは胸の開いた黒いミニワンピにロングブーツでした。
顔も背格好もぜんぜん違うのに、並ぶとほんとにそっくりだった。

ジュネ&ミエカ

沸き立つ劇場の中、
「おまえっ、そこで何やってんだぁっ!」
客席から新井さんに向かって叫んだその人こそが、師匠・桜木紫乃さんである。
大声だったけど、表情はめちゃくちゃ楽しそうだった。
この時点ではまだ、桜木さんは「ミエカが踊り子たちに混じっている」ぐらいの認識だったのだろう。
桜木さんのスピーチと乾杯の音頭でシャンパンが傾けられたあと、いよいよサプライズの3回目公演が始まった。

後編に続く!)

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