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63/1096 運命を変えた、10年前の号泣

吾輩は怠け者である。
しかしこの怠け者は、毎日何かを継続できる自分になりたいと夢見てしまった。夢見てしまったからには、そう夢見る己を幸せにしようと決めた。
3年間・1096日の毎日投稿を自分に誓って、今日で63日。

(この毎日投稿では、まず初めに「怠け者が『毎日投稿』に挑戦する」にあたって、日々の心境の変化をレポートしています。
そのあと点線の下から「本日の話題」が入っているので、レポートを読みたくないお方は、点線まで飛ばしておくんなましね。)

63日めになって、ああ、10日前は53日目の安定感に驚いていたんだなと思い出す。あの日がすでに遠く感じられる。一週間もすると、70日目台に入るが、それはなんだかずいぶんと貫禄を感じる数字だ。
それが今から楽しみだ!

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今日の話題は、わたしがイタリアに来る前のあるエピソードについて書いてみようと思う。今でもよく思い出す、心の大きな転換のキッカケだ。

わたしがまだ、幼かった娘を抱えていた頃の、今から約10年ほど前のことである。当時は暮らしが大変で、わたしはスピ関係で知り合うことのできた先輩のお仕事を手伝うことで収入を得ていて、その他に家の改修工事を兼ねると、忙しくて睡眠もままならないほどだった。
そのスピ先輩は知識が豊富で面白い人で、わたしにたくさんの見知らぬ世界を教えてくれた人だ。わたしたちは他のスピ人達と集まってしょっちゅう一緒に過ごし、なんでも楽しく話した。すごくいい思い出だ。
 
ある時、そのスピ先輩がおもむろにこう言ったのだ。
「ミユ、わたしが以前お世話になったコンサルタントさんですごい人が居るから、話を聞きに行ってみるといいよ。」

「コンサルタントさん、か・・ビジネスのための勉強になるんだろうな!」わたしは興味を持って早速素直に行ってみることにしたのだった。

セミナー会場に行ってみると、そこは大きな場所で、沢山の人が居た。ほとんどが中年の男性で、みなさんどこか暗くて真面目な顔をしていて、ヘラヘラしているのはわたしだけだった。わたしは場違いな感じと戦いながら着席し、そのまま話を聞いた。

きっとビジネスの話なんて、開始すぐにあくびが出てくるに違いない。そう思っていたのに、その話は想定外に強烈な引力を持っていた。わたしは時間を忘れて話に聞き入った。
 
自分自身のやりたいこと、その中からコアとなるものを見つけ出すこと。大勢を相手になにかをしようとせずに、そのコアのコアから小さな、しかし強いファン層を得ること・・・・そこからどうやってその、自分ワールドを解き放っていくのかを映画を見るように面白く語ってくださる人だった。
 
わたしはやりたいことがあったわけではなく、ただ日々の苦しい暮らしを抱えて勉強のために訪れた場所だった。しかし、その話はわたしの胸を鷲掴みにして、なにか、これまでに握ったことのなかった刃を自分自身に突きつけて、居ても立ってもいられないような気分にさせた。その刃は、自分がどこかに思い切り向けてみたかったものなのだ。
なにやってんだよ、こんなんで満足なんかしてないはずだろ!!という憤りの刃。これまで、感じないようにして鞘に仕舞ってあったその刃を、初めて抜くことができたのだ。話を聞き終わった余韻の中で、わたしはそれを自分で武者震いするほど喜び、恐れていた。
 
帰りの電車でも、わたしはその興奮そのままに、さあ、自分はどう生きるんだ、一体どうしたいんだ!ときつく自問自答し続けていた。
でも、考えてわかることでもなく、焦る心ばかりが高まって、なのにどこかで自分がどんなに傷ついたって構わないから自分の本当を見てやる!という覚悟と喜びも高まって、迷いに迷ってとても落ち着いてなどいられない心持ちにあった、その時だった。
 
わたしは、子供の頃の自分の姿を突然脳裏に見たのだ。
7歳前の自分だったと思う。まだ、将来を思い切り夢見て、20歳になったらどうなるんだろう、30歳になったらどうなるんだろう、と、未来を楽しみにしていた頃の自分だ。
その自分が、今のわたしを、時空を超えて眺めていたのだ。とても言葉に尽くせないが、本当に、現れた、としか言えないほどにリアルに。
そして、まっすぐにわたしにこう聞いているのだ。
「わたし、どんな大人になった?」

息が止まるとともに、最初に浮かんだ耐え難い思いを今もハッキリ覚えている。それは、とてもじゃないが今の自分を見せられない!という思いだった。とうに自分で出していた判決を自分で知った瞬間だった。
そのあと雪崩が決壊するように襲ったのが、熾烈な慚悔の念だった。
「ごめん、あの頃の自分よ、ごめん、こんなにつらい未来に連れてきてごめん、夢見たような未来じゃなくて、ごめん、ごめん、ごめん、ごめん・・・」

涙がボロボロと流れてきて、嗚咽が止められなかった。ショックで本当に胸部が痛くなるのを感じた。7歳のわたしは、悲しそうにこちらを見ている。
今の自分をどうやって夢見る幼い子供に「これがあなたの未来ですよ」と見せることができるだろう。自分の道も見つからず、どこかに眠る可能性を置き去りにしたような気持ちのまま追われるように生きて、生活費を捻出するのが精一杯だ。
わたしはハンカチで顔を抑えたまま肩を上下に震わせて、痛い胸でその小さな子供に謝り続けながら泣いた。

隣のボックス席に座っていた大学生くらいの若い男の子4人組が、とても心配そうにこちらを見ているのがわかった。でも、もう、その号泣を私はどうにもすることができなかった。それは嵐のように猛威を奮って、わたしとハンカチとをぐちゃぐちゃにして目的の駅まで彼らに心配をかけさせ続けた。
 
駅を出て、寒空の下で星を見た。空気は凍って、いつになく澄んでいた。
泣くのにものすごい体力を消耗したのを感じながら、わたしは汗だくの身体で深呼吸をした。呼吸がヒクヒクして涙は止まらなかったが、憑き物が落ちたような爽快感があった。
そのとき、満天の星を見て湧いてきたのは、必ずあの子を幸せにする・・わたしが必ず喜ばせてみせる!!!という、どこにも、誰にも説明の必要のない、北極星に誓えるようなひとりの決意だった。

あれから10年が経ち、わたしはこの日のことを思うと今でも涙が出る。
けれど、それはもう幼き自分に顔向けできないという悔しさのためではない。
今このときも、自分を突き動かしてくれるあの日の思いが、わたしにとってかけがえのない自分への愛だったとわかるからだ。
幸せでないときなどなかった。それに気がつくことができたのは、ここまで突っ走ってきて、今の自分が幼かった自分と対面して、彼女が嬉しそうにニコニコしているのを見ることができるから。
 
過去の自分を幸せにするのは、まぎれもなく今の自分だけだ。
過去は書き換えることができるというのを、わたしは自分の経験から理解した。
今の自分が思いのとおりに生きていなければ、過去の自分を不憫に思う。今を納得して生きていれば、過去の自分は幸せな未来が待っている幸福な人に見える。子供の頃の自分に、「よかったな、お前!」と言えるのだ。
 
だから今の自分を大切にしよう。過去の一切を含んで明日に運んでいるのは今の自分だ。今を生きることが、過去を輝かせるのだと思う。
 
では、今日はこんなところで。また、明日!

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