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62/1096 ズボラ料理レシピ①「鶏肉の禿げ焼き」

吾輩は怠け者である。
しかしこの怠け者は、毎日何かを継続できる自分になりたいと夢見てしまった。夢見てしまったからには、そう夢見る己を幸せにしようと決めた。
3年間・1096日の毎日投稿を自分に誓って、今日で62日。

(この毎日投稿では、まず初めに「怠け者が『毎日投稿』に挑戦する」にあたって、日々の心境の変化をレポートしています。
そのあと点線の下から「本日の話題」が入っているので、レポートを読みたくないお方は、点線まで飛ばしておくんなましね。)

62日目の今日は昨日の無気力が半減していたので、買い物に出掛けた。身体を動かすと今日は無作為に過ごしてしまった感がかき消されて、とても有意義だったように感じられる。気分が良かった。
このことから、身体はただ動きたいのだろうという気がした。その目的が、重要な会議だろうとただの散歩だろうと、誰かの命を助けるために駆け寄るのだろうと新作ゲームを買いたくて急いで店に駆けつけるのだろうと、身体は気にしないのだと。身体はきっと、歩いたこと、走ったこと、その爽快感を目的によらず無償に喜ぶのだろう。
この毎日投稿も、わたしのズボラ癖に果敢に挑むためのものだろうと、そうではなくただ日々のことを日記にしているだけであろうと、一日一投稿を続けるということの目的は、読んでくださるお方にとってはさして重要なことではないのだと思う。そこにどれだけの意味を見出すのかは、わたしのひとりよがりなのだと思った。

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ズボラと言えば、わたしは料理をするに当たって独自にズボラレシピを生み出すのが好きで、それによって料理時間を超絶短縮することに何度も成功しているのだ。ははは~いかにもわたしらしいと言えよう。
もちろん、仕上がりは王道のレシピで作った時に比べいろいろな意味で激しく劣る。しかし、決して不味くて食べられないようなものではなく、最低限の美味しさを残してあるものなのだ!
いかなる料理も、それのズボラレシピを生み出すにはまずは王道レシピできちんと作ることができなくてはならない。そこではじめて、最低限の良さを失わないようにするポイントを押さえつつ、いろいろな工程をカットすることができるのだ。

単なる手抜き料理とは違って、ズボラを冠名するにはそれなりのズボラ度胸が必要である。
今日はわたしのズボラレシピのうち、ズボラ料理を理解するのに最も適したもののひとつを写真付きでご紹介しようと思う。
ほとんど、レシピ通りに作って食べるためというよりは、読んで楽しむ料理レシピだと思って欲しい。
今回のレシピは「鶏のから揚げ」のズボラ版、その名も「鶏の禿げ焼き」である!
 
 
《材料》(ズボラ料理たるもの、分量を気にしてはならない)
 
・鶏肉(胸肉かたまり、ささ身、もも肉など、なんでもよい。ここからしてズボラに決めていく)
・醤油
・酒(日本酒でも白ワインでもキッチンで最初に目に入ったもの、取りやすい方、などをズボラ決めする)
・砂糖とかみりんとか甘みもあるものを、どれかズボラ決めする
・白い粉(所持しているだけで犯罪になる粉ではなく、小麦粉や片栗粉など、揚げ物に使える粉)
・揚げ油
・にんにく
・しょうが
 
《作り方》
 
まずは鶏肉を用意する。写真はこちらイタリアのどのスーパーにもある胸肉のスライス。
ズボラ料理中だったため、切っている所、切り終わりましたの所で写真を取るのを忘れたが、一口大に切ってボウルに入れる。
ボウルの代わりにこの鶏肉のパックを利用してもよかったが、底面に水分を吸い取るためのシートが粘着付けしてあったため断念。ズボラ度が落ちてしまった。

にんにくをまな板に置き、包丁の腹を当てて体重をかける。にんにくが少し潰れて変形し、それによって皮が一気にむける。わたしのジェルネイルの根本から爪が伸びてきてしまっているが、これもちゃんとズボラのうちに入っている。

先ほどのにんにくを、クラッシャーで潰す。分量は適当だが、これはたしか、すでに2つ目だった。

潰すと外側からグシャッと出てくる。なんと便利な!すりおろすより遥かに簡単である。

この日のわたしはズボラ度が高まりすぎていて、しょうがまでクラッシャーで潰してしまったが、かなり力が要るのとクラッシャーが壊れる恐れがあるのでオススメしない。普通にすりおろそう。

ここに、醤油をボトルからなら2秒弱、キッコーマンの食卓用醤油入れからなら4秒ほど注ぎ、酒と甘みもズボラ入れする。このあたりは主婦のカンで!

いくらズボラでも、とりあえずちゃんと混ぜる。混ざった時に、この程度の水分で収まるように調味料を入れよう。まあ、試す人はいないと思うけど・・・・

このあとこのときは小麦粉を投入したが、手が粉だらけになって撮影を忘れてしまった。ボウルに直接、ボサボサっと入れる。分量の感覚的には、2ボサ~3ボサ。ネチョネチョする程度に入っていれば良い。こういうところで悩まないのがズボラ料理の秘訣である。

フライパンに、ケチって薄~く油を入れて熱する。これがこの料理の最大のズボラポイントのひとつだ。揚げないのだ。多めの油で焼く程度にしか油を入れない。
温度が上がってきたかなと思ったら、鶏肉を入れる。ジャーっと音が鳴れば、温度はOK。もちろん、調味料を入れて混ぜた時のフォークを果敢にも継続使用する。

そしてこの料理の最大の、最も勇気のいるズボラポイントはここである。ひとつひとつ揚げ焼きしたりはしない。ここで一気に鶏肉全部を投入するのである・・・・

ドサーッ!!我は勇敢である・・!!

もう、ここからゴールまで、炒める動作をするだけである。ひとつひとつを離そうとすらしないで、まとめて上下を返しながら、鶏のから揚げのイメージを捨てつつ、最後になぜかわずかに残る罪悪感までをも換気扇に吸い込ませながら、いいからまとめて焼くのだ。

見ての通り、衣がついている部分と剥げている部分とが出てきて、見た目にちょっとアレな感じになってくるが、ここで我々はくじけてはならない。
この過程を経なくては、「鶏の禿げ焼き」にはならないのだ。

皿に持って、一番手身近な植物性の食べ物を横に添える。この日はテーブルにぶどうがあったため、緑色なら何でも良いというルールで添えた。
これで「鶏の禿げ焼き」の完成である。味だけは鶏のから揚げを彷彿とさせる、少しもカリッとしないが意外と美味しい、手軽な、どこから見てもなにかが失敗したように見える、見事に禿げた料理である。

アップで見るとこんな感じ。

もしもやってみようという勇敢な方がおられたら、ひとつ大切なアドバイスがある。これを他者と食べるとき、鶏のから揚げをちゃんと作るのが面倒だったからズボラにやったらこうなった、とは決して言ってはならない。
時間が経っても美味しい、揚げ物風のお弁当のおかずらしいのよ。的な言い回しをすることをオススメする。そう思って食べると、この味付けやしっとりした食感は、ハマる美味しさなのだ。

この日は夫と二人で食べて、5分後にはこうなった。皿に禿げた鶏肉だけがドサッと乗っているのを見て、なんとなく不審そうな様子で近寄ってきて、恐る恐る食べ始めた夫だったが、一口で気に入ったようで、おお!美味しいね・・!と喜んだ。ズボラ料理の勝利の瞬間である。

洗い物は、これだけ。わたしの、どうしても料理をせねばならず、かつめっちゃサボりたい日のためのズボラレシピのひとつである。
ひとつ、ということは、もっといろいろあるのだが、万が一また読んで楽しみたいというリクエストあらばご紹介しよう・・・(笑)

 
というわけで、今日はここまで。また、明日!

毎日無料で書いておりますが、お布施を送っていただくと本当に喜びます。愛と感謝の念を送りつけます。(笑)